夏が来る

 洗面所へ続く扉を開けた途端、夜の間逃げ場のなかった、ムワリとした熱気が襲ってきた。

 一瞬で全身がじっとり濡れるかのような湿気と暑さに顔をしかめながら、足で乱暴に扉を全開にし、隔たれていた空気を混ぜる。しかし、今日は降水確率60パーセント、曇りのち雨。梅雨に相応しくなんとも不快な天候のため、大した効果は得られなかった。


 私は洗面台の横にかかっていたタオルを引っ掴むと、それを蓋の開いた洗濯機に放り込み、山を作っている洗濯カゴに手を伸ばした。

 私のTシャツにお母さんの下着、お父さんの靴下。どれもこれも汗のにおいが染み付いている。それらを乱雑に掴んでは同じように洗濯機に投げ込んでいく。

 順調に山を崩していき、下の方にあったバスタオルに手をかけて、私は「うへぇ」と奇妙な声を出した。


 絞ったら水が出てきそうな程に重く湿った感触と、一日放置され、更にカゴの下の方に閉じ込められていたことによる生乾きのにおい。においで言えばお父さんの靴下の方がよっぽど臭かったが、この触覚と嗅覚を同時に刺激する強烈さ。

 気持ち悪い。雑菌だかカビだかわいてるんじゃないか。

 昨日風呂上がりにこれに包まった時は柔軟剤の石鹸の香りがしてたのになぁ、なんてどうでもいいことを考えながら、汚いものにでも触るかのようにタオルの端を指で摘み上げて投げ入れた。家族三人分。


 いつもより多めに洗剤と柔軟剤を入れてフタを閉める。すすぎは一回のままだけど、まぁ大丈夫だろう。

 スタートボタンを押すと、ジャバジャバと勢いよく水が溢れ出した。それを確認した私は一つ息をついて窓に目を向ける。

 蝉の声すら響いていない空が、灰色の分厚い雲に覆われていた。


 また、夏が来る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る