第10話 深夜の読書と覚醒
そして、両親がいない今夜もまた例に漏れず書物庫へと足を運ぶ。
何度も何度も深夜に忍び足で向かっているとだんだんと手慣れてきて、音1つ立てずに移動できるようになった。残念ながら、この隠そうとしても溢れるオーラと輝きはどうにもならない。
自身から発せられる光で、先日読んだところからまた読み始める。
今夜は、この世界の様々な職業やその職業を獲得するまでに必要な条件について書かれた本をじっくりと読み進めた。
やはり、貴族にも様々な種類があり 貴族にしか就くことの許されない職種も存在しているようだ。騎士団長や近衛兵長などの軍関係、政治関係らへんが王道か。正直言って、基本魔法すら使用できない体質の俺には軍などという組織は似合わない。というか、こんな綺麗な顔に傷でもつけたら大変だ。そうなると、目指すは政治関係の職種だな。
俺は自分の未来に希望を抱きながら、色々な華々しい職について理解を深めていく。そうして、その本を読み終わりつつあったその時だ。
不意に廊下の方から物音がした。
マズイ、ロゼットか?
俺が書物庫に忍び込んでいるのがバレたか。
くそ、今ちょうど読み終わりそうだったのに。仕方ない、今は書物庫の隅に隠れてロゼットが戻ってから急いで自室に戻ろう。
俺は急いで部屋の隅にある、少し大きめの箱に飛び込んだ。数冊本が入っているくらいで、俺ぐらいの身長の子供ならすっぽり入れるくらいだ。これなら俺から発せられる光も、蓋を閉めれは気づかないだろう。
そうして息を潜めて数分、あれから一向に音が聞こえない。
まさか、聞き間違えか?
いやでも確かに物音がしたはずなんだけれどな。だがここでずっと待機しているわけにもいかないし、一旦書物庫を出よう。
箱から出て、周囲を確認しながら書物庫を抜け出す。廊下には誰もおらず、ただ一番端の方でドアの隙間から光が溢れていた。確かあの部屋は使用人の部屋、つまりはロゼットの部屋。
という事は、先ほどの音もロゼットの生活音だったのか。なんだ、ほっとした。
俺は安心して、自室へ戻ろうと階段に足をかけた。が、ドアから漏れる光が揺れるのを見た。2つの黒い影がゆらゆらと、忙しなく動いている。
……2つ?
おい待て、なんで2つ影が動いているんだ?
それも2つになったり1つになったりを繰り返している。この動き、一体ロゼットは何をしているんだ。
見てみるか?
寂しかっただの怖い夢を見ただのと理由をつければ、ロゼットだって納得してくれるだろうし部屋を覗いてみようか。いや、でもちょっとそれはなぁ……覗きって俺はそんな趣味ねぇし。
どうするべきか、と考えている最中。
突然、ドアの向こうから何かが割れる音がする。俺はとっさにドアに手をかけていた。
「一体どうし……」
ロゼットだ。
ロゼットが、男に首を絞められていた。
彼女と目が合った瞬間、俺の本能が危険を感知してすぐさま逃げろと告げる。しかし、それより先に男が俺の首を掴んだ。
「____‼︎」
なんだ、こいつ!
2メートルありそうな巨体に、血走った目。
軽々と片手で俺の首を掴んで持ち上げ、壁に押し付ける。コキュッと喉から音がして、一気に締め上げられる。
「坊っちゃん‼︎」
解放されたロゼットは、その場に倒れこみながらも必死に男の足を取ろうとしがみつくが 男は容赦なく彼女の顔を蹴り上げた。鈍い音と共にロゼットが後方へ転がった。
一気に脳に酸素が行かなくなり、クラクラとした。このままじゃ死ぬぞ、と体が警鐘を鳴らすも俺にはどうしようもない。
このまま、ここで死ぬのか?
俺は何も成せないまま、無限地獄へと堕とされるのか?
いやだ!
いやだ いやだ いやだ いやだ いやだ‼︎
脳みそがぐるぐると回って、心臓がばくばくと音を立てた。
殺せ!
この男を、俺を殺そうとするこの男を、今すぐに殺せ!
殺される前に、殺せ!
予期せぬ驚き、死への恐怖、そして湧き上がる殺意。それらが溢れかえった、その時。
俺は、体の中心から何かが一気にせり上がってくるのを感じた。
その瞬間、俺の周囲が目も開けられないほどに光り輝いた。目がつぶれてしまいそうなほど輝き、まるでフラッシュライトを目の前でたかれたような感覚に陥る。
「ゔぁぁぁぁっ」
その光に驚いた男は手を緩めその場に目を抑えて のたうち回り、俺はそのままその場に落っこちた。ゲホゲホと噎せ返しながら、自分自身から何かが出て行きそうな感覚に必死に耐える。
なんだ、この感覚⁈
全身のエネルギーが、一気に外へ放出されて行く。しかし、俺自身それを止めることができない。このまま死んでしまうんじゃないかと、必死になって止めようとするもどうしていいかすらわからない。ただ自分自身の魂すら消えてしまいそうな恐怖に怯えながら、その場にしゃがみこむ。
「ゔぅ、坊っちゃん‼︎無事ですか⁉︎」
「ロ、ロゼット‼︎止まらない‼︎止まらないんだ‼︎全部出て行ってしまいそうで、ど、どうすれば____⁈」
ロゼットは目を抑えながら、床を這って俺の元までやってくるとガバッと俺を抱きしめた。
俺も、ロゼットの鼻血がついた服にお構いなく顔を押し付ける。こうでもしないと俺が今この場にいるかどうかもわからないほどに、自身の存在があやふやに思えたからだ。
「坊っちゃん、大丈夫です!もう大丈夫ですからね!」
ひたすら俺の背をさすり、必死に声をかけるロゼットの手は震えていた。喉にはくっきりと赤黒い手形が付いていて、蹴られた時に当たったのか目の上が青くなっている。
俺とロゼットはそうして、男が気を失っていることにも気づかず その場で抱きしめ合っていた。
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