第8話 どこから湧いて出る、生活費

「あ、この鳥 もう飛べるようになったんだなぁ」



「本当ね、この間までは巣の中にジッとしていたのに……」



いやはや、なぜこうも呑気なんだ。

俺は内心深いため息をつきながら、俺の輝かしさに驚いて飛び立つ鳥の様子を熱心に双眼鏡から覗く2人の背を見つめた。

鳥が飛ぼうが、花が咲こうがどうだっていい。

そんなこと、なんの役にも立たない!


てっきり森への散策は趣味の一環だとばかり思っていたが、まさか仕事として行っているとは。半ば高等遊民のような暮らしじゃないか。

勿論だが、こんなことが金になるはずがない。

なら、俺たちの生活費はどこから湧いて出ているんだ?



「お母様、お母様」



「どうしたの、ルカ?」



「いつも、お父様と一緒にこの森にいらっしゃるのですか?」



「ええ、そうよ。この森には沢山の鳥や花があって、とっても綺麗なのよ。きっとルカも気にいるわ」



興味ねーよ!

小学生から成長してないのか、この親は!


こめかみをピクピクさせながら、どうにか暴言を飲み込んで 必死に笑顔を作る。いかんいかん、こんなところでボロを出しちゃいかんぞ。ここは子供らしく楽しげに見せておいて、情報を2人から探らなければ。


アルバートに抱き上げられたまま、気が少ない芝生まで来ると、マリアンヌはせっせとバスケットからピクニックシートを取り出して広げ、その上にサンドウィッチやらクッキーやらの料理を並べていく。もうこれは、仕事じゃなくて遠足だよ。



「ルカ、ここならローブを脱いでいいよ」



やっとアルバートの許可をもらい、暑苦しいローブを脱ぎ捨てる。外出のたびにこんな重くて暑いローブを着させられたら、たまったものではない。


アルバートに一言言ってやろうかとも思ったが、そこは抑えて 本題に入る。



「お父様のお仕事は、鳥を見ることなのですか?」



「ん?そうだな……鳥に限ったことじゃないけど この森の生態系、この言葉は難しいか……この森に住む生き物を見たりするのがお仕事ってことかな」



「それって、お金がもらえるんですか?」



「いいや?貰えないけど」



じゃあ、仕事じゃねーじゃねぇか。

労働と賃金、それがワンセットで仕事っつーんだよ。

常識はずれなアルバートに何を言っても無駄であるのは分かっている。だが、これははっきりしておかなくてはならないだろう。

これは、仕事じゃない。



「じゃあ、僕たちが使ってるお金は誰がくれるのですか?」



「あ、それは母上……お前のお祖母様にあたる人が払っているんだよ」



つまり、俺たちはアルバートの母親の支援で暮らしてるのか?アルバート、お前無職なのか?


ゾワゾワッと背中に何かが駆け上る。

嘘だろ、そんなんじゃ兄弟に軽蔑されるのも無理はない。こりゃ、俺が思ってる何倍も業が深い。


アルバートの母親は、スペンサー家の先代の妻であり現在は未亡人であるシルヴィアだ。

そのシルヴィアが、アルバートに対して 生活費を工面しているとなると彼女はアルバートが高等遊民のような生活をしていることに対して反対していないということだろうか?

てっきり、マリアンヌとの結婚の際に家族から勘当同然の扱いを受けて この辺鄙な土地に移り住んだとばかり思っていたが……。



「それにしても、どうしてそんなことが気になるんだい?ルカ。お前は熱が治った頃から、やけに難しいことばかり聞いて来るじゃないか」



「え?あ、いや、それはその……」



突然の鋭い疑問に、俺は分かりやすく焦ってしまった。そりゃそうか、俺は一応五歳児なのだ。家の生活費についてあれこれと聞くような歳ではない。


アルバート、この男はどこか食えないところがある。今の質問のこともそうだが、一見ただのバカかと思うが、いや確かにバカだけれど、突然深刻な表情になってみたり 不意に考え込んだような表情を見かける。

それも、この男が俺の親らしく美形であるからか?



「まぁいいじゃない、この子も少しずつ成長しているってことよ」



「そうか……子供の成長は早いなぁ」



マリアンヌ、ナイスミス!

アルバートの代わりに、マリアンヌがこういうところはお気楽主義だから助かる。

確かに成長は早いだろうよ、5歳児が一瞬にして37歳の大人になったんだから。

そんなことを夢にも思わず、呑気にサンドウィッチとクッキーを食べる二人を俺はなんともいえない気持ちで見つめていた。


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