【わたしと花子さん】4














すると、少女は慌てて壁から飛び出した。

喉の詰まりを取ろうと私の背中を叩き始める。

不思議なことにちゃんと衝撃があった。




「うぐっ。げほっ! はっ……おえぇ」




喉の詰まりが取れる。



なんだかよくわからない粘液っぽいものが、鼻の方のどこかのくだに入ったみたいだ。痛い。





「げほっ、げほっ。うぇぇ……。ありがとう。助かった」



「……変わってるね」



少女が言った。



「え?」



「いや普通、叫ぶでしょ」



「いや……だって、玉子焼きのどに詰まってたから無理じゃん」



「今は取れてるじゃん」



確かに。



「えっと。じゃあ、『キャー』?」



「やっぱりだ。変わってる」



思いがけず無邪気な少女の笑顔に、私はなんだかどきりとした。

身構えて居なかったところに、急なクリティカルヒット。


最近、こんな風に、誰かに笑いかけてもらったこと、あっただろうか。


-無視されたって、「おはよう」と言い続けよう。人にされて嫌なことを、私はしない


今朝そんな、決意を新たにしたばかりだったのに。









「いや待って。その前にこれは、どう言う状況? 私……いよいよ頭がどうにかなっちゃったのかもしれない。ついにこんな幻覚を。やっぱり人間食べないとダメなんだ」



慌てて残りの卵焼きを飲み込んでも、目の前の少女は消えなかった。

消化、吸収して脳へと栄養が渡るまではそれなりに時間がかかるのかもしれない。




けれど、私が作り出した幻覚にしては、少女は美し過ぎた。

長い首の上に小さな頭が乗っていて、バレリーナみたいなスタイルの良さで、顔も今売り出し中の女優(名前は忘れちゃった)に似ている。


こんな可愛い人、美術評定2の私に生み出せるだろうか。





それに、彼女はとても珍妙ちんみょうな出で立ちだった。


私の視線に気づいたのか、少女が答えた。



「これ?制服だよ」



赤い吊りスカート。白のブラウス。

すらりと伸びた彼女の手足には丈が足らなくて、色々ちんちくりんだった。


生地の素材も化学繊維感が全面に出ていて、薄くてぺらぺらしている。

どことなく、ハロウィンになるとドン・キホーテに並ぶコスプレ衣装を思わせた。


「制服?なんの?……トイレの花子さんみたい」



「当たり!バイトなの。時給950円のトイレの花子さん」



「バイトなの?!」



「じゃなきゃ、こんなとこに居ないってぇ。幽霊になって自由なのにさ、何が楽しくてトイレになんて居ると思う?」



「お、おぉ…」



なるほど確かに。



「言われてみれば、そうだね」



「でしょ?私なら遊園地に行くね。だって入園料タダだもん」



「ああ、あの舞浜の?」



「いや、大阪の方。舞浜の方になんか行かないよ。あんな、張りぼてと着ぐるみの国」



「ひぃっ!ちょっと止めてよ!何と言う恐ろしいことを」




今の話を聞かれたら、彼女は全世界から除霊されるに違いない。

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