61話 気持ちを伝えて
なんとか体を動かしてセットポジションに入る。葵がマスクを外して心配そうな顔をしたが、こんな気持ちを葵に知られたくなかった俺は2、3回頷いて1球目をバッターに投げた。
ボールは大きく外れた。2球目もボール。3球目もボール。そして4球目もボールでフォアボール。コントロールが定まらない。
次のバッターにもストライクが全く入らず連続フォアボール。手が少し震えている。自分の手が自分のじゃないみたいだ。
ここまでストライクが入らないことはなかった。やっぱり体が勝つことを恐れているのだろうか。
「祐くん!」
葵がタイムをとって俺に駆け寄ってくる。それと同時に内野のみんなもマウンドに集まった。
「祐くんどうかした?ちょっと顔色も悪いけど」
「あ、あぁちょっと疲れちゃってさ。体力つけないと」
「...祐輔。本当はそうじゃないだろ。今のお前はそんなこと考えていないはずだ。俺たちはもう戻るからしっかり若宮ちゃんに言っとけ」
進がそう言うとほかの内野陣はバラバラと自分のポジションに戻っていった。
マウンドには俺と葵の2人。1回の守備のタイムは2分と決まっているのでこのまま他のことを喋っておけば誤魔化せるのだが。進のやつなんで気づいちゃうかな。
じっと見つめる葵。俺は正直に話すことにした。
「俺さ怖いんだ。小学校の時、葵と離れ離れになったのもこの大会の決勝の直後だろ?それで勝ったらまた葵と離れちゃうんじゃないかって...ははっ、馬鹿だよなそんな変なこと考えて」
その場を取り繕うように最後の方は言った。自分の今の気持ちを言ったのはいいがあまりにも情けなかったから。
葵は黙って聞いてくれていた。そしてそっと目を瞑った。そして手を自分の胸に当てて弱々しい声で喋り出した。
「私もね...そうなる気持ちわかるよ。でも大丈夫。このまま私たちが勝ったとしても私は絶対に祐くんから離れないから。だから私を信じて祐くんの全力を私に感じさせて欲しいの」
そうやって俺の手をギュッと握る葵。そうだよ。葵は離れないって幾度となく言ってくれたんだ。それを俺が信じなくてどうするんだ。
「ありがとう葵。そうだよな。俺たちが離れるなんてそんなこと絶対にないもんな」
俺はそう言ってたぶん最近で1番の笑顔を作った。
「祐くん、やっと笑ってくれたね」
俺ははっとした。そういえば今日の試合は全く笑っていなかった気がする。せっかくこうやってみんなと試合をしてるのに楽しまなきゃ損だ。
葵はそれ以上なにも言わずに戻っていった。だけど俺はもう大丈夫。体から力が出てくる。あとアウトは2つ。俺の持てる全ての力を注ぎ込む。
後ろを向くと守備についてるみんながサムズアップしていた。なんだよ。そんなに俺誤魔化すの下手なのかね。
前には大きくミットを構えた葵。俺はあのミット信じて投げるだけだ。
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