巻の拾 製造番号五〇四二三 ────○○

「おはようございます、臣琉みつる様」


「うん、おはよう。忠士ただし、今日の予定は?」


「午後に鉄臣かねおみ様がいらっしゃいます。臣悟しんご様もご一緒だそうですよ」


「そうか。確か臣悟は今年で十歳だったな」


「そうですね。丁度一か月前にお誕生日会を開かれて……」


「ああ。……時が経つのは早いな。歳を取るとなおさら、そう感じるよ」


「またまた、御冗談を。臣琉様はずっと現役のままでいるんでしょう? 三日前に、そう言ったばかりですよ」


「よく覚えてるな……」


機械人形オートマタですから。記録も記憶もお手の物です」


「お前の口も上手くなったな」


「ありがとうございます。……これも、わたくしをここまで起動させてくれた臣琉様のおかげですよ」


「はははっ。お前、本当なら博物館にいてもおかしくない中古品アンティークだもんな」


「ええ。きっと、現存している中でここまで動く機械人形オートマタは私の他にはいないでしょう」


「自慢か?」


「事実ですよ。……いや、訂正します。自慢も入ってますね。何しろ、私の自慢の整備士ですから」


「こっちの方が恥ずかしくなる事ばかり言うよな、お前……」


機械人形オートマタに羞恥心はありませんから。言うべき事を告げるだけです」


「そうかよ。…………なあ、忠士」


「はい。何でしょうか?」


「お前、整備なしであとどれだけ動ける?」


「整備なしで、ですか。そうですね……何事も無ければ、十年ほどは」


「十年、十年か……」


「臣琉様?」


「十年なんて、あっという間だなあ」


「……そうですね。私もそう思います。……おかしいですよね、貴方様と過ごした日々は一日残さず記録しているのに、まるで、一冊の本にも満たないような……」


「案外、人生なんてそんなものなんだろう。終わって初めて、製本出来りゃ万々歳だ」


「あの、どうされたんですか……? 今日はいつもの臣琉様らしくありません。そうだ、今日はまだ朝食すら召し上がっていないじゃないですか。すぐにご用意を──」


「いい。待ってくれ、忠士。あと少しだけ、一緒に話さないか」


「……本当に、らしくない。あの頃は、私と話す事すら嫌がっていたのに」


「あの頃? ……ああ、子供の頃か。そんな昔の事を、今更蒸し返さなくても」


「十年があっという間なら、■■■年もそう変わらないのでは?」


「そういう問題じゃないんだよ。……その、なんだ。でも……あの頃は迷惑をかけたな」


「いいんですよ。私の方こそ、あの時満足に貴方様を守れなくてすみませんでした。明哉様とそのお連れ様がいなければ、どうなっていた事か……」


「確かにそうかもな。……でもさ、実はあの時一番嬉しかったのは、お前が来てくれた時だったんだよ」


「そう、なんですか?」


「ああ。恥ずかしいから、ずっと黙ってたんだけどな。こんな事を墓場に持っていくのもなんだし」


「みつ、」



「忠士。お前──、今まで楽しかったか? 幸せだったか? ……思い残す事は?」



「はい。はい。……そんなもの、ある訳ないじゃないですか」


「そうか」



「そういう貴方こそ、楽しかったですか? 幸せでしたか? 何か、思い残す事は?」



「楽しかった。幸せだった。……でも、一つだけ思い残す事はあるかな」


「それは?」


「お前だよ。どうせなら、お前の後に死んでやろうと思ってたのになあ」


「……残念ながら。私はこの通り機械人形オートマタな上に、整備士の腕がとても良かったもので。どうあっても、貴方より長く稼働してしまいますね」


「そうか。……憎たらしくなっちまったな、お前は」


「きっと、主に似たのでしょうね」


「はははっ。……なあ、忠士」


「はい」


「オレの家族を、よろしく頼む」


「お任せください。稼働出来なくなるまで、精一杯尽くさせていただきます」


「ああ……ありがとう」



「これでお前を……ひとり、で──」





「臣琉様?」








「臣琉様」










「みつるさま」






「……午前九時、三十六分。脈拍ゼロ。大正生まれとしては、大往生ですね」


「今まで、お疲れさまでした」


「ここまで貴方様にお仕え出来て、私は本当に幸せでした」


「貴方様が私にくれたものは、全身が錆ついて動かなくなるまで忘れません」


「…………ああ、でも。今更ですが、ひとつだけ心残りを告げてもよろしいでしょうか」






「この機能を、ずっと──ずっと前に外してもらうべきでした」





「……目の部品だけ劣化が早まったら、貴方のせいですからね」

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