咀嚼
シュークレス達との話し合いの後、ゲントはジェルコと共にギルドから近い飲食店の前に居た。店のショーケースの中には何種類かのパンが並んでいる。ゲントはその中から一番安いものを注文した。
「お兄さん俺これね、一番大きいのとってね。」
ショーケースのガラスを指で突きながらジェルコが店主にせがむ。頼んだのはトマトをベースにしたパイだ。ゲントが注文したものよりもいくらか値が張る。ゲントはジェルコに付いてくるなと一言ったが聞く様子はなかった。なので不本意ながら二人で飯を食っている。
ゲントは買ったパンを咀嚼し、流し込む。別にまずくはない。ここダイバースでは食の均一化が進んでいる。異なる区画であろうと似通った見た目の店舗が数多く置かれているのだ。それは取り扱っている商品も同じで、ゲント達が今食べているパンも他の店と変わらない。同じ間取りの店でショーケースの先に同じ味のパンを並べる。ダイバースに長く暮らしてきたゲントにとって、このパンには新鮮味が全くない。だからせめて一番安いものを頼むのだ。
隣のジェルコは大げさにうまい、うまいと繰り返しながらパイを貪っていた。ジェルコもゲントと同じようにこういった店の味には飽き飽きしている筈だ。だがその食いっぷりからは飽きを感じさせなかった。演技なのか本当に上手いと思っているのか。ゲントには分からない。そして勢い良くがっつく割に手や服は汚していない。妙な所で器用な男だ。
対照的にゲントは静かに黙々とパンを食べる。噛み、飲み込む作業を続けるがなんだか味がしなかった。
「ありゃ黒だな」
もう食い終わった様子のジェルコが唐突に言う。もしかせずとも先程の依頼主のことだろう。
「断る選択肢はなかった。」
「斬られちゃうからねー」
冗談めかしてジェルコが言うがその可能性は十分にあった。依頼を受けた決め手は報酬だったが。
「商売道具もないんじゃあさ」
ジェルコがぶっきらぼうに言う。このあとゲント達は再びシュークレス達と落ち合い、裏通りの捜索を開始することになっている。集合の時間にはまだ余裕があるが。武器を取りに行ったりはしない。万が一を考えてだ。
冒険者狩りは表向き、武器の所持を許されていない。ダイバースでは剣でも魔法でも都市が信用できる者にしか力の所持を許されない。だから冒険者以外はレベルを持つことを許されない。一個人が強い力を持つことを危惧しているだろう。その割に元冒険者の犯罪者は数多くいるのだが。
飽和した犯罪者の対応にこの都市は労力を割かない。犯罪の大半が裏通りで起こるからだ。貧民や盗人、娼婦が殺し殺されようと気に留める必要はない。そういった風潮がこの街にはある。だからこそゲント達賞金首狩りがいるのだ。犯罪者である賞金首の数を減らし、裏通りを安全なものにしていく。それが賞金首狩りの使命だとギルド職員は淡々と言っていた。だがそんなことを考えてこの職業に就く者はいない。たいていはまともな職につけず冒険者にもなれなかった出来損ないがなるのだ。それにどれだけ賞金首を狩ろうとその数は変わらない。殺した分と同じ数だけまた新たな犯罪者が増えていく。いたちごっこだ。終わりはない。ギルドもそれは分かっているはずだが、それでも続けさせているのは形だけでも治安維持をしていると示すためだ。
冒険者以外が武器を持つことは許されない。だが賞金首を相手にするには武器なしでは挑めない。だから暗黙の了解で、賞金首狩りが裏通りで武器を使用しても咎めないとしている。しかし今回はそうもいかいない。自警団という同行者がいる。ギルドのようになぁなぁで済まされず、なにかしらのトラブルにつながる可能性がある。だから今回は武器を取りに行っていないのだ。
「依頼は捜索だ、武器はなくとも問題はない。」
「本気で言ってるわけじゃないよねそれ?」
無論そうだ。捕獲しようとする生物が不透明なのだ。未知の危険に対して自衛の手段がないのはあまりよろしくない。
「まぁいざとなったら逃げだすけどさ。」
当然のようにジェルコが言う。正しい判断だ。
「鉄仮面君は無理だろうけどね」
「は?」
思わず反射で聞き返す。
「俺は器用だから抜け出すのは造作もないけど不器用な君は無理でしょ。」
さも当然のようにジェルコが言う。遠回しに鈍くさいと言われているのだろうか。煽りながら人の身を気遣ってくれるとは確かに器用である。
「大きなお世話だ」
こいつに構うのが悪かったのだ。時間の無駄である。
「俺は死ぬのはごめんだね」
ジェルコが言った。反応はしない。
「死にたがりの君がどうかは知らないけど」
「……」
返事はしない。自分には自殺願望などないからだ。
日が暮れてきた。もうすぐ落ち合う時間である。ここからは別行動だ。ゲントとジェルコは裏通りの隣接した区画で仕事をしている。だからそれぞれで別れて区画を案内することになっている。ゲントはジェルコに目を合わさず目的地に向かって歩き出す。
じゃーねー、という間抜けな声を背中に掛けられるが振り返らなかった。
賞金首狩りというのは犯罪者たちへの形だけの牽制のためにある。この職業があっても犯罪者は増え続ける。実際彼らは気にも留めていないだろう。あってもなくても変わらない存在、それがゲント達冒険者狩りだ。
仮にゲントがいつ消えてもこの都市は正常に回る。犯罪者は罪を重ね。盗品で商人は儲かり。捨てられた子供は盗みをし、娼婦は男と身体を重ねる。日雇い冒険者は使い潰され、抽選にあぶれたものはギルドで駄弁り、職員は我関せずとせっせと動き回る。冒険者はぎゅうぎゅう詰めになってダンジョンに向かい、何人かが死に、戻ってくると酒を飲み一日を終える。ずっとずっと何日もこの都市はそれを繰り返してきた。それはきっとこれからも変わることはない。
なんとなく辟易とするこの都市を、抜け出す術をゲントは知らない。金もなく力もなければ渡り歩く知識もない。抜け出そうとする意志も気力もなくなった。寿命を迎えるか殺しをしくじるまで、延々とこの生活を続けるだけだ。そうして死ぬときは誰も気にも留められず、死んでいくのだ。衣服は剥がされ、死骸は炉端の隅に詰められる。そんな様をぼんやりと思い浮かべた。
ゲントは別に死にたいと思っているわけではない。生きたいと思えないだけだ。強いて言うならこの生活が終わってほしい。
今回の依頼でそれが叶えばいいなと、漠然とゲントは思った。
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