巻の拾壱 全てのはじまり ────……
三歳になる頃には、自分が周りの生命とは違う存在であるという事を理解していた気がする。
自身の一挙一動が他人の恐怖を生むという異常。人間が当たり前のように行うはずの、交流という行為を避けられる異常。
……心が痛む事は無かった。そもそも、『心が痛む』という感覚を知らなかった。
まず前提として──『心』とは何なのか?
脳は思考をする器官だ。心臓は血液を循環させる器官だ。体は魂の器であり、魂は生命を生命たらしめる概念でしかない。
しかし、人には必ず心があるらしい。
だとしたら、その心が分からない自分は、一体何なのか?
『知りたい』、と思った。『知らなければならない』と決意した。『知らないもの』があるという事実に耐えられなかった。
他の人間と自身で姿以外の類似点を挙げるとするのならば、この知識欲のみだろう。
知りたいと欲し追求する行為こそが、人が他の畜生共と一線を超すに至ったのだと結論付けた。
ならば、誰よりもそれを持つ自分は……
きっと、世界で一番孤独な
それでも、孤独自体は嫌いではなかった。最初からそうであると分かっていれば、何も感じないから。
他人の声を、煩わしいものとしか認識出来なかったのも一因だろう。
だけど、一人だけそうと感じなかった声の主がいる。名はハヤミ。
生まれる前から親に定められた、『許嫁』という存在。
決められた役割に意味があった訳ではないだろうに、何故か彼女の声だけは意味を理解出来た。
あくまでも推測だが、彼女だけが自分の目を見ていたからだろう。誰も合わせなかった目を、唯一見据えた彼女。
そんな彼女の言う事ならば、信じてもいいとすら思っていた。
「許さない! お前だけは!! 最初から、お前が……! お前だけが死んでいれば、誰も苦しまずに済んだのに────!!」
血走った目。血が滲むほど噛み締められた唇。剥がれかけるほど地面に喰い込む爪。
まるで獣のように吠える彼女を見た瞬間──心が躍った。
具体的に言うと、まず心臓が跳ねた。顔が上気し、自然と口角が上がった。
今まで遠くから見たものを真似ていただけの笑顔を、初めて自分から行った。
これが心。
他者からの強烈な感情を向けられる事で、ようやく存在を確認出来る不確かな存在。
それなのに、体を無理矢理従わせてしまう強さがある。
こんなものを人は抱えて生きていたのか。
「ボクは外に行くよ。でも、何百年だって君を待っている。いつかボクを殺しに来てね」
そう告げて眠らせる。ここで彼女を殺すのは簡単だったが、それは流石にもったいないと思った。
その強い殺意を、より長く募らせるとどうなるか知りたかった。
でも、その前に外へ行こう。この村には何もない。全て殺してしまったから。
外でも多くを殺し、それよりも多くの殺意を浴びよう。
「……ああ、でも。だったら死なない方法を考えなきゃな」
実践してみて分かったが、人間はあっさりと死ぬ。それは、人間と同じ肉体を持つ自分も同じだ。
元より肉体の類似点に興味は無い。人間の枠から逸脱してみるのも一興だろう。
これからやる事、やるべき事を考えるだけで笑顔になる。
心臓が高鳴る。体が熱くなる。
さあ、もっと知ろうじゃないか。
心を。感情を。人間を。命を。そして──
復讐譚に続く
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