第4話 異世界では常識を捨てましょう。
となれば、すぐに実践と行こう。
対象は勿論、メイドだ。
俺はベッドから抜け出し、部屋を出た。5歳児の身長ってこんなに低いのか……なんか不思議な感じがする。例に漏れず、この部屋もズタボロなので床がギィギィと不気味な音をたてた。
部屋の外には、埃っぽい廊下が続いている。お化け屋敷と言われれば納得できるほどに掃除がなって居ない。メイドは何をしてるんだか。
しばらく歩いていると、下の方からジャバジャバと何やら水音が聞こえてきた。何やらごたごたと作業をしているらしく、忙しない。
「坊っちゃん!いけません、お部屋はお戻りください。お身体を休めなければ!」
俺に気づいたらしいメイドは、尻尾をビクリと震わせると慌てて俺を部屋に戻そうと抱き上げた。慌てすぎたせいで足元のバケツに足を引っ掛け、その中の水がひっくり返る。
あーあ、床がビッチャビチャ。
この鈍臭いメイド、ロゼットは頭部に片方欠けた猫耳と臀部に長い尻尾を持つ。ファンタジー感満載のロゼットは、俺の持つ情報によると元奴隷らしい。こういうところからも、スペンサー家の衰退ぶりがみて取れる。
「また、床を汚してしまいました……」
しょんぼりとうなだれたロゼットは、猫耳もペタンとなって申し訳なさそうにこちらを伺う。そういう目線はやめろよ、虐めたくなるだろ。
俺は嗜虐心がくすぐられながら、グッとこらえて大人しくロゼットに抱きかかえられる。
「さぁ、坊っちゃん。お部屋へ戻りましょうね〜」
愛おしそうに俺の頭をポンポンと撫でながら、水浸しの床を放っておいて、そのまま部屋まで俺を抱えてベッドに降ろす。
「あの、アルバ……お父様とお母様は?」
「お二人とも、森へ散策に行かれましたよ。今日こそは図鑑にない花を見つけると意気込んでおられました」
夫婦揃って何やってんだ。
森へ散策って、そんなご老体でもないのに。図鑑にない花を見つけて何になる。そんなんじゃ、スペンサー家の復興は夢のまた夢だ。
この意識の低さが、スペンサー家復興の第一関門だな……。こんなんだから、他の兄弟にいいようにされるんだ。これじゃ、俺の無限地獄が現実のものになっちまう。それだけは避けなければ。
「坊っちゃん、いかがされましたか?」
「え、あ、いや大丈夫。それより、鏡はないかな」
「鏡、ですか?えっと……あ、こちらに」
ロゼットに手渡された鏡を覗き込む。
頼りにならない両親の問題は後だ。まずは、この俺の顔が一体どんな力を持っているのか、そこが重要だ。
鏡の中には、未だ見慣れない美しく儚げな美少年がうつっている。これが俺とか、無限地獄なんて代償さえなけりゃ万歳三唱したいくらいに喜ばしいことだ。喉から手が出るほどに欲しかった、誰もが羨む美貌を手に入れたのだから。
滑らかな白い肌、星屑のように輝く瞳、まばたきするたび揺れる長い睫毛、そして艶やかな唇。
あちこちをじっくりと見つめて、不安と恐怖を自己肯定感でゆっくりと沈めていく。四六時中眺めていても飽き足らないほどに美しい。
そして、ふと気づく。
なんか、体から出てねーか?
鏡で見る自分の周りに、何やら小さな粉のようなものが見える。埃が舞っているのかと思ったが、どうやらそうでもなさそうだ。現に、ロゼットの周囲にはそのようなものは見られない。
なんだ、これ?
待てよ。
まさか、これは……イケメンパウダーか?
あの漫画とかでイケメンの周囲にだけ描かれる、あのピカピカしたやつ。まさかあれか?
いやいや待て待て、いくらなんでもそりゃないだろ。イケメンパウダーが見えるとか、それはキツイ。いやしかし、猫耳が許されるこの世界でイケメンパウダーが存在しないと断言できるか?いや、できない。
これ、周囲には見えてるのか?
「ロゼット、少し聞いていいかな」
「はい、なんでしょうか?」
「周囲にキラキラしているのが見える?その、ここら辺とか」
「え……?」
あ、やらかしたか?
ロゼットのぽかんとした表情に、一気に顔が赤くなるのがわかる。
うわー、こりゃ恥ずかしいぞ。ミスチョイスだったか!?これで無限地獄とかじゃないよな、まだ立て直せるか!?
ドッドッドッと速くなる鼓動を抑えながら、言い訳を脳みそフル回転で考える。
なーんちゃって、テヘッぐらいのお茶目さんを演じりゃどうにかなるかもしれん。こんな可愛い見た目してるんだし、顔に免じて見逃してくれるはずだ。いやいや、しかし37でそれをするのは精神的に辛いっていうか……あー、しんどいっ!
「フフフッ」
脳内でゴロゴロと悶える俺が聞いたのは、ロゼットのクスクスという笑い声だ。
「坊っちゃんったら、またそんなことを仰って。何度もお伝えしているじゃありませんか、坊っちゃんは選ばれしお方なのです。周囲が輝くだなんて、当たり前ですよ」
いや、初耳ですけれども??
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