第5話 美しさ、という名の凶器

「_____というわけです、お分りいただけましたか?って、まだ難しいですよね」



ロゼットから一連の話を聞かされた俺は、数秒間 いや数分間ぽかんと口を開けていた。ロゼットが、さっき倒したバケツのことを思い出して急いで部屋を出てからも、ぼーっとあらぬ方向を見続けていた。


これは……想像以上だ。


ハッとした時には、すでにロゼットは部屋の外で再び掃除をしているようで自室には俺1人。先ほどロゼットから聞いた話、俺に関する話を何度も何度も脳内で繰り返し、そして飲み込もうとする。



さて、ここからはロゼットの話を整理しよう。



話は、俺が生まれる数週間前に遡る。


アルバートと妊娠中のマリアンヌは、ある日 代々スペンサー家に仕えていた預言者ブルーノにこれから生まれて来る我が子がどのように育つのかを聞きに行った。これは、貴族達の中ではよくある行事のようなものらしい。

マリアンヌを見たブルーノは、突然両目を抑えのたうち回り、挙げ句の果てにはその場にひっくり返ってしまった。


ここで、空気を読んで止めればよかったのだ。


しかしアルバートとマリアンヌは何故か諦めず、しょうがない、と今度は近くの森に住む預言者ヤーナを訪ねた。マリアンヌを一目見たヤーナは、いきなり立ち上がり賛美歌を大声で歌いながら森を駆けずり回り、アルバートに対して奇跡が起きたと泣きながら伝えた。


こんな事になったら、怖くなって二度と見せないのが普通だ。しかし、2人は違った。僕らはこの子の将来を見て欲しいんだ、と今度はまた別の預言者パウラを訪ねるという奇行に走る。

そこらで満足しとけよ、と言いたいところだが彼らに常識を求める方がおかしいのかもしれない。お前たち、そういうとこやぞ。


パウラはマリアンヌの腹を触った直後、その場で神への祈りを捧げ、アルバートに対して神の栄光を受けた子供が生まれる。その子は、花のような美しさと星のような輝きを持って生まれるだろうと予言。


この3人の預言者を犠牲とした一連の事件は、瞬く間に一族や親戚に知れ渡り、さてどんな子供が生まれるのやらと話題に上がった。その一方で、愚弟が何やら狂言を吐いているとバカにしていた者も多かったとか。アルバート、信用ゼロ。



そして、話は俺 いやルカの生誕日へと移る。


マリアンヌがルカを生んだ時、赤子から放たれた後光によってその場にいた看護師2人がその場で気絶。空では賛美歌が鳴り響き、その夜には今まで観測されたことのないほどに明るい星が輝いていたという。聖書かよ。


話題になっていた子供が生まれたとなり、親戚の何人かが訪れたらしいがその美しさに唖然としつつも アルバートとマリアンヌの例のごとく浮世離れした対応とこのボロボロの屋敷を見て幻滅。興を削がれて、そそくさと帰ってしまったらしい。お前たち、何やったんだよ。幻滅されるような振る舞いって……あの2人ならやりかねないが。



しかし、この話を聞いて1つ確信したことがある。

『光源氏』は確実に使える。

美しさは、武器になる。


ちょっと生まれてきただけで、看護師が気絶するほどの美しさだ。そんじょそこらのイケメンとはわけが違う。



再び、鏡を見つめる。


ロゼットは、この美しさに親戚は唖然としていたと言っていた。つまり、親戚中に俺の美貌は知られているわけだ。ならば、それを使わない手はない。



必ず、這い上がってみせる。この美貌で。

そして、必ずこの2つの耳で聞いてやろう。

憎らしい神がギリギリと歯軋りをする音を、地団駄を踏む音を。



恐怖と不安、それを押し付ける自己肯定感。

それらが渦巻くトグロが少しずつ野心と復讐心に変化していくのを感じながら、ベッドの上で声を押し殺して笑い続けた。

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