カンカン照りで死にたくなる。
わたしは今、校舎の屋上にいる。
夏だ。暑い。当たり前だ夏なんだから。
日差しがカンカンと照り付けて肌に
なんだ
まあ人間にも五月蠅いって言うくらいだもんね。可哀想だなあ、ハエ。
校舎の裏に当たる場所から、交尾の声が聞こえてくる。
みんみんみんみん。
うるせえ万年発情期が。
万年発情期なんだから夏じゃなくたって、今日じゃなくたって良いだろう? そこは先の短いセミに土俵を譲ってやろうとは思わんのかね?
思わないか。
だってキミらは十七歳。まあまあ発情したてで制御の仕方も知らないんだ。
職員室のわたしの机に小さなメモが置いてあった。全くもって、何だって、こんな日に。
『放課後、屋上で待ってます』
どう見ても男子生徒が書いた文字。
たまにあるんだ。本気なのか冗談なのか罰ゲームなのかイジメなのか分からない、こういう。
こういう、なんだ。本気なのか冗談なのか罰ゲームなのかイジメなのか分からないなら何とも形容できやしない。
だがしかし、教師としては無視できぬものなのだ。
虫と無視で掛けてんのかって? ああそうだよそれでいいよもう。
とにかく、わざわざこのくそ暑いところで話したい内容なんてそんなものはどうだっていい。
――***先生が、僕のメモを無視したんです。生徒の声を無視したんです。
後になってそう言われなきゃなんだっていい。
それで? 放課後って一体何時から何時までをさしているんだい? 先生はねこのくそ暑いなか、このくそ五月蠅いなか、もう三十二分まだ見ぬキミを待っているんだよ。
がちゃん、と大した重くもない扉が大げさな音を立てた。校舎裏の交尾の声がピタリと止んだ。ざまあみろ。
この炎天下にわざわざ顔を出したのはやっぱり男子生徒だったし、よく見知ったっていうか既に見飽きた顔だった。
来たか。本当に来たか。来てしまったか。あと三分で帰ってやろうと思ってたのに。
どうやらそれよりも長くはここに居なきゃいけなくなりそうだ。
もういい加減顔面に張り付けた笑顔も限界だ。表情筋がこの形のまま固定されてしまったらどうしよう。
――先生! 待っててくれたんですか!
おうよ、待っていたともさ。キミからクレームが入ったら困るからね。
登校日が終わってとっくに下校時刻になっているにも関わらず一向に気配すら見せないキミを、わたしは三十三分ここでずーっと待っていた。キミからクレームが入ったら困るから。
――嬉しいです、まさか、本当に待っててくれるなんて。
好きで待ってたんじゃねえっつーーーーーー。
――あの、先生からしたら、あの、こんなの子どもの世迷言だと思うと思うんですけど。
キミらの口から出る言葉なんてものは大抵が世迷言だよ今さら気にすんな。それと日本語は正しく使ってくれよな、先生との約束だぞ☆
仮にもわたしは現国の教師なんだ。日々の努力が今目の前で泡となって消えたよ。キミの学期末の成績もな!
――僕、あの、せっせせっせんせぇいの事が。
おいおいおい大丈夫か、まかり間違って舌なんぞ噛み切ってくれるなよ。
あーーーー五月蠅い。
セミもうるせぇハエもうるせぇ万年発情期を迎えてしまったキミらもうるせぇし学校も保護者ももう何もかもうるせぇ。
ねぇねぇ知ってるかい? キミのお父さん、わたしと同い年なんだよ。
キミのお母さんは十六の時にキミを産んだしその時キミのお父さんは十八だった。
まあ要するに今のキミと同い年の時に、キミのお父さんはキミとそっくりなその面下げて、きっかり十七年前の真夏に正に今ここ、この校舎の屋上でキミとほとんど同じことを言ったんだよ。
そしてそれにまんまと引っ掛かったわたしは、もうほんの少し温めても良かったハツモノをここでくれてやったわけさ。キミのお父さんに。
そしたらどうだい。その一週間後には、キミのお母さんがキミを妊娠したってそりゃあもうすごい速度で噂が走り回ってね。まだ夏休み中だったのに、その噂を知らない生徒はいなかったよ。
ほんで? 休み明け? うんキミのお母さんはいつの間にか学校を退学してたし、三年に上がる時にはキミのお父さんも居なかったよね。うん。
その間まさかわたしはキミのお父さんと親密なお付き合いなんてしてないし、不純異性交遊っつうかセックスだってその最初のたった一回きりだよ。
ウケない? キミたち的な言葉で言って、とりまウケない? 色々ウケるでしょ? 色んな意味で。
まあ何が一番ウケるって、キミが産まれたその日の夜にわざわざ実家にキミのお父さんが電話を掛けてきたことだよね。
『ごめん……実はおれ、子供が産まれたんだ。だからもうキミとは付き合えない。本当にごめん。キミは本気だったのに……。キミは心からおれを愛してくれていたのに』
なんなんだよ一体。
こっちは受験目前でお前のことなんてすっかり忘れてたっつーの。
『でも、もしキミさえ良かったら、また会ってくれないだろうか……』
いやもうほんと何なの。
こっちはそれどころじゃねえの。わかる? わかって?
炎天下のせいなのか、たった今お父さんと同じ顔面から放ったお父さんと同じ言葉のせいなのか、茹で蛸のように真っ赤になっちゃってるけど、とにかく今ここでキミに倒れられちゃ先生は困るよ。
せめて校内にしてくれよな、先生とのああもういいや。
とりあえずこれだけは言わせてほしい。
あ、ごめんちょっと待って。今張り付けた笑顔をちょっと悲し気に修正するから。
えっと……。先生はキミたちの未来の為にここにいる。だからキミたちの未来を壊すような真似はできないし絶対にしない。聡明なキミなら先生の気持ちを分かってくれると思うから敢えてはっきりと言うけれども、わたしはキミと特別親しくなるわけにはいかないんだ。でもありがとう、これからもよろしくね。
「Fuck You」
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