第2話 神に喧嘩を売っちゃった馬鹿

いや、何が再テストだ。



俺は二つの小さな手を見ながら、嘆く。

目が覚めたら体が縮んでいたっ!なんて何処ぞの探偵でもあるまいし。

あの神とかいう存在は、俺に何したんだよ!

未だ言葉の数々が脳内に居座り続けて、ズキズキと頭痛がする。まだヒューヒューと鳴る呼吸を続けながら、ぎゅっと膝にかけられている薄い布を握りしめた。



というか、ここどこだ?

部屋は広いけど埃っぽいし、天井の隅はズタボロ。修復がされてなさそうだな。壁紙も古いのか、柄が消えかかってるし。



「失礼」



ドアがノックされて、ゆっくりと開かれる。ギギギッと音を立てて開いた隙間から、ガリガリに痩せこけた1人の老婆が入ってきた。

なんだ、この人の服。真っ黒のローブを羽織っているだけで、なんだかゲームに出てきそうな感じ。毒リンゴ渡す系の老婆じゃねぇの。



「お目覚めのようだね」



そう言って、老婆は枝のような血色の悪く青白い腕を伸ばし、僕の頭に触れた。



「何もわからないだろうが、全ては徐々にわかること。今は焦らず、目の前のことを受け入れることに尽力しなさいな。決して他人に全てを打ち明けてはいけないよ、神を怒らせたくないのならね」



神、だと。この老婆、何か知っているのか?

老婆の言葉に思わずビクッと反応すると、頭にあった手が頬に触れた。この老婆の手、氷のように冷たいぞ。なんだこれ。



「おやおや、そう怯えなさんな。あぁ、あたしの手が冷たかったかい。悪かったね」



老婆はそう言って手を引っ込めると、ベッドサイドに置いてある埃のかぶった椅子に腰掛けた。脚の長さがあっていないのか不安定な椅子は、ガタゴトと音を立てる。



「お詫びに、いい事を教えてあげるよ」



皺くちゃな顔で笑う老婆は、僕の胸に人差し指をトンッとおいて目を閉じた。精神統一でもしているか、息を整えながら眉をひそめる。

なんだなんだ、呪われそうで怖いんだが?

身をよじろうとするも、まるで重い石でも置かれたようにピクリとも動けない。金縛りみたいだ。まさか、喰われるんじゃないだろうな?

身の危険を感じた頃、やっと老婆が指をどけてくれた。



「あたしはベルーシュ、神託を授かった者さ」



んなわけあるかい!神託って、なんじゃそりゃ笑える!ってなるはずだが、そう笑えない俺がいる。

さっきの自称神のことといい、今の状況といい、正直何が起こっても不思議じゃない。

夢にしては現実的過ぎるし、現実にしては突拍子も無い。



「あんたは違う世界の遠い何処かからやって来たんだろう?神のお告げで聞いたんだよ、彷徨える羊を此方へ連れて来たってね」



「彷徨える、羊?」



「あんたのことだよ。あんたが一体何者かは知らないが、あんたの魂の受け皿になったこの体の持ち主ならよく知っているさ」



ベルーシュは、サイドテーブルの引き出しをガチャガチャと引っ掻き回して、汚れた鏡を取り出した。俺の前まで持ってくると、そこには1人の美少年がうつっている。

いや、待てよ。これ、俺か⁈



「う、うぉぉっ!?」



「ルカ」



「え」



「あんたの名前、いや、あんたの体の元の持ち主の名前だよ。高熱で5つの時に死んでしまう運命なんだけれどね、神の意向であんたの魂がすっぽり入ってしまったのさ」



じゃあ、この体は元はそのルカとかいう子供のモノだったってことか?

この将来有望な顔の持ち主、か。

その時、ふと一つの言葉が脳裏をよぎる。



『んじゃ、ぜーんぶあげちゃうからやってみなよ。何だっけ?イケメンになったら出来るんでしょ?』



まさか、あれってこういうことか?

人生再テストって、イケメンにしてやるからもう一回生まれ変わってこいってことか?

おいおい、嘘だろ……。



「まぁ、あんたが神になんて言われたのかは知らないが、あたしからあんたに伝えられる事は一つだけだよ。これは、神からの言葉だ」



ずいっと迫られて、目の真ん前に充血してひん剥いた目が二つ現れる。反射的にヒィッと悲鳴が漏れる。



「お前が欲しがっていたモノは与えてやった。試しに世界の一つ征服してみろ。さもなくば、無限地獄に突き落とす」



「え、無限地獄……ま、待てよ、世界征服なんて無理に決まってるだろ。ゲームじゃあるまいし、変な冗談よせよ……」



「どんな言い訳したって神には届かないさ。残念だが、あたしにゃどうしようもないね」



「あ、あんたからも言ってくれよ‼︎なぁ!お願いだから!」



恐怖で呂律がまともに回らない。

嘘だろ、こんなことあるか?

世界征服できなきゃ無限地獄って、どんな無理ゲーだよ!



そんな俺を見ていたベルーシュは、哀れに思ったのか俺の肩をポンと叩いた。労いのつもりなのか励ましのつもりなのかはわからない。



「もう、どうもしょうがないね。運命は神のみぞ変えられるのさ、あたしたちにゃ扱えるものじゃないんだ。そのかわりと言っちゃなんだが、二つ贈り物をあげよう」



そう言って、ベルーシュは俺のこめかみにそっと指先で触れた。その瞬間、高速で色々な画像が見えた。



「一つは、あんたの体の持ち主の情報。5つだから生前の記憶は少ないが、その代わりに彼を取り巻く情報は膨大だ。まぁゆっくり理解するといいさ」



何を理解しろってんだ、と思いつつも言葉を飲み込んだ。今ベルーシュを敵に回すのはミスチョイスだ、ただでさえ味方がいないっていうのに。



「ふ、二つ目は?二つ目の贈り物は何だよ」



「それは、さっき与えたよ」



ベルーシュはニタリと薄気味悪い笑みを浮かべると、ポンッと指先に一本の巻物を出した。その巻物に、筆文字で『源氏物語』と書いてある。まさか、あの源氏物語か……?



「光源氏って知ってるかい?何でも、それはそれは眉目秀麗で、光り輝く美しさであったという」



「それは、物語の話だろ。それが一体俺と何の関係があるんだよ」



すると、ベルーシュは巻物の先で俺の頭をポンポンと軽く叩く。ムカついて睨み付けると、フフンと鼻で笑った。この野郎……。



「一つだけ、あんたに力を与えてやったのさ。いや、与えたというよりは集めてやったという方がいいかもしれないがね。いいかい、あんたもさっき見たと思うが、その美しい美貌は武器になる。この光源氏のように、周囲の者を虜にしてしまうほどの力があるのさ。ただし、それ以外の特別な力はないよ。ただ美しさ、それだけがあんたの武器だ」



「美しさが、武器……?」



「誰でも、あんたに口説かれれば骨抜きになる。注目せずにはいられず、誰もが羨むような美しさを手に入れたんだよ」



まさか、そんなこと……いや確かに、鏡にうつっている俺の顔は美しいと思う。けどこれが武器だと?それに、それ以外は無いって、綺麗なだけってことか?



「ふ、ふざけるな!そんなので世界征服なんてできるわけがないだろっ!」



「それをあんたが言うのかい?」



ギリッと恐ろしい形相で睨み付けるベルーシュの言葉で、俺は少し前の自分を思い出す。



『イケメンに生まれてたら、きっと上手くいってた』

『あーあ、イケメンに生まれたかった』

『イケメンに生まれたら、こんな人生にはならなかったのに』



ダラダラと汗が噴き出した。

そうだ、俺はそんなことを……。

はっはっとまた息が上がる。こんな、こんなつもりじゃ……。

無限地獄なんて嫌だ、でも世界征服なんてできるわけねぇ。顔だけでやってけるわけないだろ。

そうだ、あれはただの冗談だってことで……。

そうやってうまく丸めれば……。



「まだまだだね、あんた」



ベルーシュの声が、耳元で聞こえた。

待てよ、これ、まさか。



「また、逃げた」



ベルーシュ、お前……。



「お前、神……か……?」



「ピンポンピンポンピンポ〜〜〜〜ンッ‼︎」

「ドッキリ大成功‼︎ビックリした?」

「また騙されていましたね、残念です」

「人頼みも未だ改善なしですね」

「再テストに向けて、さぁ勉強なさい」



もうやめてくれよっ!許してくれっ!

俺が何したって言うんだよっっっ‼︎

叫びたい衝動に駆られるも、体がピンと張って動かない。ジタバタとその場で左右前後に揺れるだけしかできない。



「無限地獄に堕ちたくなきゃ、世界征服に向けてやることやるしかないのよ」

「勉強しなさい、勉強!もうミスは許されません」

「誰も信じるな。慈悲を与えるな」



誰か、誰か助けてくれよっ!

いや違う……誰も、誰も助けてなんてくれない。

俺は孤独なんだ、もう逃げられやしないんだ。



絶望する俺に、慈悲深いと評判の神はケタケタと笑った。




「さぁ、とことん生きてみたまえ‼︎美しいだけの少年‼︎」

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