剣舞
「魔物」とはダンジョン内を闊歩する生物である。大抵が尋常でない力と俊敏さを持ち、中には特殊な能力を有する個体もいる。火を吐き、水を纏い、雷を落とす。まさしく怪物と呼ぶに相応しいこれらの相手をするのが冒険者の役割だ。剣技を磨き、魔法を精錬させ、仲間と協力しながら強敵へと立ち向かう。ダンジョンはこれまでそうやって攻略されてきた、らしい。
ゲントは冒険者ではないが、この掲示が只の綺麗事であることは分かる。冒険者が日夜攻略に励むのは、当然だがそれが金になるからだ。ダンジョン内にしか存在しない鉱石は高値で取引される。それは武器や防具、あるいは装飾として消費され消えていく。だがダンジョン内の資源も無限という訳ではない。掘り尽くされれば鉱石は枯渇する。だからモンスターをなぎ払い、資源の領土を拡張していくのだ。魔物の中には「階層主」と呼ばれる一際強力な魔物が存在するらしい。資源を求めてダンジョンを駆け上がる冒険者の道を阻むようにその魔物は鎮座している。だが冒険者には数の力がある。人の群れで出来上がる物量で階層主を押しつぶす。無論死傷者は数え切れないほど出来上がる。だがそれに目を瞑れば階層主を確実に倒すことが出来る。そしてその先には更なる資源が待っているのだ。やらない手はない。
冒険者という職業は人気がある。はるばる遠方から夢を持って来るものや学院で魔法や流派を学び冒険者になろうとする者達がいる。つまりどれだけ数を減らそうと代わりは入ってくるのだ。消えた分の冒険者の戦力はまた新しく入ってくる冒険者を育て上げれば補える。ある程度の強さの冒険者を教育する為の金は鉱石を売ればおつりが来るほど手に入る。
犠牲は只の数字でしかない。ダンジョン攻略において英雄はもう必要とされていない。1人の強者と10人の弱者が同義なら後者を選ぶのがダンジョン攻略だ。選ばれた強者に依存するよりも、その方が後の損失は少ない。
いずれも伝え聞いた話である。酒に酔った冒険者か、冒険者の選考に落ちた者、冒険者をクビになった者など、聞きたくもなかったバラバラの話がまとまってゲントの記憶に納められている。そして咄嗟に引きずり出された記憶の中に、現状を打破する知識は入っていなかった。
ゲントは目の前に在る脅威を改めて観察する。隊員の頭を潰した巨腕は光を通さない黒色だ。硬質で極限まで隆起し、且つ引き締められた腕である。見ているだけで激しい圧迫感を覚えた。一体どれほどの密度でこの腕が形成されているのか想像がつかない。
反射で生じた冷や汗を意識せぬよう思考を回す。肉体が怯えるのはいいが精神がそれに引っ張られてはいけない。驚きや恐怖といった感情を一旦切り離す。レベル持ちでないゲントにとって、冒険者と同等に渡り合えるのは頭の思考速度だ。状況を認識し、より適した行動を選択しなければこの窮地は切り抜けられないだろう。
そこまでを束の間で理解しながら、視線を動かす。今目の先にあるのは怪物の右腕だ。怪物の全容である胴体を収めるべく視界を右へ右へとずらしていく。
「伏せろ!!」
それより先に付近の誰かの警告が大声で響く。ゲントは膝を曲げ、同時に上半身を横に傾けて身体を限界まで下げる。
ブォンという豪快な空気の音が、ゲントの頭上を掠めた。間を開けず、ゲントの横の壁から聞いたことのない耳をつんざく破砕音が聞こえる。鉄塊を力任せに振り回して壁にぶつければ、こんな音がするのだろうか。回避で下がった視線に映る下の石畳まで、凶悪な亀裂が広がっている。
初撃が右腕だったことを踏まえると今真上を通ったのは左腕だろうか。いずれもゲントの反応を超えている。これまで培ってきた搦め手も小手先の剣技も通用することのない純粋な力。このまま対峙し続ければ死は免れないだろう。明確な死の予感をゲントは認識した。
傾いた上半身を戻さず、低くなった姿勢をそのままにして足を運んで駆け出す。依頼は生物の捜索だ。そして十中八九「これ」のことだろう。依頼は完遂したのだ。現在ゲントは剣すら持たない。戦うメリットもなければ、その手段も無い。逃げの一択だ。
魔物を背にしながらすぐ近くの廃屋に飛び込む。元は酒屋だったらしいそこには多数の貧民がいた。全員が身を縮こまらせて息を殺している。先ほどの怪物の叫びを聞き取ったのだろう。この住人は身に降りかかる脅威をじっとしながらやり過ごそうとする。走ってこの場から逃げ出した方がよっぽど安全だろうに。だがそのおかげで囮ができた。
酒屋の中には椅子やテーブルの家具などは一切ない。いずれも既に貧民が盗み、売って金にしてしまったのだろう。遮蔽が減ったことを恨めしく思いながら、カウンターへ向かって進む。近付きそれを飛び越えると内側に潜り込んだ。
これで怪物がゲントへ向かって一直線で襲って来ることはなくなった、はすだ。あのでたらめな腕力では粗雑な酒場など簡単に破砕されるだろう。だが身を隠すことはできる。敵の視界から外れるのはそれだけで有効なはずだ。
幸いにも魔物はゲントを追ってくる様子は無い。ゲントはカウンターから僅かに顔を出して外を覗く。この酒屋は開放感を与えるためか、外壁の殆どにガラスが使われていたらしい。今はその全てが割られるか、まるごと無くなっている。だが外の様子が伺いやすいのに変わりはない。外から入ってくる風を防げないせいでここで寝る貧民は寒さに震えるだろうが。
怪物を補足しようと視線を動かすと、ゲントが逃げ出した位置より先の枯れた噴水広場でその姿を確認できた。
怪物の全容をゲントはようやく目に収める。
その全身は鈍い黒色で塗りつぶされている。ゲント達を襲った肥大した両腕は遠目から見ても物々しい。対照的に胴体は腕ほど大きくない。それでも胴だけで大の大人一人分はあった。胴体につく二足の足は逆関節だ。こちらも大きいはずなのに両腕と比較するとどこか華奢に見えてしまう。 こうしてみると頼りない胴体と両脚が屈強な両腕を軸にして宙ぶらりんになっているようだった。そして怪物の胴体から上はあるべき頭部がない。この怪物は無頭らしい。ゲントは過去に読んだ本に載っていた大猩猩の絵を連想した。
初めて目の当たりにする怪物、おそらく魔物は、一言で言えば歪だ。この魔物が変わった容姿の個体なのかあるいは魔物全体がこんなものなのか。この世のものと思えないからこそ魔物と呼ばれるのかもしれないが。
魔物は両腕をでたらめな動きで振り回し、暴れ回っている。黒腕が閃く度に石畳は割れ、破片が飛ぶ。
その猛攻を捌いているのは黒い怪物とは対照的な白い衣服を纏った集団だ。
自警団である。
不意打ちで隊員を一人を失ったにも関わらずその動きには淀みがない。仲間が死んでも動揺を見せないのは、訓練を積んでいるのか見慣れているからなのか。どちらにしろ非凡な集団だと分かる。そして彼らの身のこなしが、レベル持ちの動きであることをゲントは見破る。何故彼らが自警団という組織で身分をごまかしたのかは分からないが普段は冒険者として活動しているのだろう。それもゲントが普段相手するチンピラ崩れの元冒険者達とは比較にならない水準のだ。純粋にレベルだけでなく、剣捌きも熟練のものだった。
隊員の一人が白刃を振るい、暴れる魔物の右腕を浅く裂く。呻く魔物が切られた腕を隊員に振り下ろすがもうその位置からは消えている。空をきった振り下ろされた腕を挟みながら二人の隊員がそれぞれの剣で垂直に突き刺す。たまらず魔物が悲鳴を上げる。頭が無いのにどこから声を出しているのか、ゲントは一瞬疑問に思った。魔物は反撃のため左腕の横薙ぎで空気を裂くが、これも隊員達には届かない。先程剣を突き刺した二人は、怪物が呻く間にすぐさま剣を抜いて、懐から抜けていった。彼らを追撃するため振り返った魔物に今度は雷球が襲う。
見れば、隊員の一人が白木のステッキを構えていた。白木の根元には剣柄が繋がっている。正しく仕込み杖だ。恐らく隊員全員の柄と鞘を同じ意匠にしているのは、パーティ内の魔術師を隠す為のカモフラージュなのだろう。随分と用心深いことだ。
雷球を食らった魔物は耳が裂けるような悲鳴を上げる。黒い表皮は焦げ、節々から黒い煙が上がる。
「魔法」は冒険者狩りを行う中でゲントも何度か目にしたことはあるがここまでの破壊力ではなかった。剣士だけでなく、魔術師のレベルも高いものらしい。あの頑強そうな魔物が喰らってたじろぐあたり、人間が受ければ一たまりもないだろう。
のたうち回る魔物に対して、自警団達は間合いを維持しながら陣形を取る。前方にリーダーが立ち、少し後ろに二人の剣士が並ぶ。その最後方に魔法使いが位置取った。上空から見て上下の縮んだひし形だ。
自警団達はその陣形を崩すことなく、魔物から見て少し右前を陣取る。正面からの突進を避けるためだろう。加えて先ほどのように攻撃後の隙を狙い、傷を入れた右腕を狙うらしい。
束の間の睨み合いの中で剣士達の構える刀身が煌めく。かなりの業物だろう。灰色の空を忘れるような純白の刀身は澄んだ光を携えている。魔物のあの硬質な皮膚は、普通の剣ではまともな切り傷を付けることすら叶わないだろう。それをあの剣は可能にしている。オーダーメイドなのか支給品なのかは分からないが、使い手に見合った優れた剣だ。
復帰した魔物が自警団を睨む。リーダーの男は寸分の隙も見せることなくそれを見返す。魔物が腕を上げ、拳で地面を撃つ。難なく避けるリーダーだったが、先ほどと違って怪物は打ち込んだ拳を素早く引き戻した。大振り後の隙を狙う彼らの行動を学習し、対策したらしい。先程とはうって変わった素早い拳の連打が自警団達を狙う。全力の振り下ろしと違って破壊力は少ないはずだが、人の身で喰らえば致命傷に変わりはない。無駄の削れた冷徹な乱打だ。その内怪物は彼らのリーダーへと拳の弾丸を集中的に向かわせる。下がり続けるリーダーをフォローするように二人の並んでいた隊員の一人が、魔物の側面を駆ける。魔物は両腕ともリーダーへの攻撃に回している。そのせいで横への防御がおざなりだ。隊員は魔物の左脚を断ち切るように駆ける勢いそのままに両手で脚を斬りつける。
隊員の剣は空を切った。あるべき脚は両足とも逆さに宙を飛んでいる。両脚だけでなく胴体もだ。
握った両拳でバランスを取りながら、魔物が逆上がりをしていた。
呆気に取られる間もない内に、両手を床から離した怪物が上から落ちてくる。
怪物は両手を振りかぶり、受け身もとらずに地面をなぎ払った。
激しい砂埃が舞う。まさしく旋風だった。
リーダー格の男が剣を盾に大きく仰け反るのが見えた。間合いの外を維持していた剣士と魔法使いは過ぎる風圧に姿勢を崩されている。
左脚を狙っていた隊員はそこから消えていた。魔物が拳を振り抜いた方の先に、ひしゃげた隊員が壁に張り付いているのが見えた。
体勢を戻したリーダーの男が魔物に斬りかかる。魔物は斬られることを意に介さぬように別の方向へ突き進む。巨腕を使った移動は想像以上に素早く間合いを詰める。動く魔物の正面には隊員と、その後ろに魔法使いが控えている。隊員は迫る魔物の呼吸に合わせ、魔物が腕を移動に使っているタイミングを見切る。それに合わせて懐に滑り込み、身体を反転させながら剣で半円を描くように白刃を魔物の胴隊に刻む。驚異的な体幹だ。浅からぬ傷を受けた魔物だったがそれには反応せずに突き進む。そのまま進んだ魔物は最後尾にいた魔法使いに拳を浴びせ始めた。狙いに気づいたリーダーの男と剣持ちの隊員が防御も捨てて斬りかかる。だが魔物は動じない、執拗に魔法使いを狙い続ける。魔法使いはステッキ以外の武器を持っていないようだ。そして恐らく近接での立ち回りやいなし方を剣士達ほど身につけていない。それでもレベル持ちらしい素早さで魔物の拳による弾丸の雨を下がり続けてかわす。リーダーが胴を剣で刺し、隊員が逆関節の右脚を一本切り落とした。体勢を崩した魔物が連撃を止め、堪らず姿勢を崩す。魔法使いは大きく飛んで距離を取り、魔物の攻撃圏内から逃れた。
浅く呼吸を乱した様子の隊員だったが、そこへ両腕を広げた魔物が飛びかかった。魔物は魔法使いの胴を鷲掴みにした。
魔法使いが声にならない悲鳴を上げる。魔物は脚を切り落とされ姿勢が乱れたとき、両腕を縮ませて飛び込みへの溜めを作っていた。魔法使いがもがくが、巨大な両手は絶望的な程に固く握りしめられている。魔物の飛び込みに追いついた二人が両腕に剣を突き立てるより先に、魔法使いが多すぎる血を口から吐き出す。
剣持ちの隊員が剣の嵐を魔物にぶつける。退くことを想定していない、攻めに傾倒した動き。すぐさまリーダーの男が一括した。隊員はそれを聞くと剣の勢いを殺さず、曲芸のように、反転しながら跳んで間合いを空ける。そのすぐ後を魔物の拳が通り過ぎた。右腕左腕のそれぞれで半円を描く、地面を捲る薙ぎ払い。魔物の拳が甲冑に擦り隊員の頭が揺られる。割れた甲冑の亀裂からは闘志の佇む目が見えた。
二人が挟み撃ちの形を取りながら魔物を相手取る。短い拳の攻撃にも反撃を挟み、攻撃が集中されそうになると懐に潜り、斬りつけて抜けていく。互いのフォローをしながら確実に魔物を削っていく。魔物がここまでしていなかった大振りの攻撃をする。力任せに地面を叩く、右腕の豪快な振り下ろし。僅かに足を運び、身を半身にするだけで隊員はその攻撃を避ける。剣を右手に逆手で持ち、柄頭に左手を添える。身体を半回転させながら、魔物の右腕に剣を突き立て捻る。魔物は僅かに震えると、右腕に力を込め腕を引き締める。隊員の剣が魔物の肉に挟まれ、それだけで抜けなくなってしまう。右腕を外に振り、魔物は隊員から剣を奪い取ろうとする。隊員は柄を固く握り、両足で踏ん張って魔物の腕から抜き取ろうとする。瞬時に魔物が腕の力を抜く。あっさりと抜けた直剣を握ったまま、隊員が尻餅をつくと、魔物の振った右手の甲が隊員をはたいた。隊員は木偶人形のように勢いよく転がる。吹き飛ばされた先で隊員はすぐ立ち上がろうとするが、足がふらついて立つことができない。身体の衝撃も相当だろうが脳を揺さぶられたのだろう。かろうじて意識は保てたようだが、すぐに復帰は出来ないだろう。
追撃しようと魔物が身構える。それより先に、回り込んでいたリーダーが構えを終える。頭を僅かに下へ向け、両腕で剣を腹横に添え、限界まで引き絞る。魔物が次の動作に移ることなく、力任せの斬り上げが魔物の右腕に一線を刻む。切り落とされた魔物の右腕からは鮮血ではなく、灰とも砂とも判別のつかない粉塵が舞った。魔物が二度目の悲鳴を上げる。リーダーは振り上げから繋げるように、上段に剣を構える。魔物は残った右腕で肘を付きながら、左手を平手の形にしてリーダーへと振るう。既に魔物の予備動作を見ていたリーダーは間合いの外に下がっている。剣先を魔物に向けながら正眼の構えで対峙した。魔物も少しばかりそれに向き合うと、斬られた右腕の肘から先を左手で掴んだ。そして吹き飛ばされていた隊員へと掴んだ右腕を投擲する。隊員はリーダーを援護するべく魔物側に駆け始めていた。飛来する右腕の残骸を横へ転がることで隊員はどうにか躱す。そして躱した隊員の目前には、横へと引き伸ばされた黒い巨腕があった。半身がすり潰され、原型のなくなった隊員が遠方へと転がっていく。
リーダーの男はゆっくりと距離を詰める。振り返った魔物は動くことなく佇んでいる。リーダーは視線を魔物から逸らすことなく、途中で一本剣を拾う。隊員の一人が吹き飛ばされた時に落としたものだろう。リーダーは自身の剣と隊員の剣とで二刀の白剣を構える。
魔物に向かいリーダーが駆ける。魔物は右腕が半ばで切られ、右脚を失っている。思うようには動けないだろう。魔物は右肘を地面につけ、左手を固く握り引き絞る。依然として戦うつもりのようだ。
間合いを詰めていたリーダーの軌道を読んで魔物が左手で地面を打つ。攻撃を先読みしていたリーダーが横へと移動する。魔物から見て右側の方向だ。断ち切った右腕の前にいれば攻撃の軌道は読みやすくなると踏んだのだろう。魔物が右腕を地面につけたまま横に払うが、範囲も無ければ速さもない。難なく懐に入ったリーダーが二刀を振るい、胴体がさらに傷つけられる。これだけ攻撃を喰らっても魔物は血ひとつこぼさない。代わりに舞うのはやはり何かの塵だ。魔物にはまさしく血が通っていないらしい。斬られていた魔物が両腕を開き、腹ばいになってリーダーを潰そうとする。欠損した魔物の右脚の下からリーダーは抜けていく。そして地面に伏せた魔物の背に素早く乗り移り、剣の乱舞で魔物の背を刻む。叫ぶ魔物が左手でリーダーを潰そうとするが、それより先に魔物の右腕を伝って滑り降ちる。魔物は降りた先のリーダーを狙うが、左腕の可動域と右腕が邪魔になるせいで思うように追撃できない。
魔物は突然仰向けになり、斬れた右腕と左腕を出たらめに叩きつけ始めた。はたから見るとだだをこねた子供のようだ。魔物の狙いもない両腕の乱打で大量の土煙が舞い上がる。リーダーは既に魔物の攻撃範囲から距離を取っている。一向に魔物は暴れるのをやめない。土煙は視界を遮り魔物の姿が遮断される。土煙の中から地面を叩く音だけが響く。リーダーは土煙に呑まれぬ位置まで下がり、構えを解くことなく睨み続けている。
不意に音が止む。長いとも短いとも言えない時間、静寂が訪れる。そしてズシンッ、ズシンという音が地面に響き出す。音はリーダーの方向へどんどんと近づいて来る。
土煙を割って黒い巨影が姿を見せる。リーダーに向かって魔物の攻撃が振り下ろされる。
リーダーに迫る攻撃は魔物の右手だった。
魔物の左手には先ほど隊員に投げつけた右腕が握られている。どうやら先ほど土煙に隠れた間に回収してきたらしい。魔物はまるで蝿たたきのように右腕を振り回し、リーダーを潰そうする。力任せの振り回しを避けてリーダーは再び胴体の下に入り込む。魔物は構わず、握った右腕でそれを払おうとする。切られた魔物の右腕は、力が抜けてだらりとしている。それは振り回すことで妙なしなやかさを発揮する。僅かだが絶妙に、届かなかった攻撃がリーダーを襲い始める。リーダーは止まることなく移動と回避を続けながら、魔物が振り回す右手の指を刻み始める。魔物の攻撃の範囲を正確に予測しながら、叩きつけを寸分で避けて少しずつ指を切り落としていく。1本2本、続けて3本と、右手の脅威を減らしていく。
突然魔物が立ち上がる。残された左脚と肘から先が断たれた右腕で不恰好にもバランスをとる。魔物の胴下という安置を失くしたリーダーは、魔物の左右への振り払いを避ける。リーダーは回避しながらも斜め前へと進んでいく。魔物の右側面へと移動しているのだろう。右脚の無い魔物は、半ばで断たれた右腕だけで強引にバランスを取っている。体勢も重心も右に傾いてしまっている。ひどく不安定だろう。走るリーダーへ向けて、魔物は左手に握る右腕を逆手に持ちかえる。そのまま右手を突き刺そうとする。リーダーは途中で移動をやめ、攻撃の外側へと退避する。
回避したリーダーの甲冑に飛来物が命中した。魔物がリーダーに切り落とされた右手の指の一本を、丸めた左の指で弾いていたのだ。一瞬ぐらつくリーダーに魔物が素早く握った右腕を振り下ろす。リーダーは咄嗟に両手の剣を交差し防御の構えを取る。
魔物の攻撃に潰され、リーダーの握っていた剣は粉々に砕ける。被っていた甲冑が深くめり込み、立つことができず、膝立ちになる。
魔物は握っていた右腕を放り捨て、固く握った左拳を真上から落下させる。リーダーは動くこともできず、腕を交差させてそれを受け止めようとする。真正面から魔物の拳を受けたリーダーの腕は容易く折られ、身体が衝撃で地面に縫い付けられる。次の攻撃に対してリーダーは軽くもがくことしかできていなかった。その後も魔物の振るう打撃が全てリーダーに命中する。彼のいた場所には血溜まりの陥没が出来ていた。穴の縁には、最後まで放すことなく柄を握った両手が転がっている。
「駄目か」
ゲント・ランパードは静かに呟いた。
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