カツカツという硬質な音が響く


「なんだ?出前でも頼んでいたのか」

「いや、そんなはずないじゃないですか。でもこんな時間にお客様ですかね?」


 勿論依頼主以外で訪ねてくる友人などいない。どいつもこいつも交友関係が狭いのだ。

 音から兼城は客がヒールを履いた女性であること、そして一人であると認識する。そして印西の手がデスクのF19に向いていることを確認した。もし敵でも彼ならば足元が不安定な女性の一人、難なく制圧ができる。


「なずなちゃん、お客様用のお茶を用意してもらえるかな?」

「は~い、わかりました!」


 彼はなずなを入り口から遠ざけ、自らもORTHO M1998に意識を向けてソファーに座る。


「敵かな?」

「わからん、だが敵ならこうもわざわざ音をたてて上がってくることもないと思うが。」

「確かにそうだけど」


 そうこうしているうちに足音が部屋の目の前で止まる。

 そしてノック音


「どうぞ」


 カチャリと上品にドアを開け、姿を現したのはアタッシュケースを持ったスーツ姿の一人の女性だった。


「失礼いたします。こちら兼城傭兵事務所で間違いありませんでしょうか。」

「ようこそいらっしゃいました。わたくし兼城傭兵事務所の所長を務めております兼城雅史と申します。」


 女性の態度・視線から警戒レベルを下げる二人。それを尻目になずながお茶を持って女性を案内し始めた。


「ようこそお客様、こちらのソファーにお座りください。あ、こちら粗茶ですがよろしければ……」


 お茶を置く――そして客用のソファーに寝転ぶ仁を蹴り落とした。


「なにするんだ」

「仁さん、邪魔です。お客様が座れないんですからはやくどいてください。」


 女性がなずなに引き摺られていく仁を憐れみの目をもって見送る。少々バツの悪い気持ちを味わう仁であった。


「改めまして私、兼城傭兵事務所の所長を務めております兼城でございます。本日はどのようなご用向きでこちらにいらしたのでしょうか。」

「これはご丁寧にありがとうございます。私、瑞穂自治領自由幸福党副幹事長みずほじちりょうじゆうこうふくとうふくかんじちょう 高倉義之たかくらよしゆきの秘書を務めております、西崎綾乃にしざきあやのと申します。」


 兼城の顔に驚きが出ている。彼もまさか瑞穂自治領の政治家界隈でも、ここまでの大物が出てくるとは思っていなかった。

 兼城の警戒レベルがまたも上昇する。向こうの思惑が判らない以上、解くことはできない。


「実は仕事の依頼を、と高倉が申しておりまして。是非兼城傭兵事務所にお願いしたい、と。」

「なぜうちなのでしょうか。高倉先生との面識はなかったとこちらでは記憶しておりますが。」


 まだ解けない、罠かもしれない。そう思いながら彼は理由を問うた。


「先日高倉がエンリーク合衆国のデイビッド・ヒューストン先生に連絡をいたしましたところ――」


 納得した。確かに彼ならば我々を紹介してもおかしくはない。警戒のレベルを下げた彼は話の続きを聞くことにした。


「護衛で使うならマサシとジンが、つまりあなた方がいい。とおっしゃられまして。詳しく話を聞いたところ、現在はここで傭兵事務所を営んでいらっしゃるとのことでしたので、私が出向かせていただいた次第です。」

「そういうことでしたか……それでですね、護衛とおっしゃっておられましたが、詳しい内容を聞かせていただくことはできますでしょうか。」


 付き合いは短いとはいえ、彼の紹介なら問題はないのだろうと思い、詳しい話を聞くことにした。現状かの国の政治家に命を狙われるような要素はないはずなのである。


「実は4日後、高倉は党の仕事の都合で旧皇都、東京まで出向することになっております。その際高倉の一人娘である、高倉凛たかくらりんの身辺警護をお願いしたいと思っています。」

「その娘とやらも東京へ連れていくのか」


 奥で説教を受けていた仁がようやく話に参加する。依頼人に不遜な口をきく彼をなずなはあきれた目で見ていた。


「はい、高倉は親子共々東京に1月滞在することになっております。」

「そうか」


 あくまで不遜であった。


「ところで西崎さん、つかぬ事をお伺いしますが……報酬というのはどのようにお考えでいらっしゃるのでしょうか。」

「高倉は前金で30万、成功報酬として50万で依頼したいと申しておりました。」

「それは『どっち』でだ」


 現在瑞穂皇国で使われていた通貨「円」は大戦の後に暴落。自治領内で細々と使われるに留まっている。報酬が円であるならばこの仕事は受けるに値しないのだ。


「勿論エンリークドルでお支払いさせていただきます。」


 綾乃は持っていたアタッシュケースを開く。そこには所狭しと札束が詰まっていた。

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