第9話 美人は三日で飽きるのか?

あれから、数週間が経った。


アルバートの、いやこの家のヤバさを十分すぎるほど理解した俺は、前よりも熱心に書物庫で勉強するようになった。

あそこまで向上心のかけらもないとなると、これではアルバートを口車に乗せてスペンサー家の権力を握らせるという計画は不可能だ。となると、この俺自らが動くしかない。


本当なら近所に知り合いでも作って人脈を広げようと画策したが、あの仕事という名のピクニック以来一度も外出していない。していない、ではなく出来ないが正しいか。なぜなら、アルバートの許可がいくら頼み込んでもおりないからだ。



「お父様、僕 お外に出てお友達が作りたいです」



「んー、ダメ」



「でも、お家にずーっといるのは……」



「それでもダメ。また今度仕事に連れて行ってあげるから、それで我慢しなさい」



束縛彼女かと思うほどに、俺を家から出したがらないアルバート。なんなんだよ、半ば軟禁状態じゃないか。彼なりに考えがあることは確かだが、マリアンヌに聞いても答えてはくれない。ロゼットに聞いても首を振るだけだ。


最も不思議なのは、アルバートのこの不可解な軟禁をマリアンヌもロゼットも容認していることだ。アルバートの何かしらの考えに同意しているのだろうが、その考えが全く見当もつかない。俺を大切に思っているならばわかるが、それにしてもやり過ぎだ。それに、この間の謎のローブも未だ目的がわからない。何のためのローブだったのか。

一体、3人は何を考えているんだ?



一方で、俺の魅力はとどまることを知らない。

そのおかげで家から一歩も出なくとも、鏡を眺めているだけで1日が過ぎる。


確かギリシャ神話で、ナルキッソスとかいう美少年が自身の美しさに虜になり水面を眺めた的な話があったが、そのような感じだ。

どれだけ眺めていても飽き足らないほど、見れば見るほど虜になってしまうほど美しい。

つい、その美しさに飲み込まれてゆく。


俺は、狂気的な自己陶酔と底なしの野望だけの為に1日を過ごした。



「ふふっ、坊っちゃんったら 最近は鏡に夢中ですね。確かにとても素敵なお顔ですけれど、そんなに見つめては穴が空いてしまいますよ」



とある日。

あまりに鏡を見つめすぎてロゼットにクスクスと笑われた俺は、鏡をしまって 彼女に顔を近づけた。



「ロゼット、僕の顔をどう思う?」



「ええっ、どうと言われても……とっても美しいと思います」



うーん、何かおかしい。

よく考えてみろ、鳥がざわめき犬が逃げ出すほどに神々しく煌びやかな この顔をここまで近づけてなぜロゼットは平気なんだ?


両親なら、子供であるという認識から平気なのもわかるがロゼットはそうではない。預言者3人は顔を見なくても発狂し、生まれた時も看護師2人が倒れたというのに、なぜ彼女だけは何ともないのか。



「ロゼット、僕のこと 嫌い?」



「そんなわけがありません!坊っちゃんは私にとってかけがえのない方です!」



「じゃあ、好き?」



「勿論ですともっ!」



この言葉に嘘偽りはなさそうだ。

となると、考えられる原因は慣れか。


ロゼットは、俺が生まれる前のエピソードを知っていることから俺が生まれてからずっとこの顔を見てきたわけだ。ならば、5年間の中で次第にこの美貌に慣れてきたという推測ができる。

が、そもそも美しさに慣れなんてものがあるのか?まぁ、確かに美人は三日で飽きるなんていうくらいだからなぁ。



「坊っちゃん、本日は」



「知っているよ。シルヴィアお祖母様の誕生パーティーにお父様とお母様が参加なさるから、今日は夜までいないんだよね」



「はい。ですので、寂しいかとは思いますが……」



全くもって、寂しくない。

どちらかというと、家が静かで助かる。


あの二人、五歳児が見てるってのに家の中でもいちゃいちゃしやがって。特に俺がこっそりと書物庫に行こうとすると、毎回二人の寝室から聞きたくもない声がするんだよ。ここ、防音がなってないんじゃないのか。


だが、これなら俺に妹か弟ができる日も近そうだ。こちらからすれば、年下の兄弟ができることは俺の手の内の駒がふえるということ。非常に好ましい。だからこそ、こっちは口出しせずにそっとしておいてやっているんだ。感謝してほしい。



それにしても、シルヴィアの誕生パーティーにあの二人が招待されているのか……。てっきり、そういう親族の集まりには一切参加させてもらっていないのかと思っていたが。このことや生活費の工面を考慮すると、シルヴィアはアルバートを嫌っていないような気もしなくはない。

ともなれば、やはり嫌悪しているのは兄弟たちか。


というか、何で俺は参加させてもらってないんだよ。せっかく親族の集まりがあるなら、積極的に参加したかったのに。

こうやって集まりに顔を出して彼らに一族の一員であることを印象付け、少しでもスペンサー家の内での地位を向上させたかった。それに、このようなイベントがない限りアルバートは俺を外へ出してはくれない。


まったく、息子が可愛くて仕方がないのはわかるが、ここまで家に閉じ込めておくのは違うだろ!

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