巻の弐 南呑夬留 ────大正
独逸人の母親譲りの金髪と、日本人の父親譲りの橙の目。
錬金術師だった両親に倣って、俺も立派な錬金術師になった。
世の中には、目立つ俺の存在を嫌うヤツもいたがそんな事はどうでもいい。
俺は俺だ。他の誰にも真似出来ない、俺という一個人。ただそう胸を張ればいい。
すると、俺を嫌う人間は減っていき、逆に友達が増えた。な、良い事だろう?
錬金術師の養成学校にも通ったが、変人は多い代わりに良い奴も多かった。
向こうは完全な実力主義だからな。分かりやすくて逆に良い。
それに恋人まで出来た。茶髪でワイン色の目をした優しいヤツだ。
俺の人生は正に順風満帆!
ずっとこのままでいられると信じていた。
……だけど、そう上手くいかないのもまた人生だ。
俺の人生が変わり始めたのは、恋人と故郷に住み始めてからだった。
近隣の村で殺人事件が相次いでいたから、物騒だなと互いに溜め息をついたのを覚えている。
次第に数は増えていき、この村でも死者が出始めた。
初めて見た死体は俺の姉のもの。あまりの惨状に、胃の中身を全部吐き散らしてもまだ吐いた。
恋人が慰めてくれなかったら、とっくの昔に折れていただろう。
そして村に死者が出始めた頃、犯人を見たという噂が駆け巡った。
曰く、大きなナイフと肉切り包丁を持った大男だと言う。その噂を流したとされた奴もすぐに殺された。
それが、噂の真実性を際立たせていた。
俺は、例え何があってもアイツを──恋人を守ろうと決意した。俺が死んでも、コイツだけは守ると。
子供みたいに誓ったものだ。アイツはバカバカしいと笑っていた。
その日の夜、俺は恋人に殺されかけた。
あんなに華奢で、抱きしめただけですぐに折れちまいそうな身体が、巨大な筋肉で盛り上がっている。
シャリシャリと刃物を擦り合わせる姿は、正に殺人鬼だ。
俺は焼けつくような痛みと共に血が流れる腕を抑えながら、ヤツに叫んだ。
「どうしてっ……どうしてこんな……!!」
答えはすぐに返ってきた。
「どうして? どうして、どうしてどうしてどうして……ハハ。そんなの、楽しいからに決まってんだろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「な……」
ああ、俺は本当に大バカ野郎だ。
今の今まで、コイツに騙されているなんて思いもしなかった。
そんな大バカ野郎は、いっそ殺されちまえばいい。
抵抗する気力も失せて、ただ身を委ねる。ヤツがナイフを振り上げた瞬間、
ガシャンッ!!
窓を誰かが蹴破った。ガラスの破片を踏みながら現われたのは、一人の少女。
夜の闇に溶け込みそうな黒髪と、揺らめく炎のような赤い目。
黒い格好も相まって、ソイツはまるで死神みたいだった。
「…………」
バンッ
ソイツは黙って銃を撃った。一瞬で弾丸は真っ直ぐ恋人の眉間へ。倒れた恋人の血が、俺の手を濡らす。
「何をしているの」
「えっ、は?」
自分に話しかけていると気付くのに遅れてそうマヌケな返事をすると、ソイツは呆れたような視線を寄こした。
「今すぐ逃げなさい。死にたくなければね」
恋人の胸に足を乗せて、再びソイツは眉間に標準を合わせる。
「そ、ソイツ……。恋人なんだ」
「そう。それで?」
そっけなく返される。まあそれもそうか。殺されかけといて恋人もクソもないよな。
言葉に詰まっていると、恋人が──殺人鬼が立ち上がった。
「ナメるなあああああああああああ!!」
立ち上がった勢いで少女はバランスを崩しかけたが、すぐに手を付いて一回転。さっと着地して殺人鬼と向かい合った。
「なんなんだよお前は!! 邪魔を……するなぁっ!!」
巨体が余りにも細い少女に襲いかかる。「危ない」と声をかけようとした、刹那。
「貴方を殺しに来た、ただの人間よ」
銀色のナイフと黒光りする銃が交差する。先に相手を倒したのは、
「さようなら」
少女の方だった。
「あ、あ……」
殺人鬼が灰になっていく。あの巨体は消え去り、元のアイツに戻っていく。
でも、手は伸ばせなかったし、伸ばそうとも思わなかった。目が、もうアイツじゃなくなっていたからだ。
憎しみと悔しさで歪んだ、沼みたいな目。俺がずっと好きだったのは、そんな目をしたヤツじゃない。
俺が信じたものは、全部偽物だった。
項垂れる俺に話しかける事もなく、その上一瞥すらせずに少女は立ち去ろうとした。
はは、かける言葉も無いってか。
ああ、そうだろうよ。全くもってみっともない。
「待ってくれ!!」
「……?」
同じくらいみっともないなら、変わったっていいよな?
それから、俺はその少女──
てっきり断られるもんだと思ったが、別になんの悶着も無く同行出来た。
まあ強いとは言え、女の子がそういう感じでいいのかって思ったが……。なんと、俺とたった二つしか歳が変わらんらしい。という事は、今年で十八か。
アンタはアンタで若作りじゃねえか。
一回そんな事を口に出すと、今すぐ殺されそうな目で睨まれた。悪かったって。
そうそう、白咲の表情は無愛想な無表情を除けば、怒りと殺気くらいしかなかった。
え、同じじゃないかって? いや、これが違うんだな。
怒っている時のアイツは、まともな方だ。人形みたいなヤツにも、まだ感情があるんだと再確認出来る。
だが、殺気はどうしようもない。アイツはどうやら、あの殺人鬼のような、特別な武器が無いと死なない人間……不死者だったか?
ソイツらを、とにかく根絶やしにしようとしているらしい。
何をそこまで憎んでるんだって思ったが、なんとなく詮索しづらくて止めた。
人間は誰しも、知られたくない事の一つや二つはあるもんだ。
そんな感じで、名目上は「恩返し」として一緒に旅をしていたんだが……。
俺、いらないなこれ?
まあそうだろう。白咲は俺と出会う前から一人旅をしていた人間なんだ。俺の同行など恩返しどころか、アイツにとってはお荷物でしかないだろう。少しくらい考えたら分かるだろうに、俺のバカ。
しかも、錬金術師としての腕も、明らかに白咲の方が上だ。なんだあの正確さと速さ。正気じゃねえ。
まったく、一度でいいから師匠の顔を見てみたいもんだ。
なんだかんだで、ぐだぐだとアイツと旅をして二か月。
俺はようやく悟った。コイツと旅をしても俺は微塵も変われない。
俺もアイツも、何処かで何かがすれ違っているんだ。
互いに、互いがいなくてもどうでもいい。
そんな関係で、何かが変わるはずがない。
別れを切り出すと、いつもの無表情で白咲は言った。
「そう」
それだけかよ。
「その無愛想な所、直した方がいいぜ」
思わず笑って頭を撫でた(即座に払いのけられた)あと、荷物をまとめて宿を出ようとしたら、
「元気でね」
二階の窓から顔も出さずに、アイツが少しだけ手を振っていた。
なんだ、やれば出来るじゃねえか。
これからは一人で旅をしよう。気に入った場所があれば、そこに住もう。
その先でまたアイツに出会えたら……。
……そうだな、飯でも奢ってやるか。
およそ半年後、それは現実となる。
大正アルケミスト復讐譚 第二話に続く
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