飛翔

珍客

鎖使いとの戦いからしばらく。ゲントランパードは変わらず賞金首を狩っていた。

いつもと同じ時間帯でギルドに訪れる。いつもと変わらずギルドのベンチには何人かの人間がまばらに座っていた。職員たちも忙しそうにしていた。そうやることもないだろうに。


「報酬を」


そう言って今回倒した標的の遺品をカウンターに置く。置いたのはロッドだ。ワンド、ロッド、ステッキは魔法の触媒となるものだが、使えないゲントでは持て余す代物である。盗品を扱う商人に売りつけようとしても渋られるだろう。

彼らの客層に魔法を扱えるような高尚な人間は少ない。魔法の触媒である杖も使えなければただの棒きれだ。

よほど性能の良いものなら買い取りも望めるかもしれないが、このワンドはゲントの目から見ても至って平凡なものだと分かった。


ワンドを見た職員がバツ印の付いた書類を捨てて、いくらかの金銭を持ってくる。いつも通りにそれを受け取ってさっさと帰ろうしたとき職員に引き留められる。


「ゲントさん、あなたに依頼が入っています。」


「依頼?」


報酬の手続き以外でこの職員と話したのは初めてかもしれない。そんなどうでもいいことに意識を割きつつ聞き返す。


「ある生物の捕獲に協力して欲しいそうです。詳しいお話は二階の応接室で聞いていただければ。」


依頼主が誰で、捕獲するのはどういった生物で、報酬はどの程度なのか。それを聞くより先に移動するよう告げられる。


今までゲントはこのギルドの二階に足を踏み入れたことはない。応接室の存在も今初めて知った。

職員が二階に続く階段を指で指す。職員はそこへ向かうようにと言うと、振り返って作業に戻ってしまった。

階段はギルドの入り口からみて、左の奥にひっそりとあった。ゲントはベンチに座る人間を素通りして移動する。

階段の前に着くと、立ち止まって少し見上げる。少しだけ立ち尽くすと、階段を登り始めた。


二階にはすぐに着いた。階段を上った右側には通路があり、向き合う形で部屋が置かれているようだ。ゲントはそれぞれの部屋の壁に書かれた文字を見ながら通路を進んでいった。

そうして「応接室」と書かれた部屋を見つけるとドアを開け中に入った。


「誰かと思えば鉄仮面か」


そう広くない部屋にソファが二つとテーブルが一つある。窓はない。片方のソファにはすでに人がいて自分に話しかけているようだったが反応したくない。


ゲントは部屋の壁に背を預けて腕を組んだ。


声を掛けてきた男はそれを見ると、座っていたソファの端に寄った。そうしてバンバンと、埃が飛びそうな勢いで空いたソファのスペースを叩く。隣に座れと言いたらしい。

絶対に、いやだ。


ゲントは無視して立ち続ける。男はしばらく無言で視線を飛ばしていたが、やがて大げさに溜め息を吐いてソファにだらけた。


この男の名前はジェルコ・バント。ゲントと同じく冒険者狩りをしている同業者だ。


背丈はゲントとほぼ同じだ。今は顔全体を覆うマスクと黒のコートを身に着けている。理由は知らないがこの男は偽の高級品を好んで身に着ける。おしゃれに疎いゲントは分からないが、あの黒コートも例に漏れず偽物だろう。


ゲントはこの男が苦手だ。軽薄な言動に気まぐれな行動で先が読めない。加えてこの男は仕事もこの着飾った服装で行う。最低限の防具も付けずに殺し合いに望むのだ。ゲントも堅固な鎧を身にまとっているわけではないが、それは金銭的に手が届かないからだ。またレベル持ちでないゲントだとあまり重い鎧を装備すると動きを阻害されてしまう。だから軽量の胸当てや革鎧などで可能な範囲で急所守っている。だがこの男はそれすらしない。肝が据座っているのか頭がおかしいのか、どちらにしろゲントには理解できなかった。


コンコンと、戸が叩かれた音で意識を入り口に向ける。そういえばノックせずに部屋に入ってしまった。先客がジェルコだったので何の問題もなかったが。


「どうぞー」


ジェルコが戸に向けて声を掛ける。入ってきたのは3人だ。全員が白を基調にした服を纏っており、一人がフードを目深に被り、残りの二人が覗き穴の空いた甲冑を被っている。その二人の左腰に剣が装着されているのを見てゲントは気を引き締めた。


「待たせてすまないね」


フードを被った一人が謝罪を述べる。男にしては澄んでいて、女にしては低い声の高さだ。体格も甲冑の二人組は男であると分かったがこのフードの人間は体格から性別が分からない。なんとなく得体の知れない雰囲気をゲントは感じ取った。

失礼するよと一声かけてフードの一人がソファに腰掛けた。後の二人はその後ろで直立している。


「そちらの方もどうぞ座って」

相手に言われたら断るのも不自然だ。ゲントはいつの間にか姿勢を正していたジェルコの隣に距離を空けて浅く座った。


「ジェルコ・バントさん」

名前を呼ばれてジェルコが無言で手を挙げる。

「ゲント・ランパードさん」

自分の名を呼ばれ、ゲントは姿勢をフードの方へ向ける。


「お二人には我々自警団の補助をお願いしたいのです。」


「いいですよ。」

「へ?」


考える間もなくジェルコが肯定の声をだす。相手もさすがに意外だったのか驚きの声を挙げる。この男の分かりづらいおふざけだ。こいつのこういったことに付き合うときりがない。


「依頼の詳しい目的と期限、報酬を教えていただけますか。」

「加えて謎の生物の捕獲と、自警団とやらの関係性もよろしければ。」

会話がスムーズに進むよう、ゲントは普段ギルドで賞金首退治を受けるときに予め知っておくべき情報を尋ねる。

何食わぬ顔で横の男が聞いたこともゲント達には必要な情報だ。もともとギルドから聞いたのは捕獲の依頼なのだから。


賞金首狩りというのは冒険者のようなまっとうな職業ではない。日雇い冒険者のように単調な労働に励むわけでもない。相手が犯罪者であるとしても、人殺しを生業にする者たちだ。

 その仕事柄、捕獲や警備などは専門外である。実際ゲントは賞金首狩りを始めてからそういった類の依頼を受けたことはない。それにこれまで賞金首の討伐依頼はギルドを経由して受注していた。ギルドを仲介せずゲント本人に直接依頼が来るのも初めてである。

 適性があるか分からないゲント達に、ギルドからではなく直に依頼を持ち込む。彼らの魂胆がまるで読めなかった。

無論向こうもそれは承知で、詳細は順を追って説明するつもりだったのだろう。隣の男の悪ふざけで順番が滅茶苦茶になってしまったようだが。

ソファの後ろから甲冑の男の一人が向ける怒気を受け流す。それを向けるのは横の男だけにして欲しい。

フード被りは咳払いを挟んでから改めて話し出す。


「目的は街に逃げ込んだ生物の捕獲。期限は捕獲が完了するまで。報酬は一日ごとに3万リディア。」

フードはまずゲントの問いに答える。依然として不透明な部分はあるが、普段の依頼に比べれば報酬は破格だ。

横で男が何か喋る素振りを見せたので足を踏んで黙らせる。

「自警団との関連性についてですが、今回捕獲する生物は街に危険をもたらす可能性があります。市民の安全を守る我々にとって見過ごすことはできません。速やかに確保する必要があります。」

ここでいう市民の安全というのは表通りの内側で暮らす人々の為のものだ。裏通りの住人達ではない。彼らはいないものとして扱われている。フードの言葉に微かな苛立ちを覚えながら続いて話を聞く。

「お二人方に協力を依頼したのは件の生物が裏通りに逃げ込んだという目撃例があったためです。恥ずかしながら我々は裏通りの地形に詳しくない。そこでお二人に先導してもらい、効率的に捜索を進められればと考えています。」

そこまで言い、フード被りは姿勢を正してからこちらに頭を下げてきた。

「どうかご協力いただけないでしょうか。」

後ろに控える甲冑の二人組がどよめくのが伝わった。一拍遅れて来る、言い知れぬ威圧感。あの二人はレベル持ちだろうか。甲冑越しからも随分と覇気が伝わってくる。しのごの言わずに受けろという意味合いらしい。


顔は前に向けたまま横の男に視線を向ける。ジェルコは頬づえをついたまま静止していた。この男のことだから何か不可解な行動を起こすと思っていたが違った。依頼を受けるべきか断るべきか答えに窮しているのだろうか。


ゲントはといえば断りたいのが本音だ。どうにも不透明な部分が多い。彼らが捕まえようとする「生物」も詳細が分からない。自警団という組織の存在もゲントは今日初めて知った。活動場所が関わりのない表通りの内側だとしてもこれまで認識しなかったのは不可解だ。

 だがそれを問い質せる空気でもない。今求められている返事ははいか、いいえだ。そして待ってもらう時間もない。依頼主が頭を下げ続けるのを御付きの二人は快く思っていないようだから。

 そこまで思考を巡らせてゲントはまぁいいか、と思った。依頼内容は怪しい部分もあるが報酬は良い。それに今回は討伐でなく捕獲だ。ゲントらに期待している役割は街の案内のようだった。血を流さずに金が手に入るならそれに越したことはないはずだ。

 そもそも、仮に危険だとしてなんだというのか。賞金首を始めてすぐは過敏なほど安全重視だったが今は大分薄れた。警戒心の維持や下調べを入念にせずとも依頼はこなせてきた。だからきっと今回も問題ないはずだ。たとえそれで死んだとしてもただ生きているのをやめるだけだ。なんの支障があるだろう。


「依頼を引き受けよう」


依頼主はその声に受けて顔をあげた。口元からは薄い笑みが見える。そして顔をジェルコの方に向ける。断るという選択肢はないだろう。そんなことをすれば甲冑男たちが剣を抜いて抗議してくるかもしれない。現状無手のゲント達には抵抗する術もないのだから。


「私も依頼を受けます。」


まぁそうなるだろう。従順に答えたジェルコの声にゲントはどこかほっとした。


「ありがとうございます。では早速今日から見回りを始めて行きます。お二方はそれに同行してください。」


依頼の打ち合わせが始まる。集合の時間、自警団の人数、活動の時間帯。最低限の情報を共有し合い、依頼主がソファから立ち上がり一礼して去ろうとする。


「ひとつよろしいですか。」


それをジェルコが引き留める。


「何か?」


依頼主は聞き返す。


ジェルコは顔の後ろに手を回しゆっくりと仮面を外した。ゲントは唖然とした。この男の素顔を始めてみたからだ。彫りの深い老齢のものだった。口元には白い髭がある。その齢で普段あの態度なのかと、ゲントは違う衝撃も受けた。


「よろしければ依頼主のお顔とお名前をお伺いしても?」


ジェルコが尋ねる。依頼主は無言だった。だがすぐにフードに手をかけ顔をあっさりと顔を見せる。


想像していたとおりの中性的な顔立ちだった。髪は肩にかかるかどうかという長さだ。ゲントは顔の骨格から男であるのを察した。


「シュークレス・メロルです。お二方どうぞよろしく。」


どこか歪みのある笑みを残してシュークレス達は部屋から去っていった。

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