64話 約束だよ

 チュッ


 そんな乾いた音がした。俺のほっぺから。俺は驚いて目を開けた。


「あ、葵!?」


 少しパニックになってしまった俺。葵は俺の正面に戻って人差し指で口元を押さえていたずらっぽく笑った。


「祐くんどうしたの?」


「いや、今何した?」


「んー?何したと思う?」


 意地悪してくる葵。俺も仕返ししたい気分になった。


「葵、目瞑ってもらってもいい?」


「私に何するつもりなの?祐くん?」


 またいたずらっぽく笑う葵。でもさっきより余裕のなさげな顔で顔のほうはかなり赤くなってる。


 スッと葵はベンチに座って目を瞑った。俺はベンチから立ってさっき葵がしたように正面に行って葵の肩にそっと手を置いた。


 ぴくっと葵の肩が跳ねた。これからすることが分かってるって感じ。クイっと顎を上げて、んっと軽く唇を出した。


 俺は落ち着いていた。わかってる。この流れであいつらが来るってことを。ちょうどジャストタイミングで来るんだろ?


 あれ。来てくれない。5秒くらい経っただろうか。俺はあいつらが来てくれると思ってここまでしたのに。これじゃガチでやることになってしまう。


 いや、嫌なわけじゃないんだけど。心の準備全くしてなかったし。


「祐くん、何かするんじゃなかったの?」


 目を瞑ったまま葵が言外に早くしてよ〜と言ってくる。目を瞑ったこの葵もめっちゃかわいい。初めてみた表情だ。



 俺はそんな葵の唇ではなく...ほっぺに軽くキスをした。


「え?祐くん?」


 葵はなんで?みたいな顔していた。それでも少し嬉しそうなこれも良いかなっていう顔してた。


「私待ってたのにな〜」


 少し落ち着いたタイミングで葵はちょっと残念そうな感じでボソッと独り言を言った。もちろん俺にも聞こえていた。


「葵もほっぺにしてくれたから、俺も同じ場所じゃないとって思ったんだけど...ダメだった?」


「うんん。すっごく嬉しかったよ。でも私...」


「分かった、葵。俺もこの瞬間をずっと待ってたんだ」


 そう俺がいうと葵は俺の手を引いて立ちがった。


 さっきとは違ってドキドキする。ちゃんと覚悟も決めた。


 もう一度葵の肩に手を置いた。葵も俺の首元に腕を伸ばす。


 お互いに目線が交錯する。こうしていると心臓のバクバクが伝わりそうで...


 ◆◆◆


 俺たちが別れる前にした約束。俺たちの家の前でした約束。


「祐くんと離れたくないよぉ」


 目に涙を溜めて必死に泣くのを我慢している葵。俺も泣くのを我慢していた。これに至っては仕方がないのは小学生ながらに分かっていた。自分の好きな人が手の届かない場所に行ってしまう。それは俺に涙を流させるには充分だった。


 少し玄関から離れて2人きりになった場所で葵は言った。


「祐くん、キスして...私、祐くんともっと思い出が欲しい」


 そこで素直にうんって言ってキスをすることもできた。でも俺は「うん」と言わなかった。


「どうして...」


 今にも泣きそうな葵。そんな葵に俺は言った。


「またいつか俺たちが一緒に居られる時しよう。またハードボールしてさ、前の大会は中学でも高校でもあるらしいから。その大会で優勝したらその時、俺ちゃんとお帰って言うから。そのときまで待ってて欲しい。ちょっと離れちゃうけどまた会えるって信じてるから」


「分かった。絶対また祐くんとハードボールするから!もっともっと上手くなって祐くんの自慢の女房役だって言えるように頑張るから!そのときはまた私と一緒に居てくれるよね?」


「もちろん。俺は葵の帰りを待ってる。その時まで待ってて」


「分かったよ、祐くん。約束だね!」


「あぁ約束だ!」


 2人で指切りをした後、葵は車に乗って行ってしまった。車が見えなくなるまで泣かなかったが見えなくなった後俺が泣きじゃくったのは俺の家族しか知らない。葵に泣いてるところを見せたくはなかった。

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