第11話 ルカの秘密

それから俺たちが正気に戻ったのは、アルバートとマリアンヌが帰宅してからだ。ロゼットの出迎えがないことを不審に思った二人が、抱きしめ合って震えている俺たちを見つけた。


アルバートは慌てた様子で例のローブを俺に被せ、マリアンヌは悲鳴をあげて俺たちを抱きしめた。


そこから、あまり記憶はない。

少しずつ光が弱くなっていき、朝を迎える頃には何事もなかったかのように無くなっていた。



ベッドの上で糸の切れた操り人形のように座っていた俺は、全身の脱力感と虚無感に襲われていた。まるで体の中が空っぽになってしまったようだ。あれまで煮えたぎっていた野心や怒りも、すっかり消えてしまった。心の中も空っぽだ。



「ルカ、まだ起きていたのね」



「……お母様」



そんな俺を心配して、マリアンヌが部屋を訪ねてきた。片手には彼女が作ったらしいスープが、ホカホカと湯気を立ていた。



「少しだけでも飲んで見て。きっと、心が落ち着くわ」



ベッドサイドに座った彼女は、甲斐甲斐しくスープを口元まで運ぶ。食欲は一切無かったが ここまでして心配するマリアンヌの為に一口だけでも飲まなければと口を開けた。

唇に触れたスプーンは、微かに震えている。



「_____ブァッ⁉︎」



まっっっずっ⁈

え、なんだこれ?泥?泥水⁇

これ、温めた泥水だろ⁈


あまりの不味さに思いっきり吐き出した俺を、マリアンヌは心配そうに見つめる。


いや、お前が原因だからな!

ここは、こういう時は美味しいスープを息子に飲ませるっていう流れじゃねぇーのかよ。

なんでこんなに不味いんだよ!



「ルカ、食べたくないかもだけれど何か口にしなくっちゃ……あれから何も口にしていないし」



いや、食欲がないんじゃないんだよ。そのスープが食べ物の味じゃないだけだ。

不満をこらえ、どうにか笑顔を取り繕う。

まさか、マリアンヌがここまで料理下手とは……ロゼットいてくれてありがとう。



「お母様、僕はもう大丈夫ですから。それより、ロゼットはあれからどうですか?」



「傷の手当てをして、今は眠っているわ。ルカは人の心配ができる、そんな歳に……もう……そんなに大きくなって……」



ポロポロとマリアンヌの大きな瞳から涙の雫が落ちる。そんなに感動することか?

よく見ると、彼女の目元は赤く腫れていた。俺を心配して泣いていたのか。



「ルカ、休めて……いないみたいだね」



現れたのは、少し疲れ気味のアルバートだ。

マリアンヌは彼に駆け寄ると、何やら一言二言交わして部屋を飛び出すように出て行った。

アルバートの表情はいつになく深刻だ。

まぁ、息子が不審者に襲われて平気でいられないのは当然だが。少し2人とも大げさな気がしなくもない。


彼はベッドサイドの椅子に腰掛け、サイドテーブルにのるスープの皿を見たり 俺の手をさすったりした後にやっと口を開く。



「怖かっただろう。二人きりなんてしなければ、こんなことにはならなかったのに」



その言葉の節々に、悔しさと悲しみが感じられる。ぎっと唇を噛んでうつむくアルバートは、未だ何かを躊躇しているように思えた。


こいつ、何か知ってるのか?


あの事件後、不審者の処理をしたのはアルバートだった。警察を呼び、事故処理をしたのも彼だ。

そもそも、あの不審者は一体何者だったのか。

それを知り得るのはアルバートだけだ。


あの不審者、ただの物取りとは思えない。

あの攻撃の躊躇ない姿勢は、普段からそのようなことに対して抵抗がないように見えた。しかし、なぜそんな奴がここに侵入する?

こんな没落した貴族を襲ったとしても、何かが得られるとは思えない。アルバートやマリアンヌが恨まれているとも思えない。

ならば動機はなんだ?


それに、あの光。

俺の体から放たれた、強烈な光。

いくら最高級国宝イケメンのこの顔面でも、あんな目を潰してしまいそうな程の光が発生するか?あれは一体なんなんだ?


その現象を見た光景を見た瞬間にローブを被らせた、アルバートの素早さ。あれは、この光の正体を理解していたから?


ズルズルと芋づる式になって浮かぶ疑問の数々。これは、1つずつ尋問していくしかない。



「お父様、全て教えていただけませんか」



「ルカ……お前の気持ちもわかるが、まだこの事実を受け止めるには若すぎるよ」



うるせぇな!

若すぎるって、お前だって若いだろ!

まだ20代のクセして、こっちはアラフォーなんだよ!異世界転生を割とすんなり受け止めてんだから、何だって基本受け止められるわ!



「お父様、お願いします。僕は僕のことが知りたいのです。恐ろしい事実だったとしても、知らないことよりはずっと怖くありません」



「……分かった。これから伝えることは、お前の人生を変えてしまうかもしれない。それでもいいかい?」



返事代わりに、こくりと頷く。

アルバートは少しの時間、俺をじっと見つめてから意を決したように口を開いた。



「ルカ、お前は……お前の美しさは、この世界を滅ぼす運命を担っている」



予想より大きく出た話に、この俺も少し動揺する。おいマジか、世界征服じゃなく世界壊滅の方向なのか。

てか、世界を滅ぼす美しさってなんだよ。



「これは、お前が生まれてすぐの話だ。お前が生まれた時、その後光で気絶してしまった事があったのはロゼットから聞いただろう。それからも、お前を一目見ようと来た親戚達や周囲の人々がお前を抱こうとすると気絶してしまう事がたびたび起こったんだ。最初は、熱中症か何かかと思っていたんだけどそうじゃなかった」



こいつ、やっぱり馬鹿だ。



「皆がお前を怖がって寄りつかなくなった頃に、1人の預言者が訪ねて来た。確か……ベルーシュって言ったかな」



その名前を聞いた途端、咄嗟に体がビクついた。ベルーシュ?まさか、あいつか……?



「彼女は、お前についての神託があるから伝えに来たと言って来たんだ。詐欺か何かの類かと思ったけれど、彼女はお前の事を何から何まで知っていて疑う余地はなかった。そして、彼女は『この子供は、神に祝福された美貌を授かっている。その美しさには、子供が支配できない力が宿っている。神からの贈り物に害がなされた時、神はお怒りになり この世界を滅ぼすだろう』と告げて去って行ってしまった。最初は信じられなかったけれど、お前が多くの人を気絶させてしまったのも事実。もしも真実だったらと思うと、お前を他人がいるところに出すわけにはいかなかった。家でその美しさが傷つかないように、大事に大事に育てて来たんだ」



そうか、だからアルバートは俺を外に出したがらなかったんだ。この顔に、傷がついてしまうことを恐れて。



「お前を襲った男だが、あれは犯罪組織ドンノラの一員だそうだ。お前が持つ力を嗅ぎつけた犯罪組織は、その力欲しさにお前を誘拐しようとしたんだと思う」



いや、誘拐か?あの首の締め方は、殺しに来ていた気がするが。


だが、今一度考えれば 何故 あの不審者は武器を持って来ていないのか不思議だ。普通 何処かへ侵入するとしたらナイフだ何だと武器を持っていくだろう。なのに、何故あの男は絞殺を選んだのか。


自分で加減できるから……?


なら、もし俺があの光を発さなかったら そのまま気絶させて誘拐していたのか?

なら、ロゼットはどうなっていた。

あの時、俺が彼女の部屋を訪ねなかったら。

そのまま部屋へ帰って行ったら。


サッと血の気が引いた。



「昨夜は、母上の誕生パーティーに出席したと言ったがそれは嘘だよ。お前のことを、母上に相談しに行ったんだ。お前が最近いつになく外に出たがることを伝えたら、母上はもう決断する時期なのかもしれないとおっしゃっていた」



アルバートの手は震えていた。

おい、何を決断する気なんだ。

ドクドクと心臓が早く鳴る。



「すまない……」



俺の手を握るアルバートの手に、力が入った。

なんで、謝ってるんだ?

こいつ、まさか俺を_____。


安心していた。

ここにずっといれるとそう思っていた。

ずっとずっと、アルバートとマリアンヌとロゼットといられると。


俺が馬鹿だった。迂闊だった。

なぜ安心していたのか。

なぜ信じきっていたのか。


この世界は、所詮 神が俺を苦しめる為に創った世界だというのに。



「ルカ、お前をジークヴァルトに預けることになった」




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