2

 夜中の裏山。忍び込んだ2人を黒いモヤが隠す。

「この霧は何?」

「このペンだ。中に封印されている黒い物質を個体・液体・気体と自由に操れる。」

「何それうらやましい。」

「誕生日のときに買ってもらったんだ。」

 深い茂みが道をふさぐ。

「少し下がっていろ。」

 モヤの一部が刃状に凝固し、茂みを切り刻む。

「かっこいい!」

「ありがとう。ところで、お前は何を埋めたんだ?」

「それが、覚えてないんだ。」

「楽しみだな。」

「黒歴史だったらあたしが代わりに埋まってやるわ。」


 道は次第に細くなる。

「あんた、さっきから腕かいてるけど大丈夫?」

「先ほどの草で少しかぶれてな。」

「うわ。真っ赤じゃない。袖まくって。」

 スカートのポケットから金属製のライターを取り出す。

「何をするつもりだ。」

「冷やすだけよ。っと、こんなもんかしら。」

 ひんやりとした冷気が放出される

「おお、効くぞ。」

「おじいちゃんのを借りてるの。」

「左様か。孫想いなんだな。」


 山道は続く。回りこんでいるため先は見えない。

「待て。……明かりだ。」

 声のトーンを落とす。

「人が居るの?」

「……。音はしないな。」

 慎重に進む2人。その先に明かりのついたプレハブ小屋。

「霧を濃くする。足元に気を付けろ。」

 虫の鳴き声と草のざわめきだけが響く。


 ガァン!


 あいすの足元に金属のバケツ。

「―――!!」

「……誰もいない……?」

 プレハブに接近し、窓から様子をうかがう。

 部屋にはビール缶や食べかけの缶詰。扇風機がぎこちなく首を振る。

「恐らく近くにいるぞ!」

 すぐに離れると駆け足で来た道を戻る。

 その直後に2人分の影。


 翌朝。あいすが教室の戸を開けると、山積みの書類を整頓している高嶋るりがいた。

「お、おはよ。」

「おはよう。」

「何やってるの?」

「生徒会の関係だ。思ったより忙しいんだな。」


「がんばってね。」

「ありがとう。」

 鐘が鳴り、教諭が定刻通り入る。

 授業中。あいすは窓の外―――お宝の眠るあの山が気になって仕方がない。

「浦川、おい。問3を答えろ。」

「あ、ごめんなさいっ!」

 慌てて教科書をめくるが問3が見つからない。

 横の高嶋に目で救援信号を送ったがノートを見返している。助けてくれる気はないらしい。

「……わかりません。」

「じゃあ、次の人。」

 後ろから舌打ちが聞こえた。


 あいすは切り倒された茂みを踏み越える。

 そこに予報外れの雨。風が唸り、木はきしむ。

 プレハブ小屋まで全力で駆けあがる。

 今日は明かりがついていない。

 すがるように手をかけると、生暖かい空気が「おかえり」と言う。

 明かりをつけると大量に詰まれた缶詰が空腹を誘う。

 疲れ切ったあいすの目にはごちそうに映る。

 そっと、銀色の山からおなじみのツナ缶を手にとる。

 部屋の奥には見覚えのあるお菓子の箱。

 ふたを開ける。箱はアイスの棒や戸の外れたミニカー、何かのおまけのフィギュアといったガラクタを包んでいた。

「5年前―――」

 雷鳴がかき消した。


 窓から強い光が差し込む。


「起きろ!」

 だらしなく寝転がったあいすを叩き起こす者。

「あれ、高嶋さん―――」

「―――ばか者!」

「あれ!?朝!?」

「昼だ、大ばか!」

「あんまりバカバカ言わないでよ。」

「戻るぞ。」

 あいすの腕を乱暴につかむ。

 昨日登ってきた道は流され、大きくえぐられている。

 途絶えた道を黒い足場が辛うじて繋いでいた。


 夕陽で赤く染まった生徒会室に連れていかれたあいす。

「今日の遅刻はただのお寝坊にしてやったが。」

 原稿用紙を2枚叩きつける。

「ごめん。」

「悪天候の山に入るうつけ者。」

 言い返せない。

「なぜ昨日は一人で?」

「その、忙しそうだったから……。」

「私のことか?」

 無言でうなずく。

「授業に集中できるくらいには暇だが。」

「―――!!」

「学業がおろそかになるようならこんなことは止めよう。」


 翌週。


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