60話 不安の正体

「決勝の相手、広明かよ〜」


 今は決勝戦直前。なのにベンチではまだそんな声を出す奴がいる。ほんとここまできたら覚悟を決めろよって思う。


 試合前。ベンチ前に並んだとき、横にいた葵が言ってくれた。


「もし何かあったらすぐ言ってね」


 俺はさっきと同じように大丈夫と答えてマウンドに向かった。


 俺たちのチームのオーダーはずっと同じ。メンバーがギリギリなので入れ替える人もいないから。


「ふぅー」


 ついに決勝か。すごいよ、高校に入って決勝まで勝ち進む事はなかった。高校初めての決勝のマウンド。


 目の前には自分の大好きな葵。行ける!


 ◆◆◆


「驚いたぞ、祐輔。まさかここまでとは」


 回はめっちゃ飛んで6回の裏。1対0で俺たちが勝ってる。この1点は葵のスクイズで決めた1点だ。とてもとても貴重な1点。みんなでとった1点。これを守り抜けば俺たちの勝ち。


「祐輔きいてるのか?」


「え?あぁなんだって?」


「いや、前回めっちゃ打たれたのに今回完璧にあの強打線を抑えてるじゃないか。それがすごいってことだよ」


「あねな。俺もなんでか分からんけどいい感じに投げれているんだよ。やっぱり葵のおかげかなぁ」


「はいはい、今惚気るのはやめてもらおうか」


「おっと、俺たちの攻撃も終わったみたいだぞ。頑張れよ祐輔、あと1イニングだ」


 俺は軽く頷いてベンチを出た。後1イニング。アウト3つで勝てる。緊張するけどこの緊張感がまた良い。


 先頭バッターを抑えて1アウト。とても順調だ。試合前まで不安があったけどやっぱり杞憂だったな。


「祐くん後2つだよー」


 少し紅くなった空の下で葵が思いっきり腕を挙げて人差し指を空に指した。


 あれ。なんかこの感じすっごい前になかったか?夏の日。夕方の少し空が紅くなるこの時間。このコダマスタジアムでハードボールをしていて...


 思い出した。ほぼ5年前。葵との最後の試合。それもこんな感じだった。あの試合の後、葵は遠く場所へ行ってしまったんだ。


 3番、ファースト佐藤くん。


 次のバッターが打席に入ってきた。投げないといけない。勝つためにも。葵の笑顔をまた見るためにも。でも身体が動いてくれない。なぜかはわからない。でも投げるのが怖い。


 俺はここで初めてさっきまでの不安な感じの正体を知った。


(もしこのまま勝てばまた葵がどこかに行ってしまうんじゃないか)


 俺はそれが怖かった。また再会出来た。でもそれはずっと一緒に居れるって確定したわけじゃない。何かの拍子にまた離れ離れになるかもしれない。小学生の頃のトラウマが今になってフラッシュバックした。


「って何考えてんだよ俺。そんなわけないだろ。葵は俺と居てくれるって言ってくれたんだ。もう離れないって」


 俺は唇を噛み締めてバッターと対峙した。そうだ。俺は勝つためにここにいる。そうだろ?葵。


 でも、俺の体は言うことを聞いてくれなかった。

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