第7話 没落貴族の仕事

さて、そうこうしているうちに何日も経ち 俺の体調もすっかり良くなったと医師が告げた頃に俺は本格的に行動し始めた。



「……同行?」



「はい、お父様のお仕事を見てみたいなと思いまして」



アルバートの書斎で、俺は彼の机の前に立ち 愛くるしい笑みを浮かべた。ほら、アルバート。お前の好きな息子の笑顔だぞ、頭を縦に振れ。

俺は内心ほくそ笑みながら、アルバートの潔い了解を待った。



「うーん……いいよ。お前が言うなら仕方ない」



なんだ、この半分嫌そうな許可は。

もっと喜ぶかと思っていたが、そうでもなさそうだ。チッと隠れて舌打ちをしつつ、外面だけは完璧に子供らしくはしゃいで見せた。



「今から楽しみです!お外に全然出られないから、僕とっても寂しくて……」



「寂しい?お前、熱を出す前は家に閉じこもりっぱなしでろくに部屋から出ようとしなかったじゃないか」



え、まじかよ!?

あー、そうか。発熱前は、この体はルカのものだったわけだしそうなるのか。ルカがインドア派だったとは知らなかった。なるほど、だからこんなに肌が真っ白なんだな。身体も貧弱で細っこいし。



「あー、えっと、俺は……ぼ、僕 最近ずっとお部屋にいたから飽きちゃって」



「そうか……ロゼットには極力相手をしてやるように言っておいたんだけどなぁ。まあ、あの子も掃除やら片付けやら料理やらで大変だろうし仕方ないか」



いや、そのどれも全て失敗ばっかりでろくに出来てないですけどね あのメイド。

毒づきながらも、アルバートの机に置かれた写真立てに目を向けた。生まれたばかりの赤子を抱くマリアンヌと、その肩を抱くアルバート。そして、その隣で幸せそうに微笑むロゼット。何気ない集合写真のようだが、一点だけ決定的に異なることがある。


赤子が輝いている。

もちろん、俺だ。


俺が生まれたとき、その後光で看護師2人が気絶した話は聞いていたが、なるほどこういうことか。マリアンヌの腕の中で神々しく輝く俺は、周囲すら照らしている。そのおかげで後ろにいる犬が怯えきった様子だし、マリアンヌの顔がその光に照らされて 妙に白い。照明いらずじゃねぇか。



やっぱり、俺の美しさには無限大の可能性が秘められている。早く、その力を最大限に発揮できる環境を作らなければ。



そして翌日。

約束通り、俺はアルバートの仕事に同行することになった。


この同行の意図は、世界の情報を書物だけでなくこの目でしっかりと確かめておきたいという気持ちからだ。子供1人が外出するぐらいでは得ることのない情報を、貴族である父親の仕事を通して得ようという魂胆だ。

落ちぶれたとはいえ、一応は腐っても貴族。

この地域の有力者とは何かと縁があるであろうと踏んで、アルバートに同行することに決めた。



「坊っちゃん、くれぐれもお気をつけくださいませ」



心配そうなロゼットは、俺のサイズに明らか合っていないローブを渡した。なんだこれ?黒っぽい色でごわごわとしていて、お世辞にも上等とはいえない。


ここら辺から、雲行きが怪しくなってきた。



「あらあら、待ってちょうだい。私も行きますから」



なぜか同行する気満々のマリアンヌは大きな女優帽のようなものを被り、片手にはバスケットを抱えてやってきた。おいおい、これから遠足でもするのかよ。


そして、何故だかアルバートの首には双眼鏡がかかっていて、マリアンヌと今日の昼食について一言二言取り交す。

なんだ、この出勤前とは思えない感じは。

その双眼鏡、何に使うんだよ。



「それじゃあ言ってくるよ」



「はい!行ってらっしゃいませ!」



玄関に待機させてあった二頭の老いた馬に、一頭はアルバートと俺、もう一頭はマリアンヌが乗り のっそりのっそりと出発した。


馬が動き始めると、アルバートは俺が手に持っていたローブを手に取ると 広げて俺を頭からすっぽりとそれで覆った。


突然のことで驚き アルバートを振り返ると、彼は今まで見たことないほど眉間のシワを寄せていた。



「お、お父様。これでは周囲が見えません」



「着いたら教えてあげるから、問題ないだろう?」



急になんなんだ、アルバート。

いつも俺が何か頼めばニコニコとしながら聞いていたというのに、すこし変だ。やはり同行が気に食わなかったのか?いやだったら、そもそも許可をしないはずだろ?

とにかく、このローブのフード部分のせいでろくに周りが見れない。これじゃ、せっかく外に出られたというのに意味がない。



「ぼ、僕はお空が見たいです!」



取って付けたような理由で少々駄々をこねてみる。まだ五歳児、これくらいの我儘は可愛いうちだ。

しかし、なぜかアルバートは許さなかった。

それどころか少し沈黙を置いて、俺を宥めるような口調で話し出した。



「ルカ、お前の気持ちもわからなくないよ。しかしね、お前が外にいる間はそのローブを被っていなさい。これは、約束だよ。いいね?」



言葉の節々に、可愛い我が子に対する愛情を感じることから俺のことを思っての約束であることは間違いない。しかし、このローブが一体なんの役割を果たしているのだろう。

ともかく、ここは大人しく従っておこう。

俺は大人しく、アルバートの言いつけを守り ローブを被った。


馬に揺られて十数分ほど経つと、アルバートから到着を知らされた。え、もう?と思いつつアルバートに抱き上げられる。



「ここからは歩きだから、大人しくつかまっているんだよ」



「ルカはここ初めてかしら?」



「あぁ、初めてだろう。興味を持ってくれたようで嬉しいよ」



「本当ね。3人で来たんだもの、今日こそは見つけたいわ」



おい、待てよ。

俺は2人の会話と周囲の音を聞きながら、嫌な予感がする。まさか、いやだが……。

もし今いる場所が俺の予想通りだとすると、それは最も最悪だ。


俺はアルバートの腕の中で、ごそごそと身をよじり必死で周囲の様子を見ようと試みた。

ローブの隙間から射す光、そこの隙間から覗く。



「……お父様」



「どうした、ルカ。気分でも悪くなったか?」



「ここは、一体どこですか」



「あぁ すまない、言い忘れていたね」



生い茂る木々、その間を行き来する鳥、微かに香る 土の匂い……。



「ここは屋敷近くの森だよ。僕たちは、未だ誰も知らない花や草などを発見しようと来ているんだ」



それが、お前の仕事なのか……?

唖然として声が出ない、とはこういうことを言うのだろうか。口をあんぐりと開けたまま、俺は数秒硬直していた。



俺はこの時初めて、両親そろって高等遊民レベルをカンストしていることに気が付いたのだ。

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