4日後――仁となずなは高倉家のリムジンに揺られ、兼城は自らの愛車ロークルを駆り、旧皇都「東京」に向かっていた。


「お父様、まだ東京に着かないのかしら、私もうこんな汚い空気の中にいたくないのですけれど。」

「そう言うな、この人達はこの1ヵ月間凛の護衛についてくださるのだから。」

「そんなのお父様の子飼いのSPにさせればいいじゃない、どうしてこんな人達に……」


 どうやらこのむすめ、容姿とは裏腹に高慢ちきな性格をしているらしい。なずなの頬が引き攣っている。


「あのう……仁さん? 私までお仕事についてくる必要ってあったんですか?」


 なんとも言えない顔をした彼女が小声で嫌そうに聞いてくる。どうも護衛対象の娘に腹を据えかねているらしい。


「俺達がひと月も事務所を空けるんだ、誰ぞに襲われでもしたらどうする。お前は自分の身を自分で守ることができるのか?」

『そうそう、一人だけ置いていくのは少し不安だからね。なずなちゃんは観光気分でいてくれればいいよ。僕らの都合で連れ出す訳だから、仕事のことは気にしないで。』


 そういうことを聞いているのではない。と言うような顔をしている彼女も、流石にこれ以上は何も言えないらしい。当然だ、仁にだけ聞こえるように話していたのに、二人とも無頓着に大きな声で言い募ってくるのだ。仮にも依頼主の目の前で本人への文句は言えない。それになずな的にはなぜマイクが自身の小声を拾えたのかも気になるところである。

 そう、一人別の車で移動する兼城は、ビデオ通話によって皆との会話に参加している。人間固定砲台の様な戦闘スタイルの彼は、自身の武器をリムジンに載せきれないのだ。


「改めましてだが、兼城傭兵事務所の皆さん、この度は依頼を受けてくれてありがとう。デイビッドから話は聞いているよ、凄腕の傭兵だってね。」

「……」


 高倉は政治家にしては気さくな性格のようだ、演技かもしれないが。一方の凛といえば、未だに一度も事務所の面子とは口をきいていない。それもなずなの変顔に一躍買っている理由であろう。


「できる限りのことはする、よろしく頼む」

「えっと……私は直接お仕事に関係なくて申し訳ないのですが、よろしくお願いします。」


 あくまで不遜な仁と徹頭徹尾丁寧な対応をする聖人なずな。そしてもう一人、我らが所長兼城雅史はというと……


『こちらこそ宜しくお願いいたします。凛ちゃんも1ヵ月間よろしくね!』

「……」


 無視されていた。


「なあ、まだつかないのか。」

「印西君、どうかしたのかね?」

「……」


 仁がイライラし始めている。不思議に思った高倉が理由を聞くが、だんまりで反応がない。そんな高倉に救いの手が差し伸べられた。


「あの、ごめんなさい先生。仁さんタバコが吸いたくて仕方がないんだと思います……」

「ほう? 印西君はタバコを嗜むのかね。」

「いえ、嗜むというか中毒というか……」


 身内の恥とでもいうように顔を赤らめる彼女を見て高倉は微笑んだ。運転席に内線をつなぐ。


「西崎、近くのPAに入ってくれるか。」

『はい、かしこまりました。』


 どうやらニコチン不足の仁を気遣ってくれたようだ。


『僕もそろそろ欲しかったから助かります、有り難うございます。』

「所長まで……もう。」

「おや、兼城君もか! かくいう私も少しばかり嗜んでいてね。どうだろう、私のおすすめの銘柄を試してみてはくれないか。」


 高倉のその言葉に真っ先に反応した男がいた。


「もらう」


 仁だ。

 普段彼が購入している安タバコの味に辟易していたのかもしれない。しかし彼には一つ問題があった。


「ライターを忘れてしまった。」

「またですか!?」


 驚きながらもガスライターを取り出すなずなには、一同見事としか言い様がなかった。

 しかしそんなだらしのない彼を凛は軽蔑の眼差しで見つめていた。

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