第3話 優勝監督藤本定義

藤村のあとの監督が外人であった。と言っても日系2世で戦前のキャッチャーであった。

「カイザー田中」と名乗った。外人監督という以外あまり印象に残っていないのだが、あの天覧試合の時の監督だったのだ。成績も2年連続2位だったが、巨人にゲーム差は大きく離されていた。考えれば、小山、村山の両輪、三宅、吉田、鎌田の内野トリオの基礎はこの時に作られていたのである。


その後が、藤村排斥劇の金田であった。彼は2回監督を勤めているが、2回目の方で記す。1年目3位、2年目は主力選手との折り合いが悪く、ヘッドコーチだった藤本定義に途中交代している。


2リーグ分裂後、常にAクラスであっても、優勝から遠ざかっていた。そろそろこの辺でというときに登場して2回も優勝したのが藤本監督であった。どんな監督であったか?次の数字を見て貰おう。

実に監督すること29年、その試合数3200試合(1657勝1450敗93分 勝率.533)

リーグ優勝9回(1リーグ制7回、2リーグ制2回)、戦前の巨人の名監督であった。戦後は創設間もないパ・リーグの下位球団(大映とか)で恵まれなかったが、タイガースでの期待は大であった。タイガース純潔主義をすてたのであるからその期待の程が知れる。巨人から来た監督の最初で最後の監督である。

 

こんなエピソードがある。江夏が若手の頃、オールスターゲームに出場した時、川上哲治セ・リーグ監督の指示により、オールスターで3連投をした。江夏自身はそれに満足していた。しかし、オールスター明けの阪神巨人戦の試合前において、藤本は川上を阪神ベンチに呼び出し「おい哲!豊(江夏のこと)を乱暴に使いやがって!この馬鹿野郎!」とものすごい剣幕で叱った。かつての教え子とは言え、ライバル球団の監督を叱るという意外な出来事に対して、既に名監督として評されていた川上は直立不動で藤本の話を聞いていた。その光景に、江夏は心底衝撃を受けたとしている。


阪神監督2年目、1962年の阪神投手陣は、素晴らしい数字を残した。小山正明27勝、村山実25勝の両輪がいて、規定投球回足りない投手でも渡辺省三は10勝5敗と勝率が高かった。この3人で62勝だから(阪神の勝ち星は75勝)、藤本はこの3人でローテーションを作ればよかったワケで、完全なローテーション制を敷いた最初の監督であった。それまではエース完投、あくる日リリーフなんて普通であった。ローテの谷間は負け試合と計算して戦い、決して無理はさせなかった。ちなみに藤本が途中から監督を引き受けた前年、61年の3投手の勝ち星は合計46勝だったから、62年の藤本は3本柱の起用法が確かに巧みだったといえる。


今の和田監督の「1戦1戦戦って」の言葉と姿勢は、高校野球でもあるまいしプロの監督の言葉かと私は思っている。打つ方は腹心の青田昇(阪急時代のコーチ)を招き打線の方は青田に完全に任せた。シーズンの戦い方は大胆だったが、1試合に於いてはピンチではよう見ていなくて、ベンチ裏で震える手でタバコを吸いながら「おい、青どうなった」と訊いていたと、解説になった青田は語っていた。


三原太洋と最後まで優勝を争った63年は小山の代わりをバッキーが務めた。最後4ゲームほど離されていたが、直接対決の4試合を全て勝って、最後の9試合を9連勝しての劇的な優勝であった。川崎で太洋に2連勝して甲子園に帰って来てのダブルヘッダーは高校を早引けして見に行った。この4連戦の前、村山の奥さんが自殺して川崎での登板はなかった。甲子園でも登板が危ぶまれたが、出て来て投げた時の速かったこと、速かったこと、今でも鮮烈に覚えている(さすがにバテタのか、監督の配慮か5回で完了した)。

打つ方は相変わらず低調であったが、小山と交換トレードで来た毎日の主砲だった山内一弘が、阪神久しぶりの長距離砲としてホームラン31本を打って4番を勤めたのが大きかった。江夏の才能を認めて、高卒でいきなりローテで使ったのも藤本であった。投手を見る目と、投手の使い方には優れていた。阪神での監督は7年間であったが、優勝2回以外も常にAクラスであった。


阪神の優勝はその後長くなかったから、2回も見せて貰ったのであるから、私にとっては「神様」的な監督であった。やはり、巨人は大した球団だ。敬服!

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