【わたしと花子さん】8








伺うように花子さん見上げると、目が合う。

花子さんが言った。


「あ、私、急用思い出したから帰る」


「え、バイト中に?」


「うん」


「私がそれやったら、雇い主にボコられるよ」




そのとき、携帯のアラームが鳴った。

午後イチの授業に遅刻しないために、私が自分で設定したものだった。



もちろん、授業には出るつもりだった。

けれど、なんだか名残惜しい。


私は普段よりゆったりした動作で弁当を畳もうと腰を上げた。

鞄から蓋を取り出して弁当箱に重ねる。

そこで初めて気がついた。



「あれ?」



弁当箱の底が見えていた。

いつの間にか平らげていたんだ……。


ここしばらく、見なかった光景だった。

蓋を閉じるときはいつも、中身が詰まっていたから。



「そう言えば、美味しかった気がする」



満たされたお腹がぽかぽかする。

幸せな気持ちで私は、花子さんに尋ねていた。



「ねえ、花子さん。私、明日も来ていいかな?」


「ダメ」


「え?」


とんっ、と私の額に花子さんの人差し指が突きつけられる。



「『明日ありと思う心の仇桜あだざくら』ってね。人間いつ死ぬかわからないんだから。つくねはお腹いっぱい食べとくべきだったし、あんたは早く友達を作るべきだよ」





そうなのだろうか……。

一瞬、考えてみたけれど、迷うことなく答えは出ていた。





「ううん。違う。私、一緒に居て楽しい人と一緒に居たいの。それを貫いた結果、こうして便所飯なんてしてるのが私だから、結構意思は固いの」





「……変な子だな」





眉を寄せて花子さんが言った。

「変な子」と言われたけど、今度は「ごめん」とは言わなかった。



「それであの、お返事は?」



「明日はシフト入ってない」



花子さんはぶっきらぼうに言って、来たときと同じ様に壁の向こうに沈んで行く。


「あ、待って」


慌ててドアを開け、隣の個室を覗いたけれど、そこには誰も居なかった。


私は暫くトイレ内をうろうろ探した後、結局、諦めて授業に向かうことにした。


外に出ようと古ぼけた扉を押した、そのときだった。

後ろからぼそりと声が聞こえた。



「……水曜日」



振り返ると閉じてしまったドアが、ぶらんぶらんと奥に手前に行ったり来たり。


「水曜日……」


来週の水曜日、バイトの花子さんと食べるお弁当を思う。


「今度は名前、聞こ」



ぐぅ。

膨れたはずの腹が小さく、鳴いた。












【わたしと花子さん】〈おわり〉  七 文

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わたしの花子さん ぽっか @723-nanafumi

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