巻の拾伍 六葉速貴 ────大正

 先程、双子の兄の幸守さちもりが死んだ。弥畜利村やかうとむら病だった。

 父さんの後を追う形だった。

 賑やかな食卓は、たった一か月でボク一人になってしまった。


「…………」


 何を食べても全然味がしない。ずっと一緒に生きてきた幸守が死んだだけで、こうなるなんて思わなかった。


「どうせなら、二人一緒に死ねたらよかったのに……」


 そんな事ばかり考える自分が嫌になる。

 それにどうせ生き残るならボクじゃなくて幸守の方が良かった。

 幸守には、錬金術師の才能があったから。


 錬金術師の聖地とまで言われるこの町で、錬金術師の両親の間に生まれておきながら、ボクは錬金術が使えなかった。

 最初は幸守もそう思われていた。目の色が黒だったから。

 錬金術師は総じて、色鮮やかな瞳を持っている。一般人のような茶や黒い目は、錬金術の才能自体がないとまで言われている。


 だと言うのに、幸守は例外だった。才能がないどころか、天才の域だった。


 幸守は理論的な事は苦手だったけど、全てを感覚的、直観的に理解していたらしい。

 幸守の言葉に、父さんや父さんの錬金術師仲間である萍水へいすいさん、萍水へいすいさんの弟子である立華りつかさえ舌を巻くのを何度も見てきた。

 ボクはそれを見て、片割れが心底誇らしいのと同時に、嫉妬もしていた。


 同じ双子なのに、ボク達の間には越えようがない大きな壁がある。

 幸守が軽々と越えていく壁を前に、ボクはただ嘆く事しか出来ない。

 本当に、それが悔しかった。でも、だから死んでほしいなんて一度も願わなかった。

 どんなに嫉妬しても、嫌な事があっても、同じ双子だったから。


「幸守……」


 ああ、でもそろそろ向き合わなくちゃならない。

 ……幸守の遺体は、まだ部屋にある。葬式と火葬の依頼と、墓の用意と、あとは……。

 父さんの時にやった手順を思い出しながら部屋に入る。

 ベッドに横たわる幸守は、まだ普通に寝ているみたいだった。

 あんなに苦しんでいたのに、最期は笑って逝った。


「なあ、なんで笑えたんだよ。幸守」


 答えは二度と無い。虚しくなって目を逸らそうとして──それに気付いた。

 枕の下から、少しだけはみ出した何か。

 おそるおそる抜き取る。


「……手紙?」


 それは、白い封筒だった。光に透かすと、折られた紙が入っているのが見える。


「まさか、遺書だなんて言わないよな……」


 封を切って紙を開くと、ただ一言『箪笥のやつは使っていいぞ』とだけ書かれていた。


「箪笥のやつ?」


 遺書にしてはあまりにも短く大雑把。幸守らしいと言えばらしいけど……。

 呆れてため息を吐きつつ、幸守の箪笥の中を探ってみる。

 そして、その箪笥の三番目の引き出しの中にはあった。


「……指輪?」


 何の変哲もない、唯一の飾りなのか小指の爪ほどの赤い石がついた銀色の指輪が二個。


「使えって、一体何に……」


 困惑しつつ指輪の一つを持つと、突然頭の中に何かが流れ出した。

 これは……昔の、記憶?


『幸守はずるいよ』


『はあ? 何が?』


『ボクと同じ双子で黒い目なのに、錬金術が使えてさ』


 ……そう言えば。昔、一度だけ幸守に直接言った事があったっけ。

 ずっと前だからもう忘れてたけど……。


『別に、好きで使えるようになったわけじゃねーけどさ。そんなにいいのか?』


『決まってるじゃないか。……ボクだけ仲間外れなんて、やだよ……』


速貴はやたか……』


 確か、このあと幸守は……。


『分かった。そこまで言うなら、オレがお前も錬金術が使えるようにしてやるよ』


『……え? む、無理だよそんなの……』


『なんでだよ?』


『だって、黒い目の人は錬金術が……』


『オレは違うだろ?』


『それは、幸守の魂の色が黒いからだろ! ボクの色は……』


 泣き出しそうなボクの手を握って、幸守はいつもの不敵な笑みを浮かべる。


『心配すんなって! オレとお前はいつでも一緒だ! 仲間外れが嫌なら、ちゃんとオレが仲間にしてやるよ!!』


 幸守は、いつもそうだった。根拠のない事を自信満々に言ってのける。

 出来ると信じて、本当に叶えてしまう。

 とても眩しい、同じ顔をした天才の姿。


 そこで、記憶は途絶えた。それが何だったのかは分からないけど、指輪の使い方だけは直観的に理解出来た。

 指輪を右手の中指に嵌める。そしていつか見せてもらった幸守の術式陣じゅつしきじんを床に描き、材質と形にしたい物を思い浮かべ──


 


「…………幸守、おまえっ……」


 錬成物を前に泣き崩れる。間違いない。

 これは一緒に本で見た『賢者の石』だ。

 どうやったのかは分からない。でも、これだけは分かった。


 幸守は、ボクのためにこれを作ったんだ。


「うう、ああああああ……!!」


 嗚咽が抑えきれない。幸守、お前は本当に天才だよ。

 あの日の言葉すら叶えてしまうなんて。


 ああ、だからこそ。ボクじゃなくて、お前が生き残るべきだったんだ。

 お前が生きていれば、錬金術はもっと発展出来るはずだ。

 お前に頼らないと錬金術すら使えないボクより、お前の方が……。


「……ボクにも、出来る事があった」


 ……天啓が下りた。そうだ。今のボクならきっと出来る。

 いいや、絶対にやってみせる。お前みたいに不敵に笑って成し遂げてみせる。


 ──六葉りくよう速貴は、今日死んだ。


 今のボク……。いいや、は六葉幸守。天才錬金術師。

 いつか本物の幸守オマエを錬成するまでは、速貴オレがお前だ。


 大正アルケミスト復讐譚 第十五話に続く

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