巻の拾肆 素種斗識 ────大正
僕は、二人の幼馴染の事が好きだった。
育った環境も、これから進む道も、全てが違うけど。
何時までも仲良くあれたらと──
「私、実は……
「…………え?」
絆は、脆くも崩れ去った。
返事はすぐに出せなかった。
汀良の気持ちは嬉しい。つい先日親を亡くした者同士、縋りたくなる気持ちも分かる。
だけど怖かった。僕と汀良が結ばれたら、守禄はどうなる?
今のまま対等であれるのか? ……絶対に無理だ。
何故なら、僕は守禄が汀良を好いているのを知っていたから。
僕じゃなく、守禄と汀良が結ばれるのならその方が喜ばしく思える。
……でも、守禄はどうだろうか? 守禄もそう思ってくれるだろうか?
守禄は口こそ悪いけど、実直で他人を優先出来る男だ。口では祝ってくれるだろう。
だとしても、その心の内で恨まれていたらどうしたらいい?
「……嫌だ」
僕はただ、幼馴染として、友達として二人が好きだった。
些細な色恋沙汰のすれ違いで、今の関係を崩したくない。
かと言って汀良の気持ちを無下にすれば、それこそ二人に恨まれるだろう。
どう足掻いても僕達の絆は戻らない。
コンコン
「……?」
玄関を叩く音で外に出ると、そこには守禄がいた。
「よう、色男」
「……何の用だい?」
「ちょっといい酒が手に入ったんだ。一緒に呑もうぜ」
「宿は?」
「早めの店仕舞いだ。どうせこのご時世じゃ誰も来ないしな」
そう言うと、守禄は勝手に家へ上がり込んでしまった。
いつもの事だが、なんだか今日は更に強引に思える。……まさか。
「そら、一杯」
守禄はグラスになみなみとビールを注ぎ、僕に差し出す。
受け取って飲むと、独特の苦みが喉を通り過ぎた。
「……それで? 本当の要件は?」
単刀直入にそう切り出すと、守禄は一気にビールを呷った。
腕で口周りの泡を拭い僕を睨む。
「斗識よぉ。お前、何ですぐに汀良に答えてやらなかったんだ?」
やっぱりその事か、と思った。
おそらく汀良が相談したんだろう。彼女の相談相手は、いつも守禄の方だった。
「それは……」
「まさか俺に遠慮したんじゃないだろうな」
図星を刺されて黙り込むと、守禄は盛大に舌打ちした。
「お前、そんなに俺が器の小せぇ男に見えるのか? 幼馴染同士が付き合う事に嫉妬するような奴だと? ……舐めるなよ」
「……でも、お前は」
「いいんだよ。汀良が選んだ奴がお前なら。馬の骨も知らん野郎よりかはマシだ」
「守禄……」
「お前だって、汀良が好きだろ?」
「…………」
改めて考える。僕は、汀良を一人の女性として愛せるだろうか?
何の負い目もなく、夫婦として添い遂げる事が出来るだろうか?
「斗識」
急かすように呼ばれ、僕は深く頷いた。
「……分かった。彼女は必ず幸せにする」
「それでいいんだよ。明日、ちゃんと汀良に言うんだぞ」
「うん」
ああ、やっぱり僕は君達が好きだ。幼馴染として。人間として。
好きだから──託す。
走馬灯の終わりに微笑む。僕を蝕む病は、今にも命を刈り取りそうだ。
それでも、僕は幸せだった。
二人を置いていってしまうのは、その未来を見られないのは悲しいけど。
これで、邪魔者はいなくなったから。
「待ってて、斗識。絶対に貴方を蘇らせる。だから、その時は今度こそ結婚式しよう?」
大正アルケミスト復讐譚 第十四話に続く
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