旧皇都――ホテル内


 ホテルの最上階、高倉凛の居室で彼女には不釣り合いな金属が擦れ合う音が鳴り響く。鈍い輝きを放つ武骨なそれは今、仁の手によってバラバラに分解されていた。


「なずな、グリスを取ってくれるか」

「あ、はい……これでいいですか?」


 本来であれば仕事の前に済ませておくべき銃のメンテナンスだが、仁は今しているようだった。苦言を呈しそうな兼城は今、廊下の見張りをしているためここには居ない。部屋の主に不評を買われない限り、彼はやりたい放題できるわけである。


「火をくれ」

「ここは禁煙です、腐っても私の護衛が護衛対象の寿命を奪うような行為をしないでくださいますか。」

「これに懲りて同僚の寿命も少しは気にしてくれると嬉しいんですけどね~」


 女性陣から非難の目線を浴びる。流石の仁も居心地が悪いのか、咥えていたタバコをしまった。


「少し喉が渇きましたね、お茶を淹れていただけますか。」

「えっ、あっはい只今。」


 唐突な要求に戸惑うも、護衛としては役にたたないなりに出来ることを探していたなずなは部屋に備え付けられた簡易キッチンの元へ向かう。


「貴方もさっさとその鉄屑をしまってくださるかしら、油臭くてたまらないわ。」


 とうとう文句をつけられてしまった。仕方がないので道具を片付け始める仁。どうにもやりにくい。いくらデイビッドの紹介とはいえ、この仕事を受けたのは失敗だったのではないかと思わざるを得なくなっていた。


「お茶がはいりました。」


 そういって戻ってくる我らが癒しなずな。甲斐甲斐しくも仁の分までお茶を用意した彼女の帰還に、非道な言葉がかけられた。


「私やっぱりお茶の気分ではないわ、ジュースを用意してくださる?」

「えっ。」「このクソガキ……」


 絶句するなずなと小声で毒を吐く仁。やはりこの仕事を受けたのは失敗だったようだ。


 お茶をいっきに飲み干した仁が肩を落とすなずなに声をかける。


「そろそろ交代だ、余った茶は兼城にでも出してやればいい。このレベルのホテルであればルームサービスでジュースも出てくるだろう、そう気を落とすな。」

「はい……ありがとうございます。」


 あまりにも不憫だったのか、かつてないほど饒舌な彼になずなも心を持ち直した。そう、悪いのはこの暴君なのだ。こんなことで挫ける彼女ではない。


 少し重みのある音と共に兼城が部屋に入ってきた。交代の時間だ。いつもならすれ違いに無言で出ていく仁だが、今回は違った。


「此奴は目の前の茶に目もくれず、淹れた本人の前でジュースを要求するようなクソガキだ。お前も変に目をつけられぬよう気をつけろ。」


 それだけ言うとさっさと廊下に出て行ってしまう。喫煙所の場所も聞かずに忠告していくとは、先程のことをよほど腹に据えかねているらしい。兼城は珍しい物を見た、と少し笑ってしまった。



 交代を何度か繰り返し、日も暮れ始めた頃。凛が少々疲れた顔をして言葉を発した。


「外に夕飯を食べに行くわ。」

「安全を考えたら今お嬢様に外へ出て欲しくはないんだけれど。」

「その安全の為に貴方達がいるのでしょう、不本意ですけれど仕方がないわ、ついてきなさい。」


 そう言うや否や、彼女は着替えに奥の部屋へ行ってしまった。兼城の苦言などどこ吹く風である。


「なずなちゃんも着替えておいで、仁には僕から伝えておくから。」

「えっ、でも私ドレスコードのあるお店に行ける洋服なんて持っていませんよ?」


 諦めた兼城がなずなに言う。しかし凛の性格上、客層が良く服装に規定がある店に入ることはほぼ確実と言っていいだろう。薄給のなずなにそのような服を用意する金はないのだ。


「じゃあ、貴女留守番は頼むわね。」

「はい、わかりました。」

「それじゃあ僕もここに残っておこうかな、いつ先生がお帰りになるかもわからないからね。」


 なずなと兼城はホテルに残ることとなった。なずなにルームサービスの申請をさせながら兼城は仁に予定を伝えに行く。


「まだ交代では無い筈だが。」

「いやね、お嬢様が外で夕食を食べるっていうんだけど、その護衛を頼めるかなって。」

「お前はどうする。」

「なずなちゃんが服を持ってないっていうからね、僕も一緒に残るよ。こういうホテルでのご飯は初めてだから、役得だね。」


 そんな話をしながら凛を待つ仁、内心彼もこの場で夕食を取りたかった。護衛対象を無闇に外に出したくないという理由もあるが、やはり食事は楽しみだったのだ。しかしまだホテルで食事をするチャンスはある。気を取り直している仁の元に着替えを終え、準備を整えた凛が現れた。


「貴方準備はできているの?」

「必要ない。」


 彼の装備は戦闘もできる伸縮性のある生地で作られたスーツと拳銃、ナイフにHEDが2本のみである。常に身に着けているため準備に時間はかからない。


「そう、それではどこのレストランを予約したのか教えていただけるかしら?」

「予約などしていないが」

「まあ、なんて愚鈍な人なのかしら。準備は必要ないのではなくって?」

「……フロントでどこがいいかなどを聞いてこよう。」


 まるで最初からそうしろ、と言わんばかりの鋭い目に、仁はやはり受ける仕事を間違えたと思った。

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紫煙出る処の二人 木森 @kimori109867

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