第31話 大人は汚い

俺を見下ろすジークヴァルトの目が、三日月型に歪む。彼の隣には、ワインボトルを開けるニナが控えていた。




「先ほどまで仲良く食事をしていた彼も無力で幼い彼女も見捨て、自分は一人さっさと逃げて……とんだ偽善者だね、ルカ。『二人を放っては置けません』だなんて素晴らしい言葉を言っておいて……大変結構」




パチパチと乾いた拍手を送り、俺を楽しげに見つめる。


こいつ……俺を試したのか?




「……二人はどこにいるんですか?先生が仕組んだんですか?僕をはめたんですか?」



「仕組む?はめる?まさか、私は何も手を出していないよ。全ては君が行ったことだろう。メリーを襲った犯人がこの屋敷の近くの村にいるかもしれないのにも関わらず、君は何も考えず自分自身の正義感のために別館に住ませ、無計画に村を行き来し、まるでメリーの居場所を周りに教え回るようにして……それでのうのうと別館で寝起きをしていた。そんなことしていれば、いつか犯人が居場所を嗅ぎつけてやってくることは承知だったはず。そして、今ここで全ての結果が現れている。それだけだよ」




全ては君のせいだ、と言いたいように笑う。

こいつ、こうなると分かっていたから本館から俺を放り出したのか。


なら、なぜトワルのメンバーがいる?


俺と目があったロレンツァは、腕を組んだまま口を開く。




「私たちの事は気にしなくていいのよ、ルカ。貴方なりにこの状況を生き抜いて見せなさい。私たちはそれを見に来ただけなのよ」




つまり、この状況を見に来ただけなのか?

まるで見世物小屋にたかるようにして、ワイン片手にこんな状況を______‼︎


ギリッと奥歯を噛みしめる。




「どういう……どういうつもりですか‼︎こんな状況がそんなに面白いですか⁈ペリグリンもメリーも死んでいるかもしれないのですよ‼︎」



「けれど、今まさに その二人を見殺しにしようとしているのは君だろう?お互い様さ」




ジークヴァルトとカチンとグラスを鳴らしながら、クリスチャンがそう話す。

グッと喉が鳴った。


こいつら、俺がこうやって逃げてくると思ったから ここで見ていたのか。

全てお見通しだったっていうことだ‼︎


悔しさと恐怖とで膝がガクガクと震えた。

こんなの、どうすりゃいいんだよ。

ここで逃げても、踵を返して2人を助けに行っても、どちらにしても地獄じゃないか。




「それで、君はどうするんだい?」



「んふふ……ジーク、私は『助ける』に賭けるわ」



「俺は『逃げる』に賭けるね」



「こんなことに賭けをする気は無いわ」




エドワールがニコニコと笑顔を浮かべ、アンジェリーナやクリスチャンが俺に賭けをしている。


なるほど、そうか。


俺は、あいつらの駒なんだ。

ただの暇つぶしの駒。

トワルの仲間入り?そんなつもり毛頭なかったのだ、あいつらには。ただ戯れに俺に信頼をちらつかせ、俺が食いついたら残酷に突き放して。




「それにね、ルカ。君はひとつ勘違いをしている。まるで私や彼らを立派なヒーローだと思っているようだが、残念ながらそうじゃない。人助けだなんてそんな面倒なことして何になるんだい?目の前で人が殺されていようが、獣に食べられていようが、知ったことじゃない。……ただ、戯れに助ける事はあるけれどね」




世紀の大悪党のようなセリフをさらりと言ってみせるジークヴァルト。そして、誰も否定しなかった。


自分の知っている暴言の数々を言い散らかしてやりたいほどに、怒りがこみ上げる。

が、それをして何になる。ここから文句を垂れたところで、この状況は変わらない。


なら、俺はどうすべきだ?



困惑する俺の隣で、別館の窓ガラスが割れる音がした。勢いよく、何枚ものガラスが吹き飛ぶ。爆発でも起こったみたいだ。


爆発?

いいや、違う。


ペリグリンか‼︎


俺は窓が割れた方向に向かって走り出した。

窓が割れたのは三階。

ペリグリンとメリーの部屋から推測するに、2人が一緒にいる可能性は高い。つまり、2人は三階にいるはず。


別館に飛び入り、階段を駆け上がる。


三階の廊下はめちゃくちゃだ。

いたるところにナイフのような鋭いものでつけられた傷がいくつも見られる。




「ペリグリン‼︎メリー‼︎いるなら返事をして‼︎」




名前を呼びながら各部屋を回る。

あぁ、犯人に鉢合わせでもしたら一貫の終わりだ。ともかくペリグリンと会わなきゃ、俺の身も危ない。


しばらく進んでいると、片方取れかかったドアがガタガタと揺れているのが見えた。駆けつければ、その後ろにはメリーが隠れて居る。




「メリー‼︎無事かい⁉︎」



「どうしよう……ペリグリンが‼︎ペリグリンが‼︎」




俺に抱きついたメリーの指差す先には、男と対峙しているペリグリンの姿があった。片腕からダラダラと血を垂らしながら、はぁはぁと浅い呼吸をしていた。かろうじて周囲に風を巻き起こしているおかげで、男の攻撃を最小限に食い止めているが……体力がどこまで保つか分からない。


あの男が、例のやつか。

顔に大きな刺青、屈強な体、ギラつく目。

怖すぎるだろ……絶対に戦いたくない。


メリーだけ連れて逃げるか?

あんな奴に勝てっこねぇし、メリーだけでも救えばいいだろ。


そんな考えを隠し、メリーの手を取って、男に気付かれないようにして離れようとする。




「メリー、とにかく僕らは逃げよう。ここにいたら見つかっちゃう。はやくここから離れなくちゃ‼︎」



「ペリグリンは、ペリグリンはどうなっちゃうの?あのままだと死んじゃ……」



「大丈夫だよ、ペリグリンなら。君を本館まで連れて行ったら、また僕が助けに行くから。それより、早く逃げなきゃ僕らも危ないんだ‼︎さぁ、こっちにおいで______‼︎」




嫌がるメリーを引っ張り、どうにか別館から出ようとする。


早く逃げなきゃ、俺が危ないんだよ‼︎

本当ならもうとっくに逃げてるってのに、あのクソ意地汚い大人たちのせいで こんな危ない目にあってるんだ‼︎

いや、意地汚いのは俺もだけど……。



俺とメリーはとにかく二階まで降りる。

二階もめちゃくちゃだ。


一階まで降りようと、階段を降り始める……が




「久しぶりね、ルカ君」




階段の向こうから声がする。


あぁ、最悪だ。




「……お久しぶりです、クロエさん」




向こうからやってきたのは、修道服とは似合わないごつい剣を片手に持つクロエだ。

暗闇の中、シスターが剣片手に迫ってくるとかどんなホラゲだよ。




「メリーがお邪魔していたみたいで、ごめんなさいね。さぁ、メリー。こっちへおいで。痛いことしないから、ね」




これでホイホイついてくるわけないだろ。

不気味なほど笑顔なクロエに、ガタガタと震えて俺にしがみつくメリー。

正直、メリーを突き放して逃げ出してしまいたいが……そう簡単に逃がしてはくれなさそうだ。




「クロエさん、どうしてそんなにメリーを欲しがるんです?彼女には何か事情があるのですか?」



「それはもちろん、神様に捧げるためよ。神様は彼女を欲していらっしゃるの……そう、神様はメリーを欲しくて欲しくて……なのに……なのに……なのに……なのにぃ……‼︎どぉしてそう邪魔をするのよぉぉぉぉ‼︎」




怖い怖い怖い怖い‼︎

なんだよ急に⁉︎


いきなり叫び散らすクロエに少しちびった俺。

こんな情緒不安定な奴、初めて見た。



何かが切れたかのように体をゆらゆらさせながら、一歩、また一歩とこちらに進んでくる。




「さぁ……はやくぅ……こっちにぃ……いらっしゃいよ………………………ほら早くぅっっっ‼︎」



「ヒィッ⁈」




狂ったように剣を振り回すクロエから逃げるべく、メリーの手を引いて走り出した。

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