巻の参 栄犠照匠 ────大正

 栄犠照匠えいぎしょうぞう、私はこの術師名じゅつしめいを誇りに思う。

 栄光を犠牲に、匠としての技で人々の生活を照らす。そう生きられたのなら、錬金術師としては誇り高い事だろう。

 今は未熟で名前負けしている所はあるが、いつかこの名に恥じない、立派な錬金術師になりたい。


 そう思っていた矢先に妻が先立った。まだ二十代の早すぎる死だった。


 最大の理解者にして最愛の人である妻の死から私が立ち直れたのは、彼女の忘れ形見である娘のお陰だ。

 明百合あゆり。妻に似た、可愛らしい私達の娘。天真爛漫な姿は人々を、そして私も癒した。

 私はあの子が寂しくならないように、外国の熊の縫いぐるみを模した機械人形オートマタを作り、あの子の友達にした。


「ありがとう、お父様!」


 無邪気に喜ぶ明百合の笑顔は、本当に妻と似ている。


 私は一人の父親として、あの子を守り抜くと決めた。何があろうとも離さない。

 妻のように失ってたまるかと、そう思っていた。



 ──不幸とは、重なるものだ。



 六歳の誕生日、明百合は病で死んだ。

 当時流行していた弥畜利村やかうとむら病によるものだった。

 あらゆる治療を試し、あらゆる薬を買い、果てには薬そのものを調合したが、何の役にも立たなかった。


「あっああああっ……うああああああああああああああああああああ!!」


 私は明百合の遺灰を抱きしめながら、三日三晩泣いた。己の無力を、病を呪った。

 最早、この世に神も仏もいるものか。

 妻も明百合も、まだ長い人生があったはずなのに!!


 そして四日目。睡眠不足と水分不足、空腹から虚無に襲われていた時。

 頭に天啓が下りてきた。


「──造ろう」


 そう。明百合を造ろう。ああ、錬金術師で良かった。私にはそのための技術がある!!

 居ても立ってもいられず、家のあちこちにある素材を掻き集めた。

 十日ほどでそれでは足りないと気付いて、外へ必要な物を買いに行った。


「こ、こんなに生体用の素材を買って、一体何を作るんですかい?」


「……娘だよ」


「娘って……おい栄犠さん!」


 話しかけないでくれ。今、術式を考えるのに忙しいんだ。人型の機械人形オートマタの製造方法なら、昔師匠に習っている。

 ああそうだ、彼の屋敷にいた女性型の機械人形オートマタは素晴らしかった。

 あれを参考にしよう。


 私は明百合の錬成に没頭した。勿論、人体を模した人形を造るのは容易い。だが違う。

 明百合は人間であるべきだ。いいや、人間でなければならない。

 研究に費やす事、約二か月。やっと最初の明百合が出来上がった。


「お、とう、さ、ま?」


「明百合! 私が分かるか? 明百っ……」


 数分もしないうちに、明百合は崩れ落ちてしまった。おそらくは、自重に脚が耐え切れなかったのだろう。


「……造り直さなければ」


 直すべき所は分かった。待っててくれ、明百合。今すぐ直してやるからな。


 二人目、三人目、四体目、五体目…………


 段々と明百合を作るコツを掴んで行くも、あと少しが届かない。

 外からの衝撃に耐え切れないのだ。何かにぶつかっただけで、そのか細い手足はすぐに折れてしまう。

 ……もしや、この町の薄汚れた空気が駄目なのか? たまに換気として窓を開けるが、それで入ってくるのは汚い空気だ。そのせいかもしれない。


 そうとなれば、工場の排気で汚れた空気の入らない奥の森に居を移そう。力仕事用の機械人形オートマタがまだあったはずだ。

 場所は……、昔妻と行ったあの湖が良い。あそこにしよう。

 私は急いで家を造らせると、そこに工房と明百合を運び込んだ。


 よし、これで安心して明百合を造れる。



 研究に没頭して、最早時すら忘れた頃。


「……そうか。身体を一つだけと考えるのがいけないのか」


 再び、天啓が下りてきた。明百合の身体が長く持たないのなら、使。それなら、手足が破損したとしてもすぐに別の身体を使える。


 明百合の魂は一つしかない。だがその魂をたった一つの身体に結び付けていいのか?

 いや、それはただの親の我儘に過ぎない。今は材料が少ないから当時のままの明百合の身体しか造れないが、ゆくゆくは彼女自身が好きな身体を選べるようにしてやろう。


 娘の成長を楽しみにする親は、きっとこのような気持ちなのだろう。

 明百合はもっと進化する。させてみせる。


 いつか入魂にゅうこんによるものではない、本当の明百合に辿り着けるまで。


 私は何度でも、明百合を造り続けよう。



「む……」



 ふと、目が覚めた。どうやら昔の夢を見ていたようだ。寝ぼけた頭を振る。

 明百合は……隣の部屋で外を眺めているのだろうか? 後で調子を見てやらないと……


 コンコン


「うん?」


 玄関を叩く音がする。あの時の啄木鳥か?

 いや、それにしては音が不規則だ。

 もしや……人間の来客? そんなまさかと思いつつ慌てて身なりを整えると、ゆっくり玄関を開けた。


「どうも、初めまして」


 そこには、二人の人間──黒衣の少女と、眼鏡をかけた青年が立っていた。



 大正アルケミスト復讐譚 第三話に続く

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