第16話 スタンピードの予兆

「この町に、スタンピードが迫っている可能性が高いのです」


 クライブ神官長はそう切り出した。


「残念ながら私が持つ天空神の加護レベルは5、神託を受けたとしても断片的な内容しかわかりません。それでもこの地に災厄が迫りつつあるとの神託を受けているのです。それがスタンピードなのかどうかはわかりません。ですが、私はこの地を守りたい。使徒としてのお力をお貸しください」

「スタンピードが起こる条件というのは、わかっているのでしょうか?」

「申し訳ありませんが、スタンピードが起こる理由については、寡聞にして存じておりません」


 アルと初めて会話していた時に言っていた、権能と領分が関係するのだろうか。それにしたって、神から聞かされた話との齟齬が大きすぎる。違和感が拭えない。

 狩猟神アルの使徒として、今の俺にできることはアルの言葉をそのまま伝えることか。


「狩猟神アルはこう言っていました。「自然界のバランスが崩れると、必ず揺り戻しが起こる」と」

「揺り戻しこそがスタンピードだと?」

「いいえ、スタンピードが起こる前に必ず起こる現状があります。それが、ダンジョンの発生になります」

「確かにダンジョンが無ければスタンピードは発生しない……」

「ですが、ダンジョンの発生は自然現象の一つのようなものだと、俺は考えています」

「というと?」

「ダンジョンの役割は、崩れた自然界のバランス、マナの偏りをダンジョンから吐き出されるマナによって補正することです。ですが、ダンジョンによって補正される速度よりも、自然界のバランスが崩れる速度が速くなれば、ダンジョンはそのマナを一気に補正しようとして魔物ごと大量のマナを吐き出すそうです」

「それがスタンピード……」

「実際世界中でどのくらいの頻度でスタンピードが発生しているかは俺にはわかりません。しかしながら、人類が自然に感謝せず利己的に自然を食い物にし続けるなら、ダンジョンの発生頻度は徐々に上昇し、スタンピードもそれに比例するように頻発するようになるでしょう。その先にあるのは……」

「スタンピードによる人類の滅亡、ですか」

「俺は、狩猟神アルの使徒としてこの事実を広める役目を担っています。そのための手段として、英雄という広告塔が必要なのかな、と」

「英雄が広告塔ですか」

「英雄の存在があれば、それにあこがれて信者になる人間も増える、でしょう?」

「確かにその通りですが、いささか暴論にすぎるのでは?」

「おっしゃる通りだ」


 二人で顔を見合わせて苦笑する。

 そこまで話すと、一息つくように互いに紅茶を口にする。

 すっかりと温くなってしまっているが、喉を潤すにはちょうどいい。


「恐らく……スタンピードは回避できない、と俺は思います」

「それは真でしょうか?」

「ダンジョンが自然現象の一つなのであれば、その自然現象の終わりはスタンピードです。ろうそくが燃え尽きる瞬間に一際強く輝くように、それはきっとごく当たり前のように発生する」

「ですが、スタンピードを起こすことなくダンジョンと共生し続けている都市、「迷宮都市」も存在します」

「それはきっと、ダンジョンが近くに住む人間にとって「都合がいい場合」……じゃないかと」

「都合がいい……とは?」

「ダンジョン内部で稼ぐほうが、その周りの自然を利用して生活するよりも価値がある……とか」

「なるほど、それは考えたこともありませんでしたな」

「そうすれば周囲のバランスを崩すことなく、ダンジョン内の魔物を狩り、ドロップ品を外に持ち出すことでマナの循環を手助けできる」

「ですが、そのように発展する町であれば……」

「経済の活性化に伴い人口が増加し、都市を拡張するために周囲の自然を破壊して宅地を増やすことになり、結局のところスタンピードのリスクは増加する」

「では、私たちはダンジョンと共に滅びる運命だと?」

「時間稼ぎは可能かもしれません。ダンジョン内でドロップ品を積極的に集めながら魔物を狩り、稼ぎ出した猶予で自然のバランスを崩している原因を突き止め対策できればあるいは……」


 そこまで話して、俺は先ほどの違和感を思い出した。


「クライブ神官長は加護のレベルが5だとお話しされていましたけど、英雄と呼ばれる人たちの加護はどの程度のレベルが必要なのでしょう」

「英雄に加護のレベルは関係ありません。神殿本部がその人の成した功績に基づいて英雄と認定します」

「英雄となる条件は、実績開放と偉業の達成じゃないんですか?」

「……使徒様本人のお話しと、神殿本部からの情報には大きな食い違いがありそうです……」


 そう言ってクライブ神官長は黙り込んでしまった。

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