第32話 逃走
ふざっけんなよっ‼︎
なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ‼︎
全力疾走して廊下の突き当たりまで行くも、これじゃ隠れる場所もない。とにかく、あの荒れ狂うクロエから身の安全を確保する方法を考えないと。
突き当たりを曲がって部屋に飛び込む。
月明かりだけが頼りだ。
後方からの足音から逃げるように走り回っていると、手をつないでいたメリーがその場でしゃがみこむ。
いや、ここでしゃがみこむなよ……
「メリー、どうしたの?大丈夫?」
「……痛いの」
彼女は、グズグズと泣きながら自分の足を指差す。メリーの足元を見れば、血が出ていた。
まさか、この子裸足なのか?
三階の床には割れた窓の破片が散らばっていたし、それを踏んづけてしまっていたのだろう。
いや、逆によくここまで耐えたな。
「これじゃ、もう歩けなさそうだな……よし、メリー、僕の背中に乗って。ほら」
「ふぇ、む、無理……だよ………。ここに、私を置いて逃げて……」
それができたら苦労しねぇんだよっ‼︎
ここから出ても、あっちにはあっちでまためんどくさいヤツらがいるの‼︎
と、叫び出しそうな衝動を抑え、メリーの前にしゃがみ込んだ。
「大丈夫、僕は大丈夫だから、ね。ほら早く乗って」
「……うん」
観念したのか、メリーは恐る恐る背中に乗った。彼女は小さくて軽いし、そんな重荷にはならない。
さて、ここからどうやって逃げるかだ。
クロエの足音は遠く、まだ判断に余裕はある。と言っても、数秒だが。
窓の外を見れば、二階から飛び降りることができないのは明白。骨折で済めば幸運だ。
そんな賭けには出られない。
ならどこか物陰に隠れるか?
周囲の隠れられそうな場所を探すと、少し大きめのクローゼットが目に入る。
あれに入るか?
いやいや、でもあんなのじゃ、まるでここに隠れていますと言っているようなものだ。
ならどうすればいい……?
そうこうしている間にも、足音は大きくなってきていた。
俺はメリーをクローゼットへ押し込んだ。
「メリー、ここでじっとしていて」
「ルカ、どこ行っちゃうの?」
「大丈夫、僕もここにいるから。君はクローゼットでじっとしていればいいから、ね。ここで僕はクロエを迎え撃つよ」
「そ、そんなの無茶だよ……‼︎」
「無茶でも、ここで一か八かの勝負になんて出られないよ。2人でここに隠れていても仕方ないんだ。戦わなくちゃいけないんだ。何かを守るためには戦わなくちゃならないんだよ、メリー」
「ルカ……」
メリーを強引にクローゼットに入れ、扉を閉めた。
さて、かっこよく戦うだなんて言ってしまったわけだが。正直、勝てるかどうかわからない。
だが、俺が戦うとなれば必要なのは一つ。
相手からダメージを食らうことだ。
俺の力を攻撃に使うには、自分自身を危機的状況下に置かなくてはならない。なら、相手と堂々と対峙するしかない。
「メリーィ……ルカくぅん……どぉこにいるのぉー?はやくぅ、でてきなさぁい?」
「僕はここですよ、クロエさん」
俺の声に、ヌラァッと扉から現れるクロエ。
いや、もうトラウマ級の怖さだよ。えげつねぇな。
「んふふふふふふ………イタァァァァァァァッ‼︎もぉ逃げらんないわぁよぉ‼︎アハハハハハッ‼︎」
ケタケタ笑いながら、一歩また一歩と俺へと近づいている。何処ぞのクリーチャーみたいな姿勢で、両手でグッと剣を握っている。
「僕は逃げません。あなたを倒して、みんなを救います!」
クロエの前で手を広げてみせた。
彼女も俺をぎらりと睨み付けると、勢いよく走り始める。
「死ね______っ‼︎」
目の前に振りかざされた剣が見えた時、ドッと心臓の鼓動が大きく響いて、そのまま体からスルスルと魂が持っていかれるような感覚に襲われた。
来た‼︎
周囲がパッとまばゆい光に一瞬にして包まれた。これぞ、俺の攻撃<聖光乱射(ライト・スプラッシュ)>だ。
「アアァァァァァッ‼︎」
目を覆ってその場に伏せるクロエを確認し、そのままクローゼットに駆け寄る。
「メリー、今のうちに行こうっ!」
彼女を背に乗せて、悶えるクロエの隣をすり抜け、そのまま一階まで駆け下りる。背後からクロエが追って来ている気配はない。あのまま気絶してくれたか。
一階まで着けば、後は外への扉までダッシュすればいい。
「ル、ルカ……ごめんなさい。私のせいで、こんなことになっちゃった……‼︎」
「君のせいなんかじゃないよ、だからそんなこと言わないで。後もう少しで出られるから_____っ⁈」
ガラガラガラッと何かが崩れる音がして、とっさに振り返る。粉塵舞う中もぞもぞと動く影、まさかクロエか?
警戒して後ずさりすると、よく聴きなれた声がした。
「ヴグゥッ………カハッ……はやく、逃げるっす………グフッ……」
「ペリグリン‼︎ルカ、ペリグリンがっ‼︎」
ペリグリン………?
いや待て、でもあいつ、三階で男と戦ってたんじゃ?まさか、三階から落ちて来たのか?
それでも死んでないとか、どんな強靭な身体してんだよ。
ペリグリンのタフな体に思わず感心している場合じゃなかった‼︎彼がここにいるってことは、あのヤベー男もこっちに来るってことだろ⁈
焦って扉を振り返ると、そこにいたのは
「見つけたぞ、1147」
驚きと恐怖でヒュッと喉が鳴る。
目の前にあの男がいる。
まずいまずいまずい‼︎俺だけならまだしも、背中にメリーを乗っけたまま戦闘は無理だ‼︎
俺はとっさに背後に飛び、そのまま距離を保ちながらペリグリンの近くまで後ずさる。
そして、相手に聞かれないように小声で話しかける。
「ペリグリン、起き上がれる?」
「なんとか、だ、大丈夫……っす……」
「それなら、メリーを連れて後ろに走るんだ。そして突き当たりを右に曲がって、そのまま庭園につながる扉を開けて逃げ込んで。いいね?」
「ルカ坊っちゃん、何するつもりなんすか⁈坊っちゃんも逃げないと、死んじゃうっすよ‼︎坊っちゃんでも敵う相手じゃないっす‼︎」
ペリグリンは慌てたようにそう話すが、俺からしてみれば三人で仲良く逃げたってこっちの負けだ。俺が一発攻撃しとかなきゃ、向こうの方が体力は圧倒的に有利。なら、二人を先に遠ざけておかなくちゃならないだろ。
少しでも、足止めさせとかなくては。
「僕なら大丈夫だよ。だから、振り返らずに行くんだ______早くっ‼︎」
俺の声に弾かれたように、メリーを抱えたペリグリンは走り出す。それを追おうとする男の前に、立ちふさがった。
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