答え合わせ

 SNSの良いところとは、飯を食ったら忘れてしまう程の些細な感情や考え、疑問を、書き込んで保存しておけることだと、ふとそんなことを考えた。


 季節外れの、ホットカーペットの電源が入っていない炬燵に肩まで入りながらスマートフォンを操作する。日曜日の午後八時二十分。

 テレビは大河ドラマを映していて、祖父母はそれをじっと見ている。机の上には湯呑みが三つと煎餅のゴミが数個、林檎が乗っていた大皿。暖かかったお茶はすっかり冷めていた。

 今年の大河ドラマは現代が舞台らしい。私はまともに観たことがなかったが、意識の外で聞こえてくるのがカッチリした武士の口調ではなく馴染みのある言葉遣いだったことから、なんとなくそれを実感していた。


 そうしてドラマの台詞をBGMにしながら端末を弄っていると、ふと脳の片隅に埋もれていた記憶が光ったように感じて、私はSNSアプリを開いて画面をスクロールさせながら過去の投稿を遡り始めた。


 そのまま二、三分ほどそうしていたが、「おっ」と声を上げた直後に「あー……」と間延びした声を垂れ流した。

 几帳面な祖母が変な声を上げた私へ律儀に目線を向けたので、誤魔化すように「いやぁ」と半笑いを浮かべた。


 手元のスマートフォンの画面に映る一つの投稿。投稿日時は二年前。

『再来年の大河ドラマが現代に決まったらしいのを祖父母に言おうと思ったんだけど、なんとなく躊躇っちゃって結局言えてない、どうでもいいんだけど』

 という、よく思い出せたと自分で感心してしまう程の内容だった。


 二年前か、と考えを飛ばしながら真剣にテレビを眺めている祖父母に視線をやった。二年といえば、案外色々なことが変わるものだ。気付けば二人とも平均寿命をとうに超えたいい歳になった。祖父は段々歩かなくなり、祖母は膝を悪くして杖をつくようになった。高校生だった私はすっかり成人だ。


 でもまぁ、と一息置いて私は考えるのをやめた。こうして三人でテレビを眺めている今、この状況が全ての答えというやつだ。なんとも馬鹿馬鹿しいと、二年前の自分を嘲笑ってやればいいだけの話だ。


 スマートフォンの電源を落としてポイと隅に放る。そのまま「ねぇ」と話しかけて、私は腹筋の力で起き上がる。新しい煎餅の袋に手を出しながらテレビに目を向けた。画面の中では語り部が笑いを取ったのか、どっと観客が沸いたところだった。


「今年のやつはどうなの?面白いの?」


「あぁ……、まぁまぁだなぁ」

「この男の子、格好いいねぇ」


 祖父は批評家のような口調で評価を下し、祖母は画面に映っている語り部役の若手人気俳優を指してミーハーのようなことを言うものだから、なんだかおかしくなった私は、思わず笑い出しながら「そっか」と返事を返した。

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