巻の拾陸 七羽与形 ────大正

 もう何時の事だったかは覚えていない。

 ただ、あのお方だけを覚えている。

 私は、不死者だ。元はあのお方の実験台として拐かされた者の一人だった。

 周りの人間が怯える中──私だけは、あのお方の虜になった。


 新雪よりも透き通った白い髪。鮮血よりも鮮やかな赤い瞳。

 人形よりも完璧な姿に、人を人とも思わぬ残虐な行為の数々。


 ああ、きっと神と言うのは……、彼を指す言葉なのだ。

 周りの人間が全て殺され、とうとう私の番になった時。あのお方は私の様子を見て怪訝な顔をした。


「……? 君、ボクが怖くないの?」


「いいえ、全く。貴方に殺されるのなら本望です……!!」


「へえ……。今まで、多くの人間を見てきたけど、君みたいのは初めてだなあ」


 あのお方は何処か困っているようだった。まさかそんな事になるとは思っておらず、私も戸惑う。


「……これが『面白い』って事かな。──君、不死者になってみないかい?」


 先程とは一変、笑顔を見せると、あのお方は──透無虚鵺とうむからや様は、私へと手を伸ばした。

 私は迷いなくその手を取り、そして不死者になった。


 あのお方は私を不死者にすると、すぐさま消えてしまった。

 興味を失われてしまったのか、それとも別の意図があるのか……。どちらにせよ、私の考えも及ばぬ意図があったのだろう。

 私はというと、少しでもあのお方に近付くため髪と目の色を変え、同時に錬金術に手を出した。時間だけは無限にある。あのお方のいる場所に指が一本届けばいい。

 並び立てなくても、その後ろにいられたらそれでいい。

 そのためにどうすれば考え抜き、ある一つの方法に辿り着いた。


 同じ事を、いや、それだけでは足りない。……と。

 

 しかし、それは一体どんな行為なのか? 思い悩む中、気晴らしに読んでいた本に興味深い怪物の姿があった。

 ──翼を持つケンタウロスの絵画。名は、キメラ。


「……これだ」


 それはまさに天啓だった。人としての姿を剥奪され、畜生と混ぜられたモノ。

 美しさと同時に何処かグロデスクさを感じさせるその絵は、あのお方の魅力にも通じるものがあった。


 そうと決まれば行動するのみ。私は各地を転々としながら『実験』を繰り返した。

 ある時は泣き叫ぶ子供に薔薇を植え付け、ある時は醜い老婆に蛇の姿を与えた。

 またある時は親子同士を繋げてから牛の角を生やし、とある女性と彼女の愛犬を一緒にしてやった。

 だが、どれほど実験しても合成された体に耐え切れないか、あるいは奴ら自身が自死を選んだ。

 どうすればそれを回避出来るか……。再び悩んでいるうちに、ふと思い出した。

 それは、とある遠くの村の眉唾物の噂。


『神の血肉を喰らうと、同じようにの力を得る事が出来る』


 その時は下らないと鼻で笑ったが、もしもその神が

 それなら、あるいは……。


 居ても立っても居られず、私は二十二回目の実験台を見た。

 その中から、適当に一人選ぶ。まだ十代にもなっていないような少女だ。

 貧民窟の出にしては顔が整っている。……人魚姫にでもしてやろう。


「……が、その前に」


 手に持ったメスをに突き刺し、それを取り出す。切り離したそれが灰にならないうちに、少女に繋いでやった。

 ……もしかしたら失敗するかもしれない。だが、それでも試す価値がある。


 少し待つと、それは──私の心臓は、少女の体に馴染み、


「成功だ……!」


 他の奴らにも、同じ手が使えるかどうかは分からない。

 ……いや、その方が実験のし甲斐がある。

 さあ、これからも合成実験を続けようじゃないか。

 私の愛しい成果物キメラよ!


 大正アルケミスト復讐譚 第十六話に続く

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