34話 野球観戦に行こう(7)

 2アウト、ランナー2塁。バッターは4番の鈴本選手。


 今では4番を打っているが最初は育成選手として入団した人だ。俺はこの選手を入団当初から応援していた。


「この選手って祐くんが入団した時から騒いでた人だったよね」


「騒いでたって。そこは応援してたとか言ってくれよ」


「あははは。そうだね。3桁のユニフォームも買ったもんね。お義母さんなんでそれにしたの!とかいってたもん。私もなんでって思ったもん」


「おいおい。そこまで言っちゃう?今この活躍観たら俺めっちゃすごいじゃん」


 今や球界を代表するバッターになった鈴本選手。俺はこの人は化けると思ったんだよね。なんでかは知らない。


「ほら、葵。応援だ」


「分かってるよ祐くん。祐くんが推してるこの人なら打ってくれるって」


 皆んなが大声で応援している中、俺たちだけが黙ってこの瞬間を見ていた。自然と離れていた手をつないで。


 カウントツーボールワンストライク。


 ピッチャーが構える。俺たちもぎゅっと握っていた手を強く握る。


 ピッチャーが投げた。


 カキーーーン!


 いった。俺たちは打った瞬間立ち上がった。少し遅れて球場の全員が立ち上がった。


 全員が白球の行方を追う。白球はセンターのバックスクリーンに吸い込まれていった。


 うおおおおおおおおおお!!!!!


 球場にものすごい歓声が上がった。俺は葵を抱きしめた。


「やった!やった!葵!打った打った!」


 興奮して何言ってるかわからないくらいはしゃいだ。めっちゃ嬉しかった。


「ちょ、ちょっと祐くん!」


「え?あ!ごめん葵!」


 嬉しすぎて葵を抱きしめていたことに気づいてしまった。まずい。いくら嬉しかったとはいえこれはアウトだ、


「すぐ離れるから!」


「待って祐くん!」


 俺が葵から離れようとしたら逆に葵が俺の腰に腕を回してきた。


「ちょっとこうしてたい」


「俺もしてたいかも」


「ん」


 俺たちはほんの10秒くらいこのまま抱き合った。周りの人はサヨナラホームランを打った喜びで俺たちを見てはいなかった。



 ===



「勝ったね祐くん」


「うん。サヨナラだよ葵」


 今はお互い離れて手だけ繋いでいる状態だ。


 さっきお互いに抱き合っていたせいかそれとも試合に勝ったからか全身が熱くて仕方ない。


 ヒーローインタビューも終わってそろそろ球場を出ようかな。ヒーローはもちろん鈴本選手だ。なかなかインタビューでの会話も面白かった。


「祐くん。この後って確か近くのビジネスホテルだよね」


「そうだよ。こんな遅くにチェックイン出来るとかやっぱり便利だよな」


 俺たちは1度広島駅に戻ってロッカーに入れておいたキャリーバッグを回収して目的のビジネスホテルに向かった。


「ただ一部屋しかなかったのが誤算だったなぁ」


 そう。ホテルでは俺たちは同じ部屋に泊まるのだ。

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