三 《罰》

ー1ー


フランス、シャルル・ド・ゴール国際空港。

フランスの地に大和は降り立った。

飛行機を降りて、バンファム達と共に白人集団に連行されるままに付いていく。

入国手続きを済ませると、そのまま急ぎ足で空港内を抜けた。

空港内を抜けて少し歩くと車が列を成して並んでいた。

リムジンが4台ほど並んでいる。

集団はそのリムジンに続々と乗り込んでいった。

大和達もそのリムジンに乗せられていく。

全員が乗り込むとすぐに車は走り出した。


車は空港から3時間程走るとある大きな建物に到着した。

その建物は中世の城のような建物だった。

実際に城だったのかもしれない。

歴史を感じさせる風格がある。

とはいっても車の中から見えるのは遠くに存在するものだった。

その周りにはその城の敷地と思われる広大な庭が存在する。

その城の周りを少し走るとその城の入り口と思われる大きな鉄格子の扉が見えた。

その扉の前に4台の車は列を成して停まった。

しばらくするとその扉を中世の警備隊のような制服を着た男性が2人がかりで開け始めた。

扉がゆっくりと開いていきその前に広大な敷地の中を通る道が現れた。

扉が開ききると車はまた走り出す。

敷地内を通る車の窓からは綺麗に刈り取られた木々に覆われた広場のような場所の中央に噴水があったり、

花畑が美しく咲いている場所もあった。

5分ほど車に揺られると、先程ここに向かってくる際に見えたあの城のような建物が目の前にあった。

その城のような建物の前で車は停まった。

車のドアが次々と開いていく。

大和達もそこで降ろされた。

白いレンガの壁で、円状の搭が四隅に配置されていた。

至るところに格子状の窓がある。

その中央の大きな扉を開けると赤い絨毯が敷き詰められそのまた中央に二階へと上がる階段があり、

さらにその階段は途中で踊り場があり、左右にまた階段が別れ二階へと進んでいた。

まるでミュージカルの舞台がそこにあるような感じに思えた。

その左側の階段から下りてくる人物がいた。

清潔にカットされたブラウンの髪を七割程から分け、額を出すように掻き分けている。

少し濃いネイビーのスリーピースのスーツに白と黒のチェックのネクタイを締めた男性。

グレゴールであった。

グレゴールは階段を最後まで下りてくるとスカルフェイスに向かいにっと笑みを漏らした。

彼らは英語で会話をしだした。

“ワード君お疲れ様”

“君達には最高のホテルを用意している”

“そこでゆっくりと休んでくれ”

グレゴールはそう言うと使いのものにスカルフェイス達を案内するよう指示を出した。

スカルフェイス達、バンファム達を連行してきた柄の悪い人物達だけが案内されていく。

至って普通の人物達は案内の対象となっていないようだ。

まるで違う組織のような扱いになっていた。

すると突然スカルフェイスが思い出したかのようにグレゴールに話しかけた。

“ちなみにそこの少し人種が違うような奴は対象リストに載っていない無関係の奴だ”と大和を指差して言った。

グレゴールは少し困惑した表情でスカルフェイスを見た。

スカルフェイスは続けて、

“向こうにお前達の一人を人質に置いてきた”

“そいつらが無事帰国した際の引き換えだ”

“そいつらの出した条件を俺は飲んだ”

“代わりにそいつを連れてきた”と言った。

グレゴールが振り返り、大和を注視した。

大和はグレゴールに対し英語で話しをした。

“俺は彼らと行動を共にする”

そうグレゴールに伝えた。

グレゴールは大和に何者かと尋ねた。

大和はその問いに対し友人と答え、

“まず、何の目的で警察にまで根回ししここまで彼らを連れてきた理由が知りたい”

“罪を償わせるのであれば法的に措置すべきではないか”

とグレゴールに言った。

大和の問いに対しグレゴールは

“勿論そのつもりだ”と答えた。

さらに続けて

“ただし、君の友人達が本当に罪を償う気持ちがあるのか、後悔の念があるのかをまず我々が見定める”

“大切な人を失ったものの悲しみや苦しみをわかってもらう為にここに呼んだのだ”

“世の中には罪を罪と思っていない人間がいるのも事実”

“罪というのは自身が深く受け入れてからこそ償うことができるものだ”

“彼らの犯してしまった罪がどれほどのものかをわかってもらいたい、ただそれだけのことだ”

とグレゴールは語った。

“罰を与えるというのは”

大和がグレゴールに質問した。

“罰というのは言葉の綾だ”

“彼らが本当に自分たちの犯した罪を後悔していれば、身体的な痛みよりももっと辛いはずだ”

“それが罰ということだ”とグレゴールは言った。

若干言葉を濁したように大和は感じた。

グレゴールはそう言うとこの後すぐに用事があるから失礼すると言ってその場をあとにした。

グレゴールは今下りてきた階段を上がって行ってしまった。

その後大和達はこの屋敷の執事のようなもの達に先導され、どこかに案内されて行った。

中央の大階段の脇にある通路を通り、少し進むと地下へと伸びる階段が見えてきた。

その階段を下って行く。

その階段はらせん状になっていて何度もぐるりぐるりとうねりながら下へと続いて行く。

ようやくらせん階段の波が終わり地表が見えてきた。

到着した場所は幅はあまりないが横へ長く続く通路だった。

そしてその目の前には鉄格子で囲われた部屋があった。

牢屋だ。

その牢屋の通路を執事達は右へ曲がって行く。

いくつもの牢屋が壁で仕切られ存在していた。

バンファム達はその光景に戸惑いながらも後に続く。

通路の行き止まりの横にある牢屋の鉄格子の扉の南京錠を執事の一人が鍵を使って開け始める。

鍵でその牢屋の南京錠を開けるとバンファム達に入るよう強要した。

バンファム達は言われるがままに中へと入って行った。

3人ほど入るとそこで遮られ、その牢屋の扉は閉められ施錠された。

そしてまたその隣の牢屋の南京錠が開けられ、3人づつが一つの牢屋の中に入れられて行った。

大和とブンミーは一緒の牢屋の中に入れられた。

執事達は全員を牢屋に入れ、施錠すると先ほど下ってきた来た階段を上がって行ってしまった。

その空間に残されたものは不安感という空気だけだった。



ー2ー


グレゴールは高級ホテルの一室の前に立っていた。

目の前の部屋のドアを2回ノックする。

しばらく待つとその部屋のドアが勢いよく開いた。

グレゴールは自分の予想以上に勢いよく大きく開いた為、ドアにぶつかりそうになりよろけてしまう。

部屋の中から出てきたのはスカルフェイスのタツゥーの男だった。

スカルフェイスはグレゴールの顔を見るなり、自分の顔で中へ入るようジェスチャーし向かい入れた。

部屋には入るなりグレゴールは何故リストに乗せていない人間を連れてきたんだと攻め立ててきた。

スカルフェイスのタツゥーの男は鬱陶しそうな顔でその話を無視していた。

スカルフェイスはテーブルに置いてあったタバコを手に取り一本を口にくわえた。

するとグレゴールがすかさずそのタバコを取り上げ、ここのホテルは全室禁煙だと注意した。

グレゴールはまくしたてるように“少しの誤算で計画というものは狂ってしまうものだから

指示通りに動いて欲しい”とスカルフェイスに忠告した。

スカルフェイスはベッドに腰をかけ、その話に何も反応はしなかった。

グレゴールは呆れた顔でため息をついて、一呼吸おいた。

スカルフェイスが今度はグレゴールに話しかけた。

“このあとの仕事は?”と聞いてきた。

グレゴールは“とりあえず君たちの仕事は一旦終わりだ”と言った。

“君たち〈L.L.L〉にはアダマンタイトに関することの実行部隊として動いてもらう”

“しかし自分達がアダマンタイトとは無関係であるということは肝に命じて欲しい”

“君たちはただのアメリカのギャング集団で仕事の一環として我々の依頼を受けている”

“そして何か問題が公になってしまった場合、L.L.Lがアダマンタイトの身代わりとなって法的裁きを受ける”

“アダマンタイトのことは決して口にしてはならない”

“君たちのボスとそういうことで契約を結んでいる”と言った。

付け加えて、

“勿論法的裁きを受けてもらうにしても裏からサポートし、最良の方法を取れせてもらう”と言った。


L.L.L(Left.Line.Lord)とはアメリカを拠点としたギャング集団の組織だった。

左側の線の支配者という名前の由来は“道を外れた者たちの王”という意味が込められていた。

アメリカでは名の知れたギャングの巨大組織であった。

グレゴールは個人的にL.L.Lのボスと交友があった。

今回、セシリア エヴァンを殺害した容疑者確保にあたり、L.L.Lのボスに実行部隊の招集を依頼した。

そしてその招集された部隊のリーダーがスカルフェイスのタツゥーのデイヴィッド ワードであった。

グレゴールがL.L.Lに実行の依頼をした意図は、青年達を拉致をしたということが万が一公になってしまった時

アダマンタイトの名前が出てしまわぬようにするためであった。

全てはL.L.Lが単独でやったこととするとした。

その代償として多額の金がL.L.Lに支払われているということはL.L.Lメンバーもわかっていた。


グレゴールはデイヴィッドに対し、

“指示があるまで待機しているように”と言うと部屋をあとにした。

デイヴィッドはベッドに座ったまま了解とだけ言った。

グレゴールが出ていったあとの空間をデイヴィッドはじっと睨んでいた。



ー3ー


そこはまるで国会議事堂のような場所だ。

中央の壁側に眩いばかりの装飾が施された壇上がある。

壇上の中央には教卓があり、

両側にそびえ立つように国旗のような旗が飾られていた。

アダマンタイトのシンボルマークが施されている。

天井が高く、円状に伸びたその天井の中央には美しく描かれた大天使ミカエルの絵画がその場所を見下ろしている。

眩い光が上方にある窓ガラスからその場所に差し込んでいた。

壇上の周りを取り囲むように円状に座席が並べられている。

500席はある

その席の殆どが人で埋め尽くされていた。

そして中央の壇上のすぐ下、少し離れて前方にまた教卓が設けられていた。

壇上にはまだ人はいない。

取り囲む人々の話し声が辺りを覆い尽くしているだけ。

その辺りを覆い尽くしていた声が徐々に静まり返る。

一人、男性が中央の壇上に向かって入場してきた。

装飾が施された真っ白いコートを身にまとい、顔には目も、口も描かれていないただただ真っ白なのっぺらぼうの仮面をつけている。

目の箇所に一直線状の穴があるだけ。

金色の長い髪。

身長の高い人物。

アダマンタイト現最高幹部の“ゼロ”がその場所に現れた。

ゼロは中央の壇上に上がって行く。

その歩みは一歩一歩踏みしめるかのようにゆっくりと威厳のある歩みだった。

ゼロは壇上に上がると、そこに設けられている3つある席に腰を下ろした。

そのあと、また一人男が入場してくる。

太く、筋肉質な体つきの男、ドミニク フォーレがその場に現れた。

ドミニクも装飾のある真っ白いコートを身にまとい、のっぺらぼうの仮面をつけていた。

ドミニクも壇上に向かい歩いて行く。

そのあとすぐにもう一人、男が現れた。

先の二人同様に真っ白いコートにのっぺらぼうの仮面をつけたグレゴールであった。

グレゴールも続いて壇上に向かう。

ドミニクとグレゴールは壇上に上がると備え付けられた椅子に腰を下ろした。

側近達は3人が壇上に揃ったことを確認すると、その会場から出て行き、準備を開始した。

これからアダマンタイト内で行われる裁判の準備だ。

その会場のゼロ達が集まっている壇上の対角線上の壁にもう一つ大きな扉が設けられていた。

その扉から真っ直ぐに伸びて赤い絨毯が敷かれた通路がある。

そこから歩いて行くと会場の中央に教卓が備え付けれている。

そしてそのすぐ目の前にゼロ達が集まる壇上がある。

数分後その大きな扉が開いた。

そこから現れたのはバンファム、ブンミーら13名の若者達であった。

彼らは側近達に導かれるまま会場の中央、教卓まで歩を進められた。

バンファム達が中央の教卓に集められると会場に集まったアダマンタイトメンバー達がざわつき始める。

セシリア エヴァンを殺害した犯人に対しての罵倒と差別用語が入り交じり耳を塞ぎたくなるような言葉が行き交っていた。

ゼロが組織のトップになってから、ゼロの思想「悪は存在しない」という主張にメンバー達は共感し、アダマンタイトの思想へとなっていった。

誰でも心は清らかで、それが汚れてしまうのは周りの人間の未熟さが故であると。

誰しも心に余裕がある時は人に優しくできるだろう。

心に余裕がなくなれば人は自己愛が強くなり、人を傷つける。

それが未熟さであり、汚れであると。

ゼロは優しさは自己愛の主張であり、自分が愛される為に行う行為だと言った。

優しさではなく人は思いやりを持って人に接して行かなければならないと。

思いやりは相手の為を思って行う。

自分が相手に嫌われたとしても、それが相手の為ならば全うするだろう。

優しさを持つものは嫌われることはしない。

自分が愛される為に優しく接しているのだから。

ゼロの思想は少しずつだがメンバーの心を掴んでいった。

勿論、偽善だと批判するもの達もいたが、

ゼロの真摯な行動に多くのメンバー達は心を奪われていった。

そこからアダマンタイトは発足当初の差別的思想を掲げた組織ではなく、成熟した心を持つ組織としての方向に変わっていっていた。

しかし。

今のこの会場に飛び交っている言葉は明らかに汚れた言葉のように聞こえる。

勿論、メンバーの全員がゼロの思想に共感している訳ではない。

それはわかっていたが、ゼロの思想に共感していたもの達も今この会場で犯人に対して罵倒していた。

ゼロはこの現実をその場所で目の当たりにし、胸を締め付けられるような感覚を味わう。

しかし今はその想いに左右されている場合ではない。

ゼロは腰をおろしていた椅子から立ち上がる。

ゼロが立ち上がりとざわつき出していたもの達が一気に黙り、会場が静まり返った。

これからアダマンタイトという組織がどう進むか、その方向が決まる審議会が始まる。



ー4ー


広く、厳粛な雰囲気の会場にバンファム達は通される。

そこには数百もの人々が会場を埋め尽くしていた。

中央の教卓まで促されそこにバンファム達13人が横一列に並ばされた。

バンファム達の目の前には奇妙な白装束に白い仮面を被った男達がこちらを見下ろしている。

自分達がこれからどんな罰を与えられるのか、不安と恐怖で身が凍りそうな感覚を

バンファム達は味わっていた。

周りの観衆達から罵声が浴びせられている。

言葉はわからなくともそれが自分達に対しての憎しみ、怒りのものだとすぐにわかる。

まるで四方から銃を突きつけられているかのように言葉がバンファム達に突き刺さる。

しばらくすると観衆の言葉が鳴り止んだ。

壇上の一人が立ち上がったからだ。

ゼロである。

ゼロは観衆達を黙って一回り見渡すと、一言を放った。

“これより是非を問う”と。

観衆達は一瞬高ぶった感情をあらわにしようとしたがゼロの厳粛な佇まいに言葉を飲んだ。

ゼロはスッと目線をバンファム達に向けると話し始めた。

ゼロから発せられた言葉はフランスの言葉でバンファム達には理解ができないでいる。

するとバンファム達の横にいた白人男性がバンファム達にタイの言葉で通訳を始める。

ゼロはまず彼らに年齢を尋ねる。

バンファム達はそれぞれ自分の年齢を伝えた。

皆、14歳から20歳前後だった。

次にゼロは事の経緯を尋ねる。

代表としてバンファムがゼロの質問に答える。

バンファムは自分達が企画して行ったストリートファイトで

殺害してしまったセシリア エヴァンの友人男性を病院送りにしたことから

その関係者に仕返しをされ、自信が腕を折られた。

そのことを根に持った仲間達がまたその仕返しをした。

その際に誤ってセシリア エヴァンを殺害に追いやってしまったと伝えた。

付け加えて殺すつもりはなく、女性に危害を加えるつもりもなかったと言った。

セシリア エヴァンが男性をかばおうとした際に咄嗟に飛び出してきたことで、誤って危害を加えてしまったとバンファムは仲間達に聞いたことをそのままゼロに伝えた。

バンファムの話は横にいた通訳の人物を通してゼロ、強いてはそこにいる人物すべてに話された。

そこでグレゴールが立ち上がった。

バンファムの言葉に反論をする。

鈍器を使用していたことについて。

鈍器を使った大人数での襲撃で殺すつもりがなかったと言うのは極めて信じがたいし、もし殺害するつもりが本当になかったとしても、その考えては極めて浅はかであると述べた。

バンファム達にも内容は通訳を通して伝えられた。

バンファムの仲間達はそれに対して一斉に反論した。

“端から自分達の話なんて聞こうとしてない”

“それは一方的な解釈だ”

“俺達をバカにしている”

など。

バンファムとブンミー、他数名は何も反論しなかったが、一部の仲間達がグレゴールの言葉に意義を申し立てた。

自分達の言葉を信じてもらえないことへの苛立ちをぶつけた。

グレゴールは少し呆れた顔でバンファム達を見下ろす。

その時、スッとドミニク・フォーレが立ち上がり、

“お前達は実際に人を殺した”

“お前達に反論する権利はない”

と怒鳴り声を上げた。

ドミニクの威圧感でバンファムの仲間達も黙り混んだ。

ドミニクの言葉はすぐに通訳によってバンファム達に伝えられ、それを聞いたバンファムの仲間達は再度反論を訴えた。

ドミニクはバンファムの仲間達の態度に怒りをあらわにし始めた。

それを察したかのようにグレゴールが話し始める。

それはバンファム達にではなく、観衆達に向けた言葉だった。

グレゴールは“もしもセシリアエヴァン殺害の情報をタイの警察に正直に話し、彼らが捕まり法的な措置により刑務によって裁かれたとする”

“死刑を宣告されたとしてもされなかったとしても彼らのような人間は自分達の犯した罪を自覚しない可能性が極めて高い”

“マフィアの予備軍のような人間は人を殺したことを逆に自負するだろう”

そこでゼロがその言葉に対し“それを偏見というのではないのか”と反論した。

グレゴールはそれに対し、“可能性の話しをしている”と突っぱねた。

グレゴールは話しを続けた。

“今我らアダマンタイトの思想は偉大なるゼロ氏の思想が我らのお手本となっている”

“人は罪深いもの、だからそれを戒め、全ての人を愛し、人の罪をも受け入れようというのがゼロ氏のまるで神の子のような思想だ”

“その思想、その振る舞いを見て我々は皆共感し、ゼロのような人間になりたいと思い、彼に着いていき、彼をアダマンタイトの

最高幹部にまで崇めてきた”

“私もゼロを尊敬し崇拝していた一人だ”

“しかし・・・”

“我々は一つの岐路に立っているのではないだろうか”

“ダニエルエヴァンは最愛の娘を亡った”

“まだこれからという人間の命が奪われてしまった”

“その悲しみは計り知れない”

“彼の気持ちを想うと私はセシリアエヴァンの命を奪った人間を殺してやりたいとさえ思った”

“しかしゼロの教えはそのことさえも許そうと言うことだ”

グレゴールがそれを言ったあと皆はゼロに注目を示した。

グレゴールが言った言葉が真意なのかどうかを確かめたかった。

しかしゼロは何も言わなかった。

間違いではないからか、それともグレゴールの話が一通り終わった後に真意を話そうと思っているのか。

少しわだかまりを残しながらも話は続いた。

“私はこのことをキッカケに一つの答えを出そうと思う”

“それはゼロが牽引してきた教えに対する答えだ”

“彼の教えは間違っている”

グレゴールのその言葉にそこにいた皆が唖然とした。

いわば自分達が決めた組織の代表の思想を非難するということは、アダマンタイトの全会員を非難することと一緒だからだ。

皆が呆然とする中グレゴールは平然な顔をして話を続けた。

“人の始まりは善でも悪でもないだろう、しかし人は善にも悪にもなる”

“人を許すというのは間違いだ”

“正しいのは人を正すこと”

“我々が人々を正す道しるべをつくるのだ”

グレゴールは会場に集まったアダマンタイトメンバーに対し力強く訴えた。

グレゴールは事細かくは語らなかった。

しかしグレゴールが発した言葉が起爆剤となり、それぞれの思考の中で色々な解釈と思想が生まれていった。

道しるべ・先駆者・特別な存在。

元々自分達が特別な存在であることを自負することを目的として集まった人間達である故、

グレゴールのその傲慢とも聞こえる演説はその場では普通のことのように聞き入れられていく。

会場のメンバー達は目を輝かせて自分たちの生きる意味を見つけたかのごとく歓喜していた。

グレゴールはその後なにも言葉は発しなかった。

もうこれで十分だというような表情を見せる。

そこでゼロは腰を落としていた座席からスッと立ち上がり、皆に話しかけた。

“私達は何者だ”

落ち着いてはいるが、その言葉に深い苦悩と少しの苛立ちを感じさせる言葉を発した。

この歓喜を促した張本人のグレゴールは何も語らずじっとゼロを見つめている。

もうグレゴールが何も言わずともメンバー達の気持ちは一つの道に促されていた。

“我々は選ばれしものだ”

“今そのことに気がついた、我々がやるべきことは人を正しい道に導くことだ”

“よく考えてみればゼロの教えは他の人間に合わせていたということではないのか”

“我々が道しるべだ、我々が基準だ”

そこに集まったアダマンタイト数百のメンバー達が各々一斉にゼロに反論をしたのだ。

もはやもうゼロの言葉など何一つ届くはずもない状況になっていた。

ゼロを崇拝していた者達はグレゴールの思想に反旗を翻したのだ。

ゼロは何も反論はしなかった。

今この状況で反論などしても何も意味がなく、むしろ逆効果になることは誰の目にも明らかである。

この瞬間、ゼロの牽引してきたアダマンタイトの体制は崩壊した。

アダマンタイトの最高幹部の選定はメンバーの推薦からなる。

もうゼロはアダマンタイトの最高幹部の座を事実上降ろされたことになるだろう。

そして次期最高幹部の座につく可能性があるのは今メンバーの意向をまとめ上げたグレゴールになる可能性が極めて高い。

ゼロはそのことをすでに察したかのように壇上から降りた。

そして会場からその姿を消したのだ。

グレゴールはゼロの後ろ姿をじっと見ていた。

少しも目を離さなかった。

グレゴールの表情は喜怒哀楽が何もない、不自然な位の無の表情をしていた。

ゼロがいなくなり、もはやその場はすでにグレゴールが皆を率いているよう空気になっていた。

“さて”とグレゴールは脱線した話を元に戻すかのように一呼吸置き、バンファム達に向き直った。

バンファム達は外国語で話されている会話をまったく理解できていなかった。

通訳も今の話を略して彼らに説明することはしなかった。

“2日後、彼らには犯した罪を償うため、罰を受けてもらう”

グレゴールは唐突にそう言い放った。

“これをきっかけに我々が世界の秩序を創り上げていくのだ”

低く、けれども力強くグレゴールは観衆に向けて語りかけた。



ー5ー


審議は開始からわずか20分程の時間で終った。

バンファム達は2日後の刑罰を言い渡されまた地下の牢屋へ連れて行かれた。

そのころ審議が行われていた際、会場の出入り口、中央の扉付近に見張りをつけられながらも

その光景を見ていた大和は、審議終了の後すぐに見張りの止める手を振り切り、グレゴールに異議を申し立てるため、

近付いて行った。

大和はこの前の話と違うとグレゴールを問い詰める。

全ての会話が理解できてはいなかったが明らかにバンファム達の意見を度外視したものだった。

質疑応答が全く行われていなかった。

グレゴールは眉間にシワをよせまるで目の前にあった蜘蛛の巣をはらうかのように手を払い、

その場にいた側近に対応を任せその場を急いであとにした。

呼び止めようとする大和を4、5人の側近が遮り、大和を押さえつけた。

押さえつけたまま大和を会場の外に連れ出し、その場の壁面に突き飛ばした。

突き飛ばされ、大和は頭に血がカッと登り殴りかかろうかと思う意識をグッと止まらせた。

突き飛ばしてきた側近達の態度にも、グレゴールの態度にも頭にきていた。

なにより先ほどの審議の内容とグレゴールの嘘に暴れ出したくなる。

しかし大和は自分の感情を押さえつけた。

ここで自分一人が暴れたところで何にもならないからだ。

感情に任せ自分自信のことだけ考えればきっとこの場で暴れまわるだろう。

数人の相手を叩きのめす自信はある。

しかし、目の前の相手を倒してもバンファム達は助けられない。

どのみち助けることなどできないかもしれない。

だがここで感情に任せては何もならないと、

大和はそれ以上食い下がらなかった。

側近達も大和がこれ以上行動してこないとみてその場をあとにしていった。

刑罰が執行されるのは2日後と言っていた。

それまでに何かできる方法を考えようと思った。

バンファム達はすでに地下へ連れていかれた。

大和だけ残されたままだった。

おそらく大和の存在を忘れてしまっているようだ。

今のところ自由に行動できる。

とはいえ白人達しかいないこの状況の中でアジア人の大和が紛れればすぐに違和感が出てしまい捕まってしまうだろう。

しかし今は運よくあまり人目につかない場所にいる。

この場で様子を見計らって外に出ようと思った。

そして駄目元だがこの国の警察に拉致されたことを伝えバンファム達を解放させるしかない。

先ほどの審議のあの異様な雰囲気が大和の胸の中に虫が迸るような嫌な不安感を感じさせていた。



ー6ー


樹木の緑が鮮やかな色を染めている季節、

人々は清々しい、心が弾むような気持ちであることだろう。

なのに自身の気持ちはどうだ。

この神々しいした季節に身を傾けることができない。

自身の頭の中にあるいくつもの記憶がそうさせない。

全てを投げ出して諦めればいい。

自身の信念など曲げてしまえばいい。

そう何度も言い聞かせようと、どこかの心の片隅にまるで

腫瘍のようなものができていて引っかかってしまう。

まだ自身が未熟だったころは諦めることなど簡単なことだろうと思っていた。

しかし今は諦めるということが自身を否定し否定されていること、

その現実を受け止めて笑い飛ばすなんてことは到底できなかった。

それは、今まで行なってきたことに対するプライドもある。

なにより今まで力になってくれた人のことを思うと

たやすく諦めの言葉を吐くことができなかった。

ゼロは審議会の後、建物の一室で窓から見える外の景色を眺めながら考えをまとめていた。

これから自分は何をすればいいのか。

自分の存在価値とは。

そんなことが頭の中を巡り巡っている。

そんな時、外から荒々しい物音を聞こえてきた。

何人かの人間の大きな声も聞こえる。

“そいつを捕まえろ”

その言葉がはっきりと聞こえた。

ゼロは何事かと慌てて部屋を飛び出し、その声のする場所へ向かった。

建物の外から声が聞こえる。

ゼロは外へ出て状況を把握しようとする中、近くにいた人間に何事かと尋ねる。

“連行してきた犯人の一人が逃走したそうです”

そう答えた。

ゼロもすぐさま外に出て確認する。

何人かの人間が腹部や足、股間などをもがき、押さえ倒れ込んでいた。

その先に一人の東洋人を数人の男達が取り囲んでいた。

スッとその東洋人のつま先が地面から離れた。

と同時にその前に立っていた人間の腹部に突き刺さり、そのものはうめき声をあげて倒れこむ。

その隙に東洋人は駆け出した。

慌てて数人の男達があとを追う。

“車の鍵を貸せ”

ゼロの背後からその言葉が聞こえた。

聞き覚えのある声。

その声の主は早足に建物へと続く階段を降りその前に駐車してある車に乗り込もうとする。

その声の主はドミニクフォーレだった。

そう簡単にはこの広い敷地内を人間の足だけで出ることはできないであろう。

そのことを知っているドミニクは車で逃走した東洋人を追いかけることにしたのだ。

ドミニクはエンジンをかけ、アクセルを強く踏み込んだ。

土埃を撒き散らし車は勢い良く飛び出した。



ー7ー


広大な敷地だった。

手入れの行き届いた草木が中庭を取り囲み、中央には大きな噴水がどうだと言わんばかりに威厳と存在感を出していた。

大和はその中庭を疾走して行った。

連れてこられる時に車の中から入り口から建物までの経路は覚えている。

“方向的にはあっちのはずだ”

車が通るよう舗装された道の経路は建物までぐるっと回って向かっていた。

直線で行けばこっちのはずだと大和は車の通ってきた道をそのまま戻ることはせず、

建物から出口までの直線距離を走って行った。

この建物は高い壁に覆われていた。

あの壁をよじ登るのは困難だ。

やはり出入口の門を開けるか、格子状になっていたのでそれをよじ登るかしかない。

大和はそう考えながら駆け抜けた。

後ろからは何人もの人間が追いかけてきていた。

しばらく走ると壁と壁との間に隙間があるのが見えた。

門だ。

出入口の門がある場所へ到達した。

すぐ門が見えた。

そしてすぐその前に一代の車が停まっていることも確認できた。

先回りされたか。

その車の前に一人の男が立っている。

短髪でガタイのしっかりした男だ。

岩のような身体。

身長も180cm以上はある。

ブラウンの髪に目鼻立ちの整った白人男性。

大和はその男の前で立ち止まり対峙する。

後ろからも他の人間達が追い付いてきていた。

大和は身構える。

すると車の前で先回りしていた男が大きく右手を上げ、追い付いてきた人間達に止まれというような合図を出した。

その人間達はその合図を受け困惑した様子ではあったが言う通りに立ち止まり、切らした息を整えようとする。

その男、先回りしていた男、耳が若干潰れている。

左手薬指の第一関節が少し曲がっていたり、鼻も少し傾いているように見える。

簡単には突破できないと感じた。

だから立ち止まってしまった。

それが正解か不正解かはこれからわかる。

大和は一気に先回りをしていた男との間合いを詰め、鋭く一直線に伸びた右の前蹴りを打ち込んでいった。



ー8ー


ドミニクは逃走した東洋人の後を車で追いかけようとはしなかった。

はなから草木で生い茂るこの敷地内を車で追いかけられるとは思っていない。

車で出入口に向かった。

出入口に向かうはずだと想定した。

ほぼ勘という感覚で出入口にむかった。


ドミニクは出入口の門の前に車を横付けして門を塞ぐように停めた。

門の前にいるのはドミニク一人だけだった。

ドミニクは腕を組み車のドアに腰をもたれさせた。

2分ほど、いや2分も経っていないであろう。

ふと前方に人影が見えた。

見えたと思えばみるみるその人影は人の形を鮮明に浮かび上がらせ、挙げ句には目の前に一人の人間が対峙していた。

速い。

鼻筋か通り、目鼻立ちの整った顔立ちの男だった。

身体つきも細身だが、胸、肩、太もも、前腕が服の上からでもわかる位発達した筋肉質な身体だ。

そして両の拳が潰れている。その拳の皮膚は分厚くなっていて、少し変色している。

“やぁ、運命を感じるよ”とドミニクは言った。

ドミニクも格闘技の経験があった。

主にコマンドサンボを扱う。

ドミニクはフランスの軍隊に所属している軍人であった。

フランス軍独自の格闘技“TIOL-C4”も扱える。

格闘技をやっているもの同士の何かを感じたとでもいうのであろう。

ドミニクは持たれていた車のドアから腰を上げ、両足を肩幅位までに開くと半身の状態をとり、腰をやや落とした。

組んでいた腕をほどき、だらりと真下垂れ下げ、両の手を1、2度軽く振るった。

ドミニクは息を吸い、そして吐いた。

自然と身体が生きるために行う行為。

何の意識もしていなかった。

しかし、目の前の男、この東洋人はそれを計ったのように息を吐く絶妙のタイミングで間合いを一気に詰められ前蹴りを腹部に潜り込ませてきた。

重く、精度の高い蹴りだった。

見事に緩んだミゾオチに彼の爪先がめり込んでいた。

ドミニクはたまらず身体をくの字に曲げ苦痛を和らげようと自分の腹を抱え込んだ。

深く沈んだしまった顔のあたりだった。

風圧が左の頬を押しつぶしてきたかと思うと、すぐにそれは実体となって顎先に当たり顔全体を弾き飛ばしてきた。

天地が逆転し異世界にでも紛れ込んでしまったかのような感覚。

どこが前でどこが後ろか、どこが空でどこが地面なのか。

だがドミニクは今自分がどうゆう状況になっているのか知っている。

目の前の男の拳が自分の頭を弾き飛ばし、自分が倒れかけている状況の感覚ということを。



ー9ー


大和は相手の呼吸を読む癖がある。

癖というよりは常に相手の呼吸をを読むよう意識して生活していた。

それはやがて感覚の中に深く染み付き、感じることができるようになっていた。

闘いの中で意識して、考えて行動するということは意識してから行動に移るまでに微小のズレが生じる。

そのズレは神経を研ぎ澄ましたもの同士の闘いの中では大きなズレとなり、勝敗を左右する要因となる。

目線は真っ直ぐに相手の目を見ていたとしても足元を狙おうとしていたとするとその瞳孔は真っ直ぐを見ていない。

人間はそれを無意識の中で違和感として感じ取ることが出来る。

違和感はありとあらゆるものを連想させ想定をつくりだす。

何が来るか察しがつく。

その違和感を感じさせない人間の攻撃は速く、怖い。

何が来るかわからないから。

大和の攻撃はそれに近い。

先回りしてた男が身構えようとしたその時、呼吸が読めた。

自分の攻撃が当たるという感覚が脳裏に浮かんだ時にはもう体は動いていた。

目の前の男の腹部に吸い込まれるように、大和の右の前蹴りは真っ直ぐに伸びていた。

男の腹部に突き刺さった大和の前蹴りは、ミゾオチをとらえ、男は腹部を守るかのようにふさぎ込んだ。

腹部の痛みから男はアゴを大きく開けてしまう。

神経が研ぎ澄まされ、脳内から頭皮にかけてビリビリと電流が流れ込み毛根が逆立ったような感覚を大和は感じている。

すでに大和の足は自身の右の拳を打ち出すため地に戻り、踏み込んでいた。

大和の両足と腰は螺旋を描き、力を右の拳に伝え、男の無防備に開いたアゴ先を撃ち抜いていた。

成す術なく男は重力に従うように地面に吸い込まれていった。


大和は門に横付けされた車のボンネットに手を着き体を滑らすように飛び越えた。

車のボンネットを飛び越えて地面に着地した時、左足の太ももあたりに何か違和感を感じた。

咄嗟にその箇所を手で押さえると自分の太ももに液体状の何かが溢れ出ていた。

ヌメッとした感覚の黒みがかった真っ赤な液体。

おびただしいまでの血がそこから流れ出ていた。

後方から大きな声とともに拳銃を構えた数人が大和を取り囲んでいた。

彼らの拳銃にはサイレンサーと呼ばれる消音器が取り付けられたものだった。

おそらくボンネットを飛び越えた際に撃たれた。

大和はそのまま立ち尽くした。

銃を構えた人間達が何やら叫んでいる。

しかしフランス語は大和には理解できない。

大体の察しはついてはいた。

“手を挙げろ” “地面に手をつけ” などのことであろう。

しかし大和はその言葉には反応は示さなかった。

この状況で突破口を探していた。



ー10ー


ゼロは騒ぎとなっている場所に来ていた。

黒髮の東洋人を数名のアダマンタイトのメンバーが拳銃を構え、取り囲んでいる。

その東洋人はこんな状況でも冷静な表情をしているとゼロは思った。

しっかりと地面に足を着き、両手を垂らした状態だった。

周りから銃を突きつけられて、いつ撃たれるかわかならい中で通常ならその銃口に恐怖を感じ、

その銃口からなんとか逃れそうとするだろう。

身を隠すなり、撃たないでくれと必死になって訴えるなりの方法をとるだろう。

しかし目の前の東洋人はそれをまったくしない。

ただ立ち尽くし、少しでもチャンスがあれば攻撃をしかけてやるぞと言わんばかりの顔をしていた。

よく見れば、その東洋人は左足から鮮血が流れ出していた。

もうすでに足を銃で撃ち抜かれている。

その状況でまだ冷静でいるということがゼロには理解できなかった。

ドミニクが車の前で意識を失い倒れこんでいた。

この東洋人がやったのか。

明らかに怯えているのは数名の銃を構えている人間に取り囲まれているこの東洋人ではなく、

銃口を向けているアダマンタイトのメンバー達の方だ。

もしこの東洋人が何らかの動きを見せれば、銃を構えているアダマンタイトのメンバーは、

その恐怖を取り除かんとばかりにその命を奪うため発砲するだろう。

頭なり、心臓に向けて。

“もうやめろ!銃を下ろせ”

ゼロは咄嗟にそう叫んだ。

ゼロの言葉を聞いても銃を構えているもの達は銃を下ろさなかった。

ゼロはゆっくりその場所まで歩いて行った。

その東洋人と銃を構えているもの達の間に入り、東洋人を凝視した。

その東洋人も鋭い眼差しでゼロを凝視する。

ゼロはフランス語ではなく英語で“まず足の治療をするんだ”と言った。

“彼らを解放しろ”

その東洋人は英語でそう返して来た。

意外な答えだとゼロは思った。

自分だけが助かりたくて、仲間を置き去りにしてきているものだと思っていた。

ただの気まぐれか、それとも何かの策があってのことなのか。

“ここに連れてこられている人間の中には事件に関与していない人間も含まれている”

この東洋人はそう言った。

ゼロは少し驚いた表情を見せたが、何も語りはしなかった。

その時突然目の前の東洋人は目を見開いて崩れ落ちた。

この東洋人の後方に棒状の武器のようなものをもっている人物がいるのが見えた。

話をしている隙にこの東洋人の背後に回り込んで、手に持っている棒状の武器を使って

倒したのだろう。

この棒状の武器のようなものの正体は“スタンガン”だ。

ゼロもこの武器のことはよくしっていた。

威力がとても強い護身用のもの。

おそらく数時間は動けないであろう。

ゼロは近くの人間にこの東洋人を屋敷に運び、手当をすぐにするよう指示を出した。



ー11ー


知らない場所だった。

知らない場所のはずなのにどこか懐かしい。

夕暮れ時、仕事が終わった会社員や、遊び疲れた小学生達が街中をそれぞれの思いを描きながら歩いている。

どこか懐かしいこの街並みを大和も歩いていた。

少し歩くと一件の喫茶店が視界に入ってきた。

昔からこの場所にあるような古びた外装のここは、ノスタルジックでもあり新鮮でもあった。

普段大和はこのような喫茶店に入ってコーヒーでも飲みながら一時の時間を楽しむといったことをする

心に余裕のある人間でもなかった。

しかしこの時は何故かこの喫茶店へと足を運ばせていた。

自分でも不思議なくらい自然に。

まるで誰かと待ち合わせでもしているかのようだ。

入ると中は少し薄暗く暖色の明かりが店内を照らしている。

左手すぐにレジがあった。

年期の入ったレジは少し黄色味がかった色をしている。

元々は白に近い色をしていたのだろうがタバコのヤニでこの色になったのであろうことがわかる。

右手側に並んだテーブル席のテーブルの上には灰皿が当たり前のように置かれている。

壁側がソファーとなっていて通路側に背もたれの付いた椅子がテーブルを挟んで並んでいた。

テーブルは5つほどある。

左手側はカウンター席だ。

そのカウンターの一番奥の席に見慣れた顔の男がいる。

にこやかに大和を見つめ笑っていた。

武谷 悠士がそこにいた。

大和は自然と悠士のそばへと向かい隣の席へ座った。

ごくごく自然に二人は会話をし、笑った。

“今度裏原宿に服買いに行くの付き合ってくれ”とか“家の近くにあるコンビニの店員の女の子がすごく可愛かったんだ”など

些細な出来事や他愛もない話で盛り上がった。

この時間がものすごく幸せだった。

ここにずっと居たいと思った。

でも変だ。

なんで変なんだ。

こんな現実はもうどこにもないからだ。

大和の視界が突然切り替わった。

鮮明に映し出された世界は異世界から現実世界に引き戻されたかのようだった。

いや、そんな不可解な出来事でもなんでもない。

眠っていただけだ。

それで目を開いただけだ。

ただの夢だったんだ。

大和はこんな夢を何度も見てきた。

この後だ。

この後が絶対に取り戻せないという現実を嫌でも叩きつけられ、切なく、悲しく、虚しく、自分自信を嫌いになり

行き場のない苛立ちを湧き上がらせる。

歯を食いしばろうが自分の髪の毛を毟ろうが自分の皮膚を引き千切ろうが何も変わらない。

何も変わらないんだ。

この苛立ちを耐えるしかない。

耐えて時間が経つのを待つしかないんだ。

“目が覚めたか”

ふいにその言葉が耳に入った。

誰だ。

その前にここはどこだ。

大和はむくっと起き上がり、声のした方を見た。

そこには髪の長い長身の男がいた。

そうだ、あの時の男だ。

傷の手当てをしろと言った男だ。

その先に何があったのかがわからない。

記憶がぽっかりと抜き取られてしまったようだ。

“君はあの後我々にスタンガンを当てられ気を失った”

“そして傷の手当てをするためここに運ばれたんだ”

長身の男が大和にそう告げた。

ここは、ベットの上だ。

広い部屋だった。

殺風景ではあるが、気品ある部屋にいる。

そしてここにはこの長身の男と大和だけだった。

“何もするな、私達も君に何もしない、信じろ”と長身の男はそう大和に言った。

大和はその言葉を信じたわけでもなかったが、むやみに争うつもりもなかった。

だからまず礼を言った。

銃弾を撃ち込まれた太ももの傷の手当てをしてもらったことに対しての礼だ。

それを聞くと長身の男は少し苦笑して“素直だな”と言った。

大和は何も言わなかった。

“君と少し話をしたい”長身の男は大和にそう言った。

大和も“俺もちゃんと話がしたい”と伝えた。

“まず君は一人でこの場所から逃げ出そうとしたのではないのか”と長身の男は言った。

“彼らを救う為にはここから抜け出す必要があった”

大和は警察にダメ元で駆け込もうとしたことまでは話さなかった。

“そうか、しかしもし大使館や警察にこのことを伝えようとしたのだとしたら、それは結果的にうまくはいかないだろう”

“この団体の中にはその関係者を黙らせることのできる人間が何人もいる”と長身の男はそう言った。

やはりと大和は思った。

タイでの一件もあり、なんとなくではあったが想定はできていたが、動かないよりはマシと行動したことだった。

大和はまず自分がここまで来た経緯を細かく彼に説明した。

ブンミーとの出会いや、バンファムの母親のことも。

何故かこの男には話していいと思った。

その上で少なくともバンファム、ブンミーの無罪は訴えた。

そして、ここでこれから何を行おうとしているのかを問うた。

長身の男はセシリア エヴァンを殺害した犯人達以外の第三者がここに来ていることは知らなかったと大和に伝えた。

さらにこれから行おうとしていることについての詳細は自分にはわからないと言った。

しかし、なんとなくではあったが何かをためらうような感じを大和は感じた。

少しの間沈黙が続いた。

時間にしたら30秒ほどの時間であったろう。

長身の男はふと大和に目を向けると言葉を発してきた。

“おそらく、私たち組織の覇権争いの題材として君たちが丁度よかった可能性がある”

長身の男の口からそう告げられた。

大和は眉間にしわを寄せ怪訝な表情をした。

“私たちグループの元々の思想は白人至上主義という差別的概念が根底にある”

“白人がどの人種よりも優れていて、どの人種よりも気高く、美しいと”

“私はその根底にある偏った思想を変えなければこのグループを存続させることはできないと思いここまでやってきた”

“私の家系が何代も前から属す組織であるが故、時代錯誤の思想が受け継がれてしまっている”

“だがその思想は危険だ”

“危険なものを生み出す可能性が十分すぎるほどにある”

“だから私は生涯をかけてでも根底にあるその考えを無くすよう努力をしてきたつもりだ”

“しかしグレゴールという男がその根底にある思想を掘り起こしてきた”

“その起爆剤に君たちが丁度よかった”

“皆の意見を一致させるために”

“皆を賛同させるために”

“白人の存在価値が高いことを皆に訴え、メンバーの中にある優越感をより刺激した”

“それを巧みに利用しグレゴールは覇権を手にいれるつもりなのだろう”

そこまで長身の男が話すと

“白人を殺したのが有色人種である必要があったということか”と大和が問うた。

“おそらく同じ白人通しの事件を題材にするより訴えやすかったのであろう”

長身の男はがそう答えをだした。

“覇権を手にいれるために全員を利用しているだけではないか”

大和は少し感情が高ぶったようにそう口にした。

今の話でグレゴールという人間が先ほどの審議の際に壇上で一人声を高らかにし

周りの人間から絶賛されていたあの男のことだとわかった。

今の話ではグレゴールという男は自身の私利私欲のために殺された被害者のことをも利用している。

だから審議の時、バンファム達に訴えいるのではなく周りの人々に訴えかけた。

自身をアピールするために。

とすれば白人を殺した有色人種に対する刑罰をどのようにグレゴールはするのか。

きっと自分の感情などどこにもないであろう。

周りの人間が納得することをやるだけだ。

だからどこまでやるかわからない。

“こんなことはやめさせるべきだ”

大和は長身の男にそう訴えかけた。

長身の男はは少しうつむき

“殺したという事実がある以上、私の声は全て跳ね返されるだろう”

“だったら俺がなんとかする”

大和はそう答えた。

長身の男は目を丸くして大和を見つめた。

“君にどうこうできる問題ではない”と長身の男は言った。

当たり前の意見だと大和は心の中でそう思った。

しかし

“だからといってここで諦めるべきことではない”と強い信念を持つような言葉を長身の男に訴えた。

“君は随分と・・・”

長身の男はそういうと言葉を濁し、

“なんというか、普通の人間であったら関わり合いたくないと思うことを自ら首を突っ込んでいるようだ”と言った。

大和は何も言わなかった。

“今の話では本来なら君はここに来なくてもいい人間だ”

“何故だ”

“怖くはないのか、足まで撃たれていて”

長身の男は不思議なことのように大和に問う。

“まるで自分から死を望んでいるようだと、そう言いたかったのでしょう”

大和は長身の男が口を濁した言葉がそれであったのであろうと言った。

“私には理解ができない”

長身の男がそう言った。

“理解してもらうつもりもない、だが自ら死を望んでいるわけでもない”

“生きるために俺はここに来た”

大和はそれ以上何も言わなかった。

また沈黙が続いた。

“私に任せてくれ”

長身の男は大和にそう伝えた。



ー12ー


ステンドグラスから漏れる色とりどりの光が

幼いキリストを抱いたマリア像のやさしく微笑む顔を照らしている。

同じ光が瞼の上から降り注ぎ神秘的な色合いを感じさせる。

目を開けていては見えないものを見せてくれる。

ゼロはマリア像の前に立ち交差するいくつもの思いが頭の中にめぐりながらも

目を瞑りその瞼に映る光に意識を集中させていた。

神に教えを請うように。

小さな教会だった。

山々に囲まれた自然豊かな場所。

建物も歴史を感じさせる。

いくつもの時を経てここに存在するのであろう。

その小さな教会の扉が少し開いた。

一人の人物が中へ入ってきた。

その人物はそのまま歩を進めゼロのもとまでやってきた。

ゼロは瞑っていた目を開き目の前のマリア像を見つめた。

マリア像を数秒見つめ、ゼロは振り返る。

そこに立っていた人物はグレゴールだった。

“ここで会うのは久しぶりだ”とゼロはグレゴールに言った。

グレゴールは何も言わない。

“君がまだ幼いころ私に言ったことを覚えているか”

ゼロはグレゴールに質問をした。

グレゴールは何も言わない。

“君は海洋生物を研究する学者になりたいと言っていたね”

ゼロはそのまま話を続ける。

グレゴールは何も言わないまま。

“君のお父様は熱心に君に帝王学を学ばせて跡取りとしての自覚を持たせたいと常々私に言っていた”

“今考えればそれは君にとって重荷でしかなかったのかもしれないね”

“広い海の生物に惹かれるのも、学者という個人の研究を尊重する職業に惹かれるのもそのためだったのか”

“君はどう思うか”

ゼロはまたグレゴールに質問した。

“まだ何も理解していない子供の話です”

グレゴールはそう答えた。

“今でも学者になりたいということは思わないのか”

ゼロが言った。

“思いません”

グレゴールが即答した。

“私は人の上に立つ運命にある”

グレゴールはそう続けた。

“バーン財団の跡取りとしての自覚から自分を犠牲にしているのではないか”

ゼロはグレゴールにそう告げた。

グレゴールは少し苦笑した。

“今ではいくつかの事業を父から任されている”

“何かやり遂げ実績をあげるごとに私は自分の存在価値がいかに高いかを実感できる”

“生きていてこんなにもやりがいを感じることは他にない”

“人の上に立てる人間がどれだけの価値があるのかあなたもわかっているはずだ”

“楽しいと思う”

“嬉しいと思う”

“こんな気持ちが自分を犠牲にしていて湧き上がることはありますか”

とグレゴールは語った。

“バーン財団を統括するその練習としてアダマンタイトを統括しようとしているのではないか”

ゼロはそう言った。

“昨日のセシリア エヴァンの件に関してのことを言っているのであれば”

“私はただ自分の主張をしただけです”

“ただアダマンタイトという団体がどういう方向性を持つべきか”

“それを皆に訴えた”

“私の考えに皆が賛同した”

“この社会で正しいということは多くのものがそのことに賛同するということ”

“私の考えが正しく、あなたの考えが間違っていた”

“ただその結果がでただけです”

グレゴールは淡々とそう語った。

“君の訴える思想は危険だ”

ゼロはグレゴールにそう忠告した。

グレゴールは何も言わないままゼロの目をじっと見ていた。

“君の傲慢な主張のために差別的思想の人間が増えれば人は必要以上に人を憎み、罰し、それを正当化しようとする”

“それが大勢になればなるほど当たり前の考えになってしまう”

“今回のことはもう終わりだ、タイの警察に事情を話、連行してきた人間を引き渡せ”

ゼロはグレゴールにそう言った。

“わかりました、そうしましょう”

グレゴールはあっさり承諾した。

“ただし明日の刑の執行の場所でセシリア エヴァンの両親を納得させてください”

“彼らが納得すれば私は何もする必要などありませんから”

グレゴールはそう言うと後方に振り向き、教会をあとにした。



ー13ー


薄暗く遠くまで続くその通路は、左右の壁にオレンジ色の光を放つ電球が等間隔で備え付けられていた。

細く長いその通路を奥へ奥へ向かうと向かって右側にドアが現れた。

そのドアを開ける。

厚みのある鉄製のドア。

キィという音とともにその扉が開くと広々とした場所に一つの木製の椅子が置かれていた。

重厚な作りのその椅子は簡単には動かせそうにない。

そればかりが椅子の脚は床に固定されている。

背もたれに3箇所、両の肘掛に1箇所づつ、足元にも1箇所づつ、計7箇所に革製のベルトが付けられていた異様な椅子。

異様なのはそれだけではなく、その背面や側面などから電気配線のようなものがいくつも繋がっていた。

その配線は近くの机の上にある大きなスクエア状の機械に繋がっている。

その機械にはいくつものダイヤルやグラフなどが付いている。

その場所へバンファム、ブンミーらは連れてこられていた。

その中には大和の存在もあった。

その光景を目の当たりにしてブンミーは身体中の血の気が引いたような感覚を覚え、手や足が細かく震えだした。

バンファムはただ真っ直ぐ前を向き立ち尽くす。

仲間の何人かは焦りだした表情を浮かべ、助けを求めることを口にしたり、怒りを表しどなり声をあげるものまでいた。

暴れ出したものは何人かに押さえつけられ動きを封じられバンファムたちはその一室の中に閉じ込められるような形になった。

バンファムたちの周りには10人近くの白人たちが見張りをしている。

そして彼らの一人があおもむろに着用していたスーツの内側から小型の拳銃を取り出した。

その銃口をバンファム達に向ける。

モデルガンなのか本物なのかその場ではわからなかった。

だが、この閉鎖された部屋の中で銃口を向けられた人間はその身が凍りついたかのように動けなくなる。

どう逃げればその銃口から発せられる弾を自分の身に当たらないようにできるのかがわからない。

だからなすすべなくその場から動けなくなる。

銃を持っているものを刺激しないように自分の手の震えさえも押さえつけるように静かにしようとする。

誰かが何かを言わなくてもバンファム達は動きを止めた。

この場所で何をされるのか。

この上ない不安感と絶望感で泣き出すものもいた。

この場所にあるあの異様な椅子の正体はおそらく死刑などで使われるものだ。

電気椅子と言われているもの。

誰かがそれを言うまでもなくその場にいるもの達は誰もが理解しただろう。

本当に殺されるかのか。

殺されないという保証がどこにもない。

これからあの椅子に座らされ苦痛に身をよじるのか。

これが人を殺したことの罪の重さなのか。

これが自分たちの罰なのか。

彼らの想いが困惑となって交差する。



ー14ー


30、40人は軽く入れるであろう大きな部屋。

ゼロ、グレゴール、そしてその他30名ほどのアダマンタイトメンバーがそこにいた。

その部屋の中央の壁に取り付けられたテレビモニター。

その画面に今、写し出されている映像がある。

映像の画面中央に機械仕掛けの異様な木製の椅子。

その横に乱雑に並ばされているアジア系の若者達。

その画面にはバンファム達が連れてこられた部屋の映像が写し出されていた。

その映像を最前席で見ている年配の男女と年若い女性がいる。

他のもの達とは少し違う表情をしている。

まるで感情を圧し殺してしまったかのように無表情。

怒りも悲しみも憎しみもその表情からは読み取れない。

その人物達はセシリア エヴァンの両親と妹である。

これから行うことはこの部屋にいる人々には伝えてある。

セシリアを殺した犯人達へ罰を与えると。

グレゴールはスッと席を立つと部屋の隅のテーブルに置いてあるティーポットを手に取り、

備え付けてあったティーカップにそれを注いだ。

そしてそれをおもむろに口に運ぶ。

この状況で誰も飲み物に手を出すものはいなかった。

人を殺した人間達とはいえ、裏工作をし連れてきた若者達を

自分達の手で痛め付けようとしているのだから、普通の人間であれば平常な気持ちではいられないであろう。

だがグレゴールはまるでお茶会の席の見世物を楽しむかのようにゆっくりと紅茶をすすっていた。


“さあ、皆様も召し上がってください”

グレゴールは軽やか口調で飲み物を皆に薦めた。

だが誰も立ち上がるものはいなかった。

グレゴールに対して嫌悪感を抱くような目で見つめるものもいた。

“何をためらっているのですか”

グレゴールは言う。

そこにいた一人の男性が“君はまるで彼らに罪を与えることを楽しんでいるかのようだ”と言った。


彼らがバンファム達に処罰を与えると決めた理由、

それは現在の世界での平等的な考えの不満からきていると言える。

たとえ重罪な罪を犯したとしても、保釈金を払えばすぐに普通の人と同じのような生活をすることもできる。

服役したとしても食事はきちんと与えられ、適度な運動や、仕事して退屈のしないよう配慮される。

本当にその人間がどれだけ人を傷つけていても、どれだけ人に怖い思いをさせたとしても

よっぽどのことでない限りただその人間の自由な時間を数年奪うだけになる可能性がある。

服役して辛く、苦しい思いをしたとしても本当に罪の意識を自覚し更生する人間はどれだけいるのだろうか。

脅し文句で自分の罪を自慢げに語り、服役すら一つのステータスのように言う人間もいる。

残された人間、苦しめられた人間には自分の中にある怒り、憎しみを発散することはできないのだ。

しかしそれが社会のルールであり、最善の方法であるとなっている。

全ては個人個人の人間性の問題になる。


グレゴールは現在のルールを間違っていると主張した。

被害者、被害関係者が納得のいく処罰を与えられていないと言ったのだ。

それに賛同する者が多数いた。

しかし決して楽しむためのものではない。

セシリアの両親、妹のための決断だと信じていた。

だがグレゴールの今の態度はどうだ。

慈悲の心など微塵も感じられない。

ゼロが訴えてきた“全てのものに慈悲の心を持つ”という思想を

彼らは尊敬していた。

だからゴレゴールの今の態度、行動に疑問を持ち始めてきていた。


“こんな虫けら達に何をためらうことがあるのだ”

グレゴールは突然、声を荒げた。

グレゴールの豹変にその場にいた者達は一瞬凍りついたように止まった。

“私達の行うことは全て正しい、私達は皆を正しい方向に導こうとしているのではないか”

“いや違う”

グレゴールの言葉に対してゼロが否定をした。

“君は傲慢な自分の考えを他の人間に押し付けようとしているだけだ”

グレゴールは少し黙り、“自分の考えじゃない、皆が思っていることだ”と返した。

“あなたも、あなたも、あなたも、みんな奴らを殺したいと思っている”

“円柱にくくりつけて火あぶりにし、残った遺体を山に放りやって、熊の餌にでもすればいいと思っている”

“それは我々に対する冒涜だ!”

グレゴールの言葉に一人の男性が声を荒立て反発した。

“嘘をつくな、皆絶対に思っている、綺麗事だけでこの世界が成り立っていくと思うか”

“この組織は綺麗事を並べすぎなんだよ”

“ここにいる連中なんて皆、自分が人間の中の最高位にいると思っている人間じゃないか”

“お前!いいかげんにしろ!”

グレゴールの言葉にまた違う者が激怒し、怒鳴り声をあげた。

“こんなことでためらうのであれば、お前らは人の上に立てる人間じゃあない”

“精精、量産された人間として生きろ”

グレゴールはそう言い放つと部屋を出て行ってしまった。


グレゴールが出て行った後、残ったメンバー達は困惑の色を隠せなかった。

グレゴールの言葉に怒りをあらわにしてはいるものの、

今までこの件の指揮をとってきていたグレゴール当人が罵声を発しこの場からいなくなり、

それに賛同していたドミニク フォーレもどういうわけかこの場には姿を現していなかった。

この件を誰が進行していくのか。

皆この件の指揮などとりたがるものなどいなかった。


必然的にゼロに決断を委ねられることになるのは目に見えていた。

メンバー達は煽るかのようにゼロに決断の要求を迫った。

決断。

それはバンファム達に処罰を執行するのか、しないのかということ。

ゼロはセリリア エヴァンの両親達に視線を向けた。

そして“もうやめましょう”と伝えた。

セシリア エヴァンの親族達の顔に困惑した様子がうかがえた。

そして無表情だったその顔から時折、怒りと憎悪に満ちた顔が見え隠れする。

眼光鋭く、眉間にしわを寄せてそれをなんとか表に現れないようにしているようだった。

しかし彼らに処罰を与える決断をできないでいる。

だから何も言葉は発しない。

ただ黙って考えている。

セシリアの想い、無念さ、それらを考えると今すぐにやつらを殺してしまいたいと思うだろう。

だがそれを間違ったことと認識しているからこそ考えている。

気が狂いそうになるくらいに考えている。

楽になることは可能なはずだ。

全てを欲望のまま、感情のまま動けばいい。

だがそれだけではダメだということはわかっているのだろう。

彼らを殺すわけではない。

ただ自分達の怒りを思い知らせるだけだ。

しかしそれをしてしまったら何かが変わってしまいそうな気がしているのだと思う。

一度行ったことは繰り返す。

セシリアの親族達はきっと色々な想いの中でそんなことを考えているのではないか。

ゼロはそう思った。

ゼロはまず3つの選択肢をセシリアの親族に語りかけた。

ひとつは怒り、憎しみにまかせ、彼らに処罰を与えること。

ひとつは第三者に処罰を委ねるということ。

もうひとつは彼らと気持ちを交わすことだった。


人間は過ちを繰り返してしまう愚かな生き物だとゼロは言った。

一方でその過ちを正そうと考えることができるのも人間ならではのことだと。

では先ほどの3つのうちどれが過ちなのか。

ゼロはセシリアの親族に質問した。

セシリアの親族は真剣に考えた。

考えた結果1と3が過ちだと結論を出した。

しかしゼロの見解は違った。

“私は誰とであっても人間同士が気持ちを交わさないということが一番の過ちだと思う”

とゼロは言った。

人間が気持ちを交わす方法としての言葉。

これは人間しか持っていない能力の一つであると。

気持ちを交わさない、言葉を交わさないでは何も始まらないし、変わらない。

そうゼロは言った。


“まずは彼らと言葉を交わしてみてはいかがですか”とゼロはセシリアの親族に言った。


数分考えたのちセシリア エヴァンの親族の出した決断は

彼らに直接会って、自分たちの思いを訴えかけるということだった。



ー15ー


細く長いコンクリートで固められた通路。

通路のその先、右側には鉄の扉がある。

その通路をゼロとセシリア エヴァンの両親とその妹が歩いてきていた。

バンファム達が隔離されている部屋へと続く通路だ。


ゼロはその部屋の前に着くとその重い扉を力一杯押し開けた。

中に入るとバンファムとブンミーと大和の3人以外の仲間達はまだ喚き散らしていた。

そんな中に現れたゼロは一言、

“彼らを別の場所に連れて行く”

とグレゴールからの指示を待っていたメンバー達にそう告げた。

どういうことかとメンバー達からの質問にゼロは答えることはしなかった。

ただ現在まだ最高指導者であるゼロの言葉に背けるものはいない。

メンバー達は電気椅子の電気系統の電源を切った。


ゼロはバンファム達を連れると、

電気椅子のある部屋を後にし、通路を引き戻して行った。

通路を抜けて螺旋階段を登ると屋敷の広間に出てきた。

広間を抜け少して行くとこの建物のロビーに出た。

ロビーをそのまま素通りして建物の外へと出て行ってしまった。

バンファム達も困惑した様子で建物の外へ出て行く。

敷地の広い庭園を少し歩くとそこに少し古びてはいるがすごく立派で美しい装飾が施された教会が目の前に現れた。

入り口の扉に進むまでに少し階段を歩く。

そして豪華な扉をゼロが開けてバンファム達に中に入るように促した。

バンファム達は恐る恐る教会の扉を潜って行った。

入り口を抜けるとその教会の豪華さは計り知れなかった。

壁や柱に施された美しい彫刻や絵画。

天井や細部にいたるまで緻密に施されている。

圧巻だった。

バンファム達はこんな教会を見たことがなかった。


一筋に真っ直ぐに伸びた通路。

その先に幼いイエス キリストを抱え優しい微笑みを浮かべたマリア像が存在していた。

ゼロはバンファム達をその通路へ進むよう促した。

バンファム達は促されるままその通路を進みマリア像の前に並んだ。

するとゼロは一旦その場から姿を消した。

入り口とはまた別の側にある扉、マリア像のいる祭壇の脇にある扉を開きその扉の向こうへ行ってしまった。


しばらくすると祭壇の脇の扉が開いて、そこからゼロが出てきた。

そしてさらに違う人物も中から現れてきた。

年配の男性と女性、そして年若い女性だ。

ゼロとその人物達は無造作にバンファム達の前に立った。


そしてゼロはバンファム達に英語で“この方達は君たちが命を奪った女性の親族だ”と言った。

その言葉はバンファム達の仲間内の中で英語が理解できるものから

できないものに伝わっていき全員そのことを理解した。

バンファム達は全員動揺した様子を隠せなかった。

それは少し安心したという感情をゼロ達に感じさせた。

人間的な感情が全くない、誰かが愛する人の命を奪ったことを何とも思わない人間ではないということが、ほんの少し、

本当にほんの少しではあるが伺えたからであろう。


セシリア エヴァンの母親が第一声を発しようとした時、

突然バンファムは床に両膝を付き、手を地面に付け、おでこが床にくっ付くほど深く頭を下げた。

そして母国語のタイの言葉で“あなた達の愛する人の命を奪ったこと、本当に申し訳ありません”

と謝罪の言葉を述べた。


バンファムの突然の行動に張り詰めた糸がプツリと切れたかのようにセシリア エヴァンの母親がその場で泣き崩れた。

泣き崩れたかと思うと今度は謝罪をしているバンファムの襟元を掴み泣きながら何かを訴えていた。

“娘を何故殺したんだ、娘を返せ、今すぐ返せ”と。

バンファムはその言葉が何を言っているのかは理解出来なかったが、悲痛の思いは痛いほど感じた。


すると今度はブンミーが他の仲間達に対しこの場で謝罪をするよう促した。

ブンミーは決して謝罪はしない。

自分は関与していないからだ。

連帯責任という考えは彼らにはない。

特にこの件はそうだ。

やっていないものは決して謝ってはいけない。

自分が殺害に関与したことを認めることになるから。

だからブンミーは謝らない。

他の関与した仲間に謝罪するように訴えかけた。

しかしバンファムは関与していないにも関わらず謝罪をしてしまっている。

ブンミーはバンファムを腕を掴み立ち上がらせようとした。

“お前はやっていないのだから”と

しかしバンファムはブンミーの手を振り払い謝り続けた。

仲間達はバンファムの姿勢を見て次々と床に膝を着いていった。

そしてバンファムと同じように両手を床に付き深々と頭を下げた。

その行動はバンファムに敬意を表したものなのか、

罪の意識を心から感じたからなのかはわからない。

人の心の中など、本人以外誰にもわからない。

ただ、その場の光景は人が態度で表すことのできる最善の対応であったように思われた。


セシリアの母親は尚も悲痛の叫びをバンファム達に訴えかける。

セシリアの妹も次第に感情が高ぶっていき、彼らに対し批判の言葉を浴びせた。

そして今まで冷静を努めていた父親も我慢していた今までの思いが溢れだしたかのように批判した。

“姉はもう戻ってこない”

“謝っただけで済まされるはずがない”

“私達の未来をお前達は奪ったんだ”

“怒っても、悲しんでも、祈っても彼女の笑顔を、彼女の笑い声をもう聞くことはできないんだ”

“お前達がやったことはもう取り返しがつかないんだ”

“人間のやることで一番醜く、一番下劣なことをお前達はやったんだ”

“たとえノーベル賞を受賞しようとも、人類に貢献した業績をあげようとも、この重い罪は決して軽くなることはない”

等、セシリア エヴァンの両親、妹は訴えかけた。


バンファム達はそれをなにも言わずただただ黙って頭を下げて聞いていた。

彼らが語っていた言葉はフランス語だ。

バンファム達には内容を理解することは出来なかった。

何を言っているのかわからなかった。

ただ怒鳴り声や叫びは人類共通の感情としてわかることだ。

自分達が批判され非難され罵倒されていることはバンファム達にもわかることだ。

言葉がわからないことはかえって想像力を働かさせる。

事実とは違うことも彼らの中に勝手に翻訳され、心に蓄積されていく。

今バンファム達の心の中は崩壊寸前の状態だっただろう。

それでも彼らは耐えるしかなかった。

床に膝を着いて謝罪の態度を示したとき、彼らは無意識で“覚悟”という気持ちが備わったからだと思う。

謝罪を態度で示していくことでそれは次第に覚悟と無機質な感情を浮かび上がらせていったのだろう。

覚悟とは人間が持つ麻酔のようなものだと思う。

どんな辛い状況でなっても、どんな苦痛を強いられたとしても覚悟はそれを耐えさせる。

覚悟がバンファム達をどんな罰を受けても仕方がないという感情を芽生えさせていったのだ。

それは同時に自分達がやってしまったことの罪の重さに気づいたこと、認めたことなのだ。

ここからやっと人間は変わることができるのだと思う。

一通り言い終え母親と妹はただただ泣いた。

しゃがみこみ、うずくまって泣いていた。

父親は優しく二人の肩を抱き寄せた。

そして父親の口から

“もう二度とこんなことが起こらないよう、ちゃんと罪を償い、深く反省してほしい”

“娘の命を無駄にしないでほしい”

とバンファム達に告げた。

その言葉だけをゼロは英語で略しバンファム達に通訳した。

彼が最後に言った言葉だと。

彼、すなわちセシリア エヴァンの父親が今語った言葉だとわかった。

さっきとはうってかわって穏やかだった。

まだ怒りで声は震えてはいたが穏やかだった。

何故なのか、言葉がわからない状態、通じていない状態のはずなのに何故か感情や愛情は伝わってしまう。

この両親がどれだけセシリアを愛していたか。

妹がどれだけ姉を愛していたか。

それが奪われたことでどれだけ彼らが怒りを覚えているか、どれだけ悲しんでいるか。

痛いほどわかってしまった。

苦しいほどわかってしまった。

バンファム達は今、自分達の犯した罪があまりにも大きいということをようやく実感していた。


ゼロはうずくまっていたセシリア エヴァンの親族達を優しく立ち上がらせるとその場から移動させた。

そのままセシリアの両親と妹を別の側近達が連れ添って別の部屋へと連れていった。


ゼロはバンファム達の前に立つと、バンファムの肩もとを掴み立ち上がるように促した。

バンファムがそれに従って立ち上がると他の仲間達にも立ち上がるよう促す。

数人が立ち上がるとそれに気付き皆が次々と立ち上がった。

そしてゼロは英語で“これからが本当に罪を償う時だ、君達を母国に返す”と告げた。



ー16ー


書斎。

数々の本棚に囲まれていた。

その本棚は頭上のはるか高くまでに及んでおり、その全てにぎっしりと本が収められていた。

とても広い室内。

頭上の本を取るためのはしご。

重厚な趣のある机。

知的ではあるが、どこか隔離的で開放的な空間だった。

隔離的なのか、開放的なのか。

両極端であるその感覚をどちらと取るのかは個人個人の意識から選択されるのであろう。

本が大好きで本の中の無限に広がる世界をイメージして本の中に飛び込んでしまうような人は

この場所はきっと開放的で時間を忘れて一日中いることができるだろう。

友人との時間を大事にしたいのに半ば強制的に自分の将来のため、はたまたその家系に生まれた宿命のためと

この書斎に隔離され勉強をさせられたような人はこの場所は隔離的で我慢や服従を強いられる場所でしかないのであろう。


グレゴールはこの場所を後者のように感じている人間だった。

グレゴールは建築で財を成した一族の一人息子であった。

グレゴールの母親は病弱なせいもあってかなかなか妊娠がしづらかった。

何度か流産を繰り返しながらもようやくグレゴールを30代後半で出産した。

その後も出産はできずにグレゴールに兄弟はできず一人息子として育てられた。

歴史のある建築会社の一人息子として育てられた彼は親の期待を感じないでいる時は一度もなかった。

それはグレゴールの父親が完璧主義者であったことが理由の一つにあげられるであろう。

グレゴールの家系は古くからアダマンタイトに加盟していた。

アダマンタイトのメンバーの中には必要以上に完璧主義を訴えるものが多数存在していた。

それは個々の意見もあるもののやはり団体の性質上そこを求めることが団体の活動であり、美徳であった。

自分達が白人として生まれてきた以上、美しく何事にも優れていなければならないという思想が団体の根底にあったから。

父親の教育は徹底した完璧な人間であること。

会社の跡取りであり、白人であり、一人息子であるため、それはグレゴール一人の背中に一斉に背負わされた。

幼いころからこうあるべき、あああるべきという教育を受けてきたグレゴールには

父親が思い描く理想の人物像以外に選択肢はなかった。

それ以外思い描くことができなかった。

完璧な人物になるため、グレゴールはいつもここにいた。

この無数の本棚に囲まれた大きな書斎で色々な世界にイメージを巡れせることではなく、

ただただ完璧な人間になるため10時間以上ここでひたすらに本を読んだ、書いた、覚えた。


グレゴールは鋭く尖った眼光を目に宿しここにいた。

何かにイライラしているようだ。

そんな中グレゴールは書斎の本棚から一冊の本を取り出した。

それは海洋生物学を記録した本だった。

分厚いその本の中には多くの海洋生物の写真が載っていてその生態や生息地、

体長などが詳しく記載されていた。

グレゴールはその本を見ると、今まで鋭く尖った目が少し緩和されたようになった。

その本は昔母とよく読んでいた本だった。

父親の徹底した教育を見かねて合間に一緒に読んでくれた本だった。

海が好きだった母は海のことや魚たちのことをおもしろおかしく語ってくれた。

グレゴールは海が大好きになった。

なんの隔たりもない無限のように続く海に憧れるようになった。

しかしそれは母親がいてくれたからだった。

母が語る海に憧れたし、母と見る海が大好きだったのだ。

その母親が突然いなくなってしまった。

亡くなってしまったのだ。

若い時から病弱だった母だったが、その死因は白血病であった。

発症からわずか半年後のことだった。

グレゴールがまだ7歳の時のことである。

唯一の安息の地を失ったグレゴールに残された道は一つしかなかった。

父の思い描く人物になること。

完璧な人物、完璧な経営者になることしかなかった。

それでも幼い頃に母が語ってくれた海がとにかく好きだったし、

その憧れは母がいなくなった後も変わらなかった。

だから誰よりも海には詳しいと自負している。

海は母だからだ。

そのことをゼロにだけは語ったことがある。

ゼロのことは幼い頃から尊敬していたし、好きだった。

海についてのことを話すととても喜んでくれた。

父親に言って一緒に海に連れて出してくれた。

話しても話しても話したりないくらいの海に関する知識を

嫌な顔もせずずっと聞いてくれた。

グレゴールが16歳の時一緒に連れてくた年の近い子供達がいた。

一人はコルロコという名の男の子だ。

歳はグレゴールより一つ下だった。

もう一人はマリーシャという女の子。

この子はコルロコの妹だった。

しかしマリーシャは健常者ではなく、生まれつき目が見えない盲目の少女だった。

そしてコルロコとマリーシャはグレゴールと肌の色が違う。

褐色の肌色をした有色人種だ。

ゼロはこの二人が肌の色が違うことについて何も語らなかった。

ごくごく自然に“今日はこの4人で海を見に行こう”と言って海へ遊びに連れ出してくれた。

幼かったグレゴールには彼らが有色人種であろうがなかろうがかまわなかった。

事実、外に出れば色々な肌の色をした人種に出会うし、学校にも沢山いた。

ただアダマンタイトの集いではもちろん白人の人間しかいない。

ゼロと出会ったきっかけも当然アダマンタイトの集いだ。

そのゼロが有色人種と関わりがあり、しかも一緒に遊びに連れ出しているのをグレゴールはなんとなくではあるが

違和感に感じていた。

しかしそれも少しかすった程度の感覚でしかなく、そんな違和感などすぐに頭の中から消し飛んでしまい

大好きな海で大好きな友達と大いにはしゃいで、大いに楽しんだ。

それ以来コルロコとマリーシャとは一番の友達となり、4人で色々なところに遊びに行ったりした。

そう4人で。

ゼロとコルロコとマリーシャとグレゴールの4人。

ゼロが連れ出してくれる以外でグレゴールが友人と遊びに行くということはなかった。

厳格な父の元、学校が終わってからも1日5時間は勉強しなければならなかった。

だから友人と遊びに行く時間などなく急いで帰って書斎に閉じこもりっきりにならなければならなかった。

学校が休みの時は1日10時間は必須だ。

10時間、家庭教師が出す課題をこなさなければ外には出られない。

友達と遊ぶ余裕などあるわけがない。

これは18歳の時まで続いた。

今まで積み上げてきた努力と知識は確かに生きていく上で大きな財産であり大きな力となった。

ただやはり友人と遊ぶことや色々な人とコミュニケーションを図るということは人生においても極めて重要である。

グレゴールにはそれは養われてこなかった。

生まれて間もない猫の子供を親、兄弟と離して猫のことを何も知らない人間が育てた時、その子猫は遊んで人の手を噛んでしまった時に加減ができないで

思いっきり噛んでしまうと言う。

親とじゃれ合ってやりすぎた時に怒られて学ぶこと、友達、兄弟と遊んでいく中で協調性、思いやりを学んでいくこと。

楽しいと思うこと、面白いと思うことを人と共有したり、遊んだりすることで生きていく上でとても重要なことを学ぶことができる。

しかしグレゴールの父親にはその概念は持っていなかった。

したがって今のグレゴールにもその概念はなくなっていた。

いつのころからかゼロの誘いも断るようになった。

グレゴールはいつしか人間としてもっとも重要でもっとも大切な何かをなくしてしまったようだった。

なくしたというより、養われなかった。

もっとも大切なこととは、人を思いやること、このことにつきると思う。

それは多くの友人、多くの知り合い、家族と触れ合うことで養われるのだろうと思う。

今のグレゴールには人を思いやるという気持ちがなくなってしまったかのようだった。

全ては自分にとっていかに利用できるかできないかだけだった。

経営者としてはとても優れた人物になったに違いない。

現に今現在父親の会社で重役として付いて、敏腕を振るっている。

知性で誰にも負けることはなかった。


だが今回のことはどうだ。

グレゴールの計画、アダマンタイトを自分の手中に収めるということを目前で台無しにしてしまった。

もう少しうまく芝居を打てたはずだった。

しかし。

当日のグレゴールの心は乱されていた。

前日にゼロに呼び出された教会での話がその日一日中頭から離れなかった。

“海の話をするな”とグレゴールは思っていた。

海は母親だ。

いなくなってしまったが今でも大好きな母親なのだ。

海を思い出すということは母親を思い出すということなのだ。

“本当はこんな自分を見て欲しい訳ではない”とグレゴールは心の中で叫んでいた。

明るく、笑顔が素敵だった母親がいつも笑っていられるような明るく、社交的な人間になりたかった。

だが今となってはどうすればそうなれるのかわからなかった。

想像することすらできなかった。

その葛藤はいつしかグレゴールの心をかき乱し、困惑させイラつかせた。

その想いは眠ることさえ許さず、一睡も出来ぬままバンファムたちの処罰の決行日を迎えたのだった。

そこでイラつきを隠せず、グレゴールは部屋を後にし計画を台無しにした。


“ゼロのせいだ、ゼロのせいだ、ゼロのせいだ、ゼロのせいだ、ゼロのせいだ、ゼロのせいだ、ゼロのせいだ、・・・・・・・・”

そうグレゴールはつぶやき続けた。

目つきはさらに鋭く尖り、眼光は現実を見ているのか、どこか違う世界でも見ているのかわからなかった。

瞳孔が開き、体も異常に緊張しているようだった。

指先に力が入り、今にでも自分の皮膚を引き千切ろうかという感じだった。

髪を掻き毟り、手に取れるものを片っ端から投げつけた。

苛立ちが収まるまで何度でも何度でも。

暴れて息が切れていくに連れて徐々に動きが止まっていく。

ぜえぜえと息を息を切らしながらようやくその手が止まった。

しかしその内に込められている苛立ちはますます大きくなっていくようだった。

怒りはやがて憎しみに変わり憎悪へと変貌していった。

グレゴールの目に悪魔が宿っていた。



ー17ー


この日アダマンタイト本部の屋敷の入り口に数台の車が乗り付けられた。

屈強な体つきの男たちが周りを囲んでいる。

数分のうちに屋敷から次々と若者たちが連れ出されてくる。

バンファム・ブンミー達だ。

大和の姿もある。

ゼロの指示によりバンファム達を帰国させるためだ。

帰国させ、地元の警察に引き渡す手筈となっている。

別れを惜しむ会話や挨拶などは一切ない。

業務的に仕事をこなすだけのようだ、

さっさと済ませたいかのようだった。

決して乱暴にではないが、少し雑な扱いで一人づつ車に乗せられていく。

自分たちの仲間を殺した犯人達なのだから致しかたないと言えば致しかたないだろう。

次は大和の番だった。

大和は車に乗せられる際ふと視線に気付き横を振り向いた。

するとそこにゼロの姿を目にした。

ゼロもその場に来ていた。

大和は少し立ち止まり両の手を合わせ感謝の意を表した。

するとゼロはその行為にニコリと微笑み返し、同じように両の掌を合わせてくれた。

大和も思わず口角が上がり微笑んだ。

僅か数秒のことであったがすごく貴重な時間だと大和はその時思った。

バンファム達は全員車に乗り込み、先頭の車から次々と走り出して行った。

先頭の車がゼロの前の通りすぎた時、ゼロはふと後部座席に座る一人の男に目が止まった。

ドミニク・フォーレが乗っている。

何故彼がこの送迎の車に乗っているのか。

ただならぬ違和感と不安感をゼロは感じ取った。



ー18ー


バンファム・大和達を乗せた車はシャルル・ド・ゴール国際空港に向かって走り出していた。

その中の一台の車内。

誰かのスマートフォンのバイブレーションの音が聞こえた。

そのスマートフォンの持ち主はドミニク フォーレ。

ドミニクはスマートフォンを取り出すと着信相手を確認する。

相手はゼロからだった。

ドミニクは眉間にしわを寄せて鬱陶しそうな表情を浮かべ、拒否のアイコンをスライドさせ電話を切った。

その後スマートフォンの電源をも切った。


車はしばらく走り出すと高速道路の入り口付近に差し掛かった。

しかし車は高速道路には乗らずそのまま一般道路を走っていく。

トゥールからシャルル・ド・ゴール国際空港まではおよそ300キロメートルの距離があった。

時間にして3時間近くかかる。

高速道路を使っての時間だ。

シャルル・ド・ゴール国際空港に向かうこの車群は下道で向かおうというのだろうか。

搭乗時間という制限のある事柄で何か不可思議であった。

大和達は違和感を若干感じつつも成すすべはなかった。

またしばらく走り出すと、車は周りに何もないようなを田舎道のような場所に出ていた。

すると先頭の車はスピードを落とし道の脇にあった空き地のような場所に入っていってしまった。

工場跡地のような場所で今はすでに廃墟のようになってしまっている。

大和達は当然異変には気付いている。

いや、大分前から不安感で社内は一杯になっていた。

焦りだして喚いているものもいるであろう。

しかし運転手にとってそんなことはお構いなしだ。

ただこの場所に移動するだけ。

大和達の状況はまだ拉致されているのとなんら変わらないのだから。

全ての車がこの場所で停車した。

車の中からは人がおりてくる。

この場所で何をやろうというのか。

訳がわからないまま大和達も車から降ろされた。

バンファム・ブンミー達も逃げないよう監視されながら車から降ろされる。

すると一人の男が皆が群がる場所の中心に移動した。

するとその男を囲むように自然と円上に人々が回りを囲む。

その中心にいる人物はドミニク フォーレだ。

ドミニクは腕を組み何かを待っている。

車から下ろされた大和は腕を掴まれそのまま誘導された。

そしてドミニクの待つ中央の場所に投げ込まれた。

訳がわからないまま大和はドミニクと対峙する形となってしまった。

ドミニクは視線を大和から一切外すことなく腰を軽く落とし、両の拳を胸の前に位置させた。

“さあ 来いよ この前の続きをやろう”英語でドミニクは大和にそう言った。

ここに連れて来た理由はこれだった。

バンファム達のことではなかった。

数日前に大和が屋敷を抜け出そうとした出来事。

その時にドミニクと大和は対峙し、大和が一撃でドミニクを倒した。

このことは人一倍プライドの高いドミニクには許しておくことはできなかった。

ドミニクはアダマンタイトメンバーと結託をして、空港までの道の途中で誰も邪魔のできない場所で決着をつける計画を立てたのだ。

バンファムやブンミー達には何故大和がそこに放り込まれたのか全く理解できなかったが、大和だけは大体の予想はついた。

大和もドミニクのことを覚えていたし、負けっぱなしでは気が済まない顔をしている。

格闘技をやっているものであれば負けたままで何も感じることがないものはいないだろうし、

再戦ができるのであれば、何度でも挑戦するであろう。

負けたままで終わってしまっては負け癖がつくからだ。

どんな競技でも一緒ではあると思うが精神面での割合はその人の強さの半分以上を占めているだろう。

本来の実力がどんなに秀でたものがあったとしても気持ち一つでその実力の10分の1も出せないで終わってしまう。

勝負において気持ちとはかなり重要な位置にあるといえる。

相手に勝つことで半信半疑だった自分の実力を確信へと変え、自信へと繋がり、余裕さと冷静さを与えてくれる。

余裕な気持ちと冷静さは脳への負担を軽減させ、集中力を高め、本来の実力を存分に発揮することができるだろう。

しかし逆に負けていくということは、

自分の自信を失い、焦りと歯痒さで余裕を失い、常に不安感と恐怖心で脳が一杯になり、集中ができなくなり、実力が発揮できなくなる可能性があるだろう。

勿論それは人によっても様々である。

気持ちの問題である。

がしかし負けを良いこととする人間などいないであろう。

基本格闘技はチームで戦うものではない。

己の実力が全てであり、強いものが上、弱いものが下という実力主義的なものがある。

格闘家は負けを絶対認めてはならないのだ。

おそらくこの目の前の男、ドミニク フォーレは格闘技の経験者であろう。

再戦を挑んでくるのは当たり前だ。

大和も何の躊躇することなく構えた。

ドミニクは口角をニッと吊り上げ微笑んだ。

バンファム達は困惑した様子でその光景を見ていた。

大和は腰をグッと落とし、左足のももにある感覚を確かめた。

数日前に銃で撃たれた痛みがどれほどかを確かめたのだ。

まだ全然傷も塞がっていない状態だ。

闘いでは明らかに邪魔になる痛みがまだある。

テーピングテープで傷口をガチガチに固めておいてよかった。

そのおかげで本来の痛みを大分軽減できるいる。

目の前の男がどれほどの実力があるのかまだわからないが、

不利であることには変わりなかった。

もうすでに闘いは始まっていた。

相手の動きを読み、相手にシンクロしていく。

相手の攻撃を先読みし、自分の攻撃をいかに当てるか、その予測。

自分がどう動けば、相手はどう動いてくるか。

まるで将棋の棋士のように先の先をイメージしていく。

ただし将棋のように持ち時間があるわけでもないし、動きの中で瞬時に判断せざるおえない。

じっくり考えての行動とは全く違う。

一瞬一瞬で0コンマ何秒の世界で次の行動を重ねていく。

思ったと同時に体が動いていなければならない。

勿論全ての動きがこのような感覚で行われる訳ではないが。

駆け引き。

無闇な攻撃はせず、地に足のついた攻撃をしていく。

そのための探り合い。

肩の動き、鎖骨の動き、胸の動きなどを見て相手の呼吸と自分の呼吸のリズムを合わせていく。

一瞬のチャンスを逃さない為に意識を集中していく。

集中力が途切れた方に隙が生まれる。

誰かに見せるためのものではない真剣勝負。

だから余計な攻撃などはしない。

お互いがお互いを探り合っていた。

先に動いたのはドミニクの方だった。

軽いジャブを打って来た。

牽制のためのジャブ。

後ろへ軽くステップして避ける大和。

大和はジャブが戻り切る瞬間、右の前蹴りをドミニクの左の脇腹に打ち込もうとしたが、

タイミングを外してしまい打つのをやめた。

左ももの痛みが少し邪魔をする。

ドミニクが一気に間合いを詰めにかかった。

大和もそれに合わせ後方に下がり間合いを確保する。

それでも尚詰めに入るドミニクは左フックを打ち込んできた。

さっきとは売ってかわって大胆な攻防戦が始まった。

大和は後方に大きく下がりそれをかわす。

下がると同時に地に着いたグッと踏み込んで右のアッパーをドミニクに打ち込む。

勢いの乗ったアッパーだった。

しかしそれはドミニクの顎を捉えられず、左肩付近をかすめた。

だが大和のその右拳は戻ろうとした瞬間、起動が変わりフックとなってドミニクに襲いかかった。

そのフックはドミニクの左顎を捉えた。

しかしドミニクは攻撃の流れる方向に顔を振って勢いを殺しダメージを軽減させた。

しかも大和のその右手首をドミニクが左手でがっしりと掴んでいた。

そして右腕を大和の右肩から回し込み絡め取り自分の左手首を掴む。

アームロックを決められた。

大和は渾身の力を込めてかけられた腕を引き戻そうとする。

だが両腕を使いテコの原理を応用されたそれを簡単に引き戻すことなどできなかった。

大和はそれでも肘を少しでも曲げて伸び切るのを防いでいた。

そして必死に何かを掴もうとする。

ドミニクも少し体制を整え完全に決めかかろうとする。

その時大和の右手の指先が何かに触れた。

ドミニクのズボンの後ろポケットだ。

必死に力を振り絞り大和はドミニクの後ろポケットをグッと掴んだ。

何かを掴んだことで力が入りやすくなった。

肘を思いっきり曲げて力任せに振りほどこうとした。

ドミニクはそれをほどかせまいとするのではなく、自らパッとほどいたのだ。

突然自由になった右腕に拍子抜けしたかのような感覚を覚えた。

が、すぐにその後の戦慄にも似た感覚が大和の全身に駆け巡った。

身体を起こすより先に咄嗟に大和は顎を引いた。

引いたと同時位のタイミングで首に図太い蛇のようなものが絡まってきた。

変形のスリーパーホールド。

ドミニクの右腕が大和の後頭部の方から首に絡まって来た。

顎を引いたおかげて首が完全に絞まるのを防ぐことができた。

一瞬でも反応が遅かったら決められていた。

自分の首をドミニクの腕の隙間に手を入れて引き剥がそうとする。

ドミニクの凄まじい力で顎が砕かれそうになる。

もう少し手を奥に、もう少し手を奥に。

大和は少しづつ手をドミニクの腕と自分の首の隙間に忍び込ませていく。

しかしなかなか入っていかない。

ドミニクの分厚い筋肉がそれをさせない。

それでもあと少し、あと少しと潜り込ませていく。

身体をくの字に折り曲げられて頭が下を向いた状態になっている。

頭に血が上り始め絞められた勢いで頭が破裂しそうだ。

ようやく力が入るくらいまで首と腕の間に手を入れることができた。

両手を忍び込ませることができた。

歯を食いしばり一気に引き剥がそうとする。

集中力を高め両の腕に意識を集中する。

集中力を研ぎ澄まし徐々に意識が麻痺していくような感覚になっていく。

痛み苦しみがなくなっていくような感覚。

引き剥がすのみの感覚。

頭の中には何もなくなり始める。

強大な力で引き剥がしてくと自分に暗示をかけていく。

そこには痛みや苦しみはなく、機械のように強大な力が無限にあると。

自己暗示による軽いリミッター解除。

人間の身体はその肉体が持っている力の2割から3割しか使えていないと言われている。

極限まで鍛え抜いたアスリートでさえ100%の力は発揮することは絶対にできない。

何故か。

身体がそのあと一瞬で崩壊するからだ。

そうならないために人間には安全装置のようなものが備わっている。

これ以上やったら筋肉、骨、内臓を破壊してしまうとなった時に発動する感覚だ。

本来それがあればそれ以上は身体は動かない。

痛みや苦しみがその合図だ。

しかし意図的に外すことも不可能ではない。

人間が持っている極限の防衛装置。

外すことは容易ではない。

だが極限にまで高めた集中力で不可能を可能にすることができる。

完全に外してしまえば諸刃の刃。

そのあとは崩壊。

死に近い苦しみが待っている。

あるいは死ぬ。

しかしほんの数%、0.何%外せてもその力は大きい。

大和はそれを今集中力と自己暗示で外しにかかったのだ。

ほんの数%。

それでもその力は大きかった。

徐々にドミニクの力を大和の力が上回っていく。

少しづつ少しづつ大和の首とドミニクの腕の間の隙間がどんどん広がっていく。

抜け出せる状態まで開いた。

一気に頭を引っこ抜く。

抜け出した。

抜け出したと同時に後方へ下がり蹴りが打てる距離まで間合いを取った。

上段ぎみのミドルキックをドミニクの肩口に打ち込んだ。

牽制ぎみの蹴り。

腰を入れず、また掴まれないようすみやかに足を戻す。

一旦両者は離れる。

がすかさず動き出す。

両者の意識が高揚していた。

この時にしかわからない感覚が両者にはあった。

強いていうならば根拠のない自信。

相手の攻撃をかわせるという自信。

相手の攻撃が効かないという自信。

相手の攻撃が怖くないという自信。

相手より自分の攻撃の方が強いという自信。

相手より自分の攻撃の方が早いという自信。

理屈ではない感覚が両者の脳内を駆け巡っていた。

勿論実際にはそんなことはない。

絶対的にかわせることや効かないなどあろうはずがない。

感覚が高ぶって意識が麻痺してしまっているだけだ。

そんなことは両者ともわかっている。

それでも動き出す。

何故だ。

そこにもう一つの感覚が備わったから。

覚悟。

倒される、負ける、殺される、それを覚悟したから。

と同時に、倒す、勝つ、殺すことを覚悟したから。

はじめの闘いの中で大和、ドミニクの決意が決まったのだ。

全力で闘わなければやられると。

ドミニクは左のジャブを2発放つと間隔を空けず大和の顔に向けて右のフックを放ってきた。

大和をそれを後方にスウェーしてかわす。

大和はドミニクのそれをかわすと右のローキックを打ち込む。

ドミニクの左もものあたりにめり込む。

と同時に大和の左もものあたりに生暖かいものが出てきたことを感じる。

大和の左ももの傷口からの出血だ。

踏み込んでも痛む。

蹴り足に使っても痛む。

そのことで今のローキックも十分な力が発揮できていない。

一歩踏み込みドミニクが右のボディブローを大和の左脇腹を目掛けて打ち込んできた。

大和は左肘で脇腹をガードしそれを防ぐ。

ガチッとドミニクの拳と大和の肘がぶつかった。

これは大和に部がある。

肘と拳では肘の方が硬いからだ。

グローブを着けていない素手での闘いでは拳も打ち所が悪ければダメージを受けてしまう。

拳は使いかっては良いが消耗が激しい箇所でもあるのだ。

それでもドミニクはまた同じ箇所にボディブローを打ち込んできた。

いや正確には大和のガードした腕にパンチを打ち込んできたのだ。

2発3発と御構い無しに打ち込んできた。

確かにガードした腕であっても肉体である以上ダメージは受ける。

しかしそれほどではない。

むしろ拳の方がダメージが大きいだろう。

ドミニクは興奮した様子で3発大和の腕に打ち込んで攻撃をやめた。

これはドミニクのいわゆる気合の込め方だったのであろう。

一旦両者は距離を取った。

少し息が上がったようだ。

しかしまだそれほどでもない。

すぐに動き出す。

ドミニクが先だ。

それに反応し大和も動く。

拳での打ち合いが始まった。

ジャブ、フック、ストレート、ボディブロー、アッパー、

顔面、腹、胸、腕に打ち込んでいく。

両者絶妙のタイミングで攻撃を避け、攻撃を当てていく。

かわし、当て、当てられる。

無骨な闘いそこにはあった。

相手を認めあっているかのような闘いだった。

恨みや憎しみなどがないような闘いに見える。

どこかでお互いがお互いを認めあった瞬間があったのだろうと思う。

最初の闘いとは違って見えた。

正々堂々とした闘い。

逃げも隠れもしない真っ正面から向き合った純粋な闘いだった。

ドミニクは大和の左足が負傷しているのは知っているはずた。

実際まだちゃんと歩けてはいない。

仲間からその情報を知らされていなかったとしても、それに気づかないほど鈍くはないはずだ。

格闘家というものは闘う相手の身体の状況を確認するだろう。

喧嘩のような命をかけるかもしれない闘いなら尚更だ。

どこが今弱っていて、どこを攻撃すれば闘いを優位に進められるか。

わかる範囲で予想と憶測をする。

このドミニク フォーレという男はそのくらいのレベルの男なはずだ。

闘いの手慣れ具合でわかる。

だがドミニクは大和の左足への攻撃は一切してこない。

真っ直ぐな男だった。

だから大和も真っ向から立ち向かう。

打ち合う。

打ち合う。

今持っている力、集中力を全て出し切って打ち合った。

神経を研ぎ澄まし、攻撃を避ける。

そして攻撃する。

己の体力が続く限り打ち合った。

もう2・3分は全力で打ち合っている。

徐々にお互い体力が消耗がピークに達してきている。

少し手を止めれば、ここぞとばかりに相手が打ち込んでくる。

手を止めた方の負けだ。

お互いがそう思っていた。

しかし徐々に手が止まり始めたのはドミニクの方だった。

打つスピード、パワーが落ちてきている。

腕も上がらなくなってきていた。

大和の体力も限界にきている。

それでも最後の力を振り絞った。

ドミニクに大和の攻撃が次々と当たり始める。

顔面や脇腹に致命的な攻撃が数発入った。

ドミニクの意識が徐々にとろけるような感覚に陥っていく。

必死に意識を元に戻そうとする。

“もう少し待ってくれ”ドミニクは心の中でそう叫んだ。

それでも攻撃は飛んできた。

意識と身体が剥がれていく。

意識ではガードしようとしても腕が上がってきていなかった。

意識では避けようとしても身体は動いてくれていなかった。

無防備となったドミニクの顎に大和の拳が一閃駆け抜けた。

下から鋭く浮かび上がる右のアッパーカットがドミニクの顎先を捉え、弾き飛ばした。

ガコンという音とともにドミニクの意識はどこかに弾き飛ばされそのまま膝から崩れ落ちた。

“またか”ドミニクの最後に残した意識の断片だった。

ブンミーはドミニクが倒れた瞬間両の握りこぶしを高々と振り上げたが、

周りを見回しそっと下ろした。

アダマンタイトメンバーの全員がその場の状況を受け入れがたいという表情で眺めている。

あるものは頭を抱え、あるものは眉間にシワを寄せて怪訝そうな顔をしている。

その時“パァン!”という音がその場に響いた。

その場にいた全員、音が発生した方向に振り向いた。

そこには拳銃を震えた手で構えていたアダマンタイトのメンバーの一人がいた。

その銃口から煙が立ち上っていた。

“発泡したのか”

その場にいた誰もがそう思った。

それはバンファム達だけではなくアダマンタイトメンバーもしかりだった。

全員困惑を隠せない様子だ。

誰に向かって撃ったんだ?

銃口の向かう先をは?

その時ブンミーが叫んだ。

大和の名前をだ。

大和が背中から胸あたりに銃弾を受けて倒れていたのだ。

ブンミーは慌てて駆け寄り大和を抱き起こした。

アダマンタイトメンバーは銃を発泡したメンバーを攻め立てた。

こんなとこで撃ってもし他の人間に当たっていたらどうるんだと。

まるで撃つことは想定内のことだったかのような言い方をした。

だがしかしメンバーの何人かはすぐに救急車の手配を取るものや、大和の出血をブンミーと一緒に抑えるものもいた。

最初から計画されたことではないようだった。

大和の出血がかなり酷い状態だった。

弾もまだ身体の中に入っているようだ。

ブンミーとバンファムは大和の応急処置に専念していた。

大和は意識はしっかりしているもののとにかく出血が酷い。

バンファムは自身が着ていたシャツを破り巻きやすい長さにして、

それで傷口を強く縛り止血をした。

その後30分程で救急車が到着し大和は病院に搬送された。



ー19ー


大和はトゥールにある病院に搬送された。

手当てを受け、体内にあった弾を取りだした。

心臓近くに受けた弾丸であったが、幸い命には別状がなかった。

しかし2、3日の入院が必要となった。

この事態でバンファム達の帰国は一旦取り止めとなりバンファム達はまたあのアダマンタイトの屋敷に戻されたようだ。

ゼロは大和の病院を訪れ謝罪の言葉を述べた。

警察の聞き取り調査も行われたが大和は特に何も語らなかった。

ドミニクのこともアダマンタイトのことも伏せた状態で通り魔的なものの犯行とした。

被害者が訴えをしない状態では警察も動く必要がないため

この件は周辺のパトロールを強化するということで調査は終了となった。

大和は無事ブンミーが帰国できれば良いのであって、それはゼロが約束していることだし、信用も置ける男だと思っていたためこうした判断をした。


後日大和の退院の日、ゼロは大和を自分の自宅に招待をした。

せめてもの償いとして食事を振る舞うということだった。

立派な一戸建ての建物だったが装飾などにこだわった豪邸という感じではなく

一般的な住宅という印象であったが、

だが広い敷地で手入れの行き届いた庭が威厳を感じさせていた。

大和は建物の中に入るとリビングへと案内された。

そこでキッチンに立つ白人の女性が妻のエミリーであると紹介を受けてゼロの妻エミリーも快く出迎えてくれ、握手を交わした。

料理はエミリーが作ってくれていた。

とても豪華ではあったが高級食材を使ったというものではなく、一般的な家庭料理というものだった。

リビングのテーブルにはすでに先客がいてその人物も紹介をされた。

大和に近いくらいの年齢の男性と小学生くらいの女の子だった。

一瞬ゼロの子供だと思ったがそうではなかった。

ゼロと交友のある二人らしい。

名前は男性の方は“コルロコ”女の子の方は“マリーシャ”と言った。

お互い自己紹介をして握手を交わした。

が女の子の方はどうも様子が変だった。

目線が定まっていなかった。

大和が手を差し出しても大和の手がどこにあるのかわからないようだった。

ゼロからその女の子は目が見えないのだと知らされると大和は女の子の前でしゃがんで“よろしく”と英語で言って手を握った。

マリーシャも嬉しそうに微笑んで挨拶を返した。

4人は席に座るとエミリーが作ってくれた料理をいただいた。

エミリーはとても気さくで活発な女性という印象を受けた。

周りに明るく喋りかけては大きな声で笑っていた。

決して自分勝手に話をしているのではなく周りに気を配って話をしているのがわかる。

エミリーのおかげで初対面だった大和もすぐに打ち解けられ楽しく食事をすることができていた。

食事を済ませるとエミリーはマリーシャとコルロコと大和を誘い庭に連れ出した。

大きな木がありその太い枝にブランコがつけられていた。

お手製のブランコのようだ。

エミリーは優しくマリーシャの手を握りそのブランコへ誘導しマリーシャはブランコに座った。

エミリーはマリーシャにしっかりロープに捕まるように伝えるとマリーシャはギュッとブランコのロープを強く握りしめた。

エミリーはブランコを後方に引き寄せるとパッと手を話した。

ブランコはマリーシャを乗せて風邪を切って揺れた。

マリーシャは最初は怖がって緊張した様子だったがだんだんと慣れていたせいか徐々に緊張が解けてようだった。

次第にマリーシャはブランコが揺れるたびに笑顔がほころび、大きな声を出して笑っていた。

マリーシャは“もっともっと”とブランコを揺らすことをせがんだ。

するコルロコがエミリーに代わりブランコを大きく揺らしてあげた。

ブランコが大きく揺れる度マリーシャは大きな笑い声でとても喜んだ。

庭の周りをよく見てみるとこのブランコ以外にも木馬やシーソーなどの遊具がたくさんあった。

エミリーは大和の隣でマリーシャを見つめながら“私にも今のマリーシャと同じくらいの子供がいた”と話をしてくれた。

過去形になっていた言葉が気になっていたが大和はエミリーが自ら話すのを待った。

エミリーは少し涙ぐみながら“神経系の難病で11歳の若さでなくなってしまった”と語った。

マリーシャと同じように最初は視力を失っていったそうだ。

それから運動、発話、認知力を徐々に奪っていき最終的には人間の機能が全て失われる病気だったそうだ。

薬や生命維持装置で命を長引かせていたそうだが、治ることはなく、苦痛を強いられていた彼を見かねて、

最終的にはゼロとエミリーの手で生命維持装置を停止し最後を見とったのだと言う。

その時のことをエミリーは鮮明に覚えていると言った。

本当なら忘れてしまいたいような過去を鮮明に覚えていると言ったのだ。

自分の手で自分の子供の命を奪ったことを。

自分の子供の将来を諦めたことを。

私はあの時に自分がやったことを絶対に忘れないと言った。

強い信念を持った顔立ちでまっすぐに前を見ていたその目から涙だけが溢れ出ていた。

泣きたいから、悲しいからとか、そういう次元のものではない涙のように大和は思えた。

ただただ無意識に涙が流れているように思えた。

大和にも同じような涙を流したことがあるから。

あの時決断したことを後悔してしまったら、忘れようとして逃げてしまったら

ただの人殺しになってしまうからとエミリーは言った。

あんなに明るいエミリーであったがそんなにも苦しい思いを経験してきたのかと大和は思った。

と同時にそんな経験をしてきたからこそ、この人はこんなにも優しい笑顔を見せられるんだと思った。


マリーシャは遊び疲れたのかその日はエミリーの寝室で寝てしまった。

ゼロはコルロコと大和に今日はここに泊まるようにと勧めてくれた。

大和はどちらにしろ泊まるところなどないためゼロの勧めに甘えた。

コルロコもマリーシャが寝てしまっているので今日は泊まることにしたようだ。

するとゼロはコルロコと大和を連れて近くのバーへ飲みに行こうと誘った。

二人も快く承諾し3人はマリーシャをエミリーに任せて飲みに行くこととなった。


ゼロの自宅から歩くこと20分ほどの場所に大きなスタンディングバーがあった。

そこに3人は入った。

中は大勢の男女で賑わいをみせていた。

ここは先にチケットを購入しお酒を注文するシステムの店のようで

ゼロは先にチケットを20枚ほど購入し大和とコルロコに5枚づつ渡した。

そのチケットで大和はジントニックをコルロコはブラッディマリーを頼んだ。

ゼロはアードベックのストレートだ。

3人は酒を酌み交わし色々な話をした。

自分たちの過去のことや現在のこと。

それぞれがそれぞれのことをまずは語った。

大和は両親を亡くしたことで自分の存在価値を見出せなくって親友の悠士を死に追いやってしまったことも

この場で語った。

そして人の優しさや想いに触れ自分に確固たる存在意義を見つけるため今ここにいることも。

ゼロが大和に初めて会った時から抱いていたことがあった。

気持ちの強さをゼロは大和に感じていた。

それは何か自滅的でありながら、何かの目的を持ったような信念があるように感じられた。

大和の話を詳しく聞いてゼロは胸に引っかかっていたものがふと解けた感じを覚えていた。

その時ゼロの言った言葉が大和の胸に深く刻まれた。

“大きな過去は人を大きく変えていく”

過去を否定しても、後悔しても、忘れようとして逃げ出しても過去は絶対に変えられない。

その過去を想い、考え、そこから人は成長していく。

ゼロは大和に対し、“その過去を責任として自覚しちゃんと背負った”

“それが君の強さであり、そしてそれは後に誇りとなっていく”と言った。

自分を誇れるようになる。

その言葉は大和に取って大きな原動力になったような気がした。

自分自身を誇れるようになるためにこれから前に進んでいくのだと。

ゼロも同じような経験をしているのだ。

自分の子供の生命維持装置を停止し最後を看取ったこと。

エミリーから聞いたこと。

そんな経験をしているゼロだからこその言葉なのかもしれない。


コルロコも自分のことを大和に話してくれた。

コルロコの父親は白人のフランス人。

しかしコルロコはフランス人でも白人でもないのだという。

コルロコの母親はインドネシア人で今の父は母の再婚相手。

そしてコルロコとマリーシャは母の連れ子だった。

だから国籍こそ今の父の国籍であるフランスとなっているが、人種的にはインドネシア人ということになる。

ゼロとエミリーとは障害者支援のボランティアで知り合った。

マリーシャは障害者として支援を受ける側として参加していた。

ゼロとエミリーは障害で苦しんでいる人たち、子供達のために何か役に立てることがないかという理由からだった。

話を聞いていけばコルロコ、マリーシャの両親は殆ど家庭を顧みないでいるのだという。

コルロコの両親はマリーシャのことをコルロコに任せっきりで二人とも仕事という名目で家には殆どいなかったと言う。

家族としても一番大切なものがどこかでなくなってしまっていたのだとコルロコは言った。

結婚し一緒に暮らすようになったもののお互いの文化の違いなどでの問題なのか心が希薄になってしまったのだという。

コルロコが15歳、マリーシャが3歳の時だった。

両親は育児放棄に近いものとなってしまっていたようだ。

ゼロにそのことを話すとゼロはコルロコの両親と話を直にしてくれたのだという。

しかしコルロコの両親の気持ちも一杯一杯になっていたのだ。

コルロコの母親は慣れない環境からか精神的に不安定な状況となりその不満を夫にぶつけていた。

次第にコルロコの父親も彼女への気持ちが徐々に離れていったという。

一緒の家にいるだけで気持ちも会話も交わさない状態になっていたようだ。

ゼロは何回か両親と話をして改善策を持ち出したもののなかなか良い結果にはいたらなかったようだ。

劣悪な環境での生活でコルロコとマリーシャの精神状態を心配したゼロは、

時間ができてはコルロコとマリーシャを遊びに誘い連れ出した。

コルロコはゼロが遊びに連れて行ってくれる時がとても楽しくて幸せだったと語っていた。

ゼロはなんとかコルロコの家族の修復を試みたが6年前に父親が蒸発してしまったそうだ。

それからは母親と3人での暮らしになったそうだが、

そのすぐ後に母親が不安な状態が続いたせいかパニック障害を引き起こしてしまったという。

現在もまだ治療中だが、母親もなんとか働いてはいるようだ。

しかし3人の生活は今はコルロコが働いて養っているようなもののようだ。

仕事を斡旋してくれたのもゼロのだったそうだ。


3人が3人の抱えている問題、悩み、過去を打ち明けて、受け入れて、励まして、何かを分かち合っていた。


それから3時間ほどが経った時、ゼロは少し酔いが回ったようで外で風に当たってくると行って店を出て行った。

大和とコルロコは店内に残って二人で飲んでいた。

それからゼロが出て行ってから40分ほどが過ぎた。

少し心配になった大和はゼロの様子を見てくると外に出て行った。

店の外に出た大和はゼロを探した。

しかしゼロの姿が一向に見当たらなかった。

店の周りをくまなく探したがどこにもいない。

大和は少し先まで探しに行った。

少し歩くと少し広々とした公園があった。

大和はなにげなしにそこの公園に入りゼロがいないか見回した。

入り口付近にはいなかった。

少し奥に進んでいった。

進んで行くと先の方にベンチがあるように見えた。

そこに人が座っているように見える。

しかし周りが暗すぎてよく見えない。

大和は確認できるところまで進んだ。

進んでいくと確かに人が座っていた。

顔を伏せた状態であったが進むにつれてそれがゼロであることが確認できた。

大和は急いでゼロの元に駆け寄っていった。

“大丈夫ですか”とゼロに話かけた。

しかしゼロは返答しなかった。

何も反応しない。

そしてすぐに異変に気付いた。

座っているベンチに粘りっけのある液体が流れていたことに。

大和は慌てて前かがみに伏せていたゼロを起き上がらせた。

胸と腹部から大量の血が流れ出していた。

大和は何度も何度も大声でゼロの名前を呼んだ。

ゼロは反応しないままだった。

触った皮膚が少し硬くなっている。

“フィーーーーー”

指笛のような音が突然響いた。

大和はその音のする方へ振り向く。

するとゼロのいるベンチにほど近い場所の公園の出入り口付近一台の黒い車が横付けされていて

そのルーフの上に一人の男が立っていた。

その男だ。

その男が大和を見て指笛を鳴らしてきたのだ。

そしてその男の顔を大和が知っている。

特徴的すぎるその男はスカルのタツゥーを顔に施したバンファム達をこの場所に連れてきたあの男だった。

スカルフェイスの男は大和を見て目を大きく開いて口角を上げニコリと微笑み返していた。

大和は駆け出していた。

スカルフェイスの元へ。

大和の中に今まで感じたことのない憎しみという感情が抑えられないくらい湧き上がっていた。

“やつがやったのか”

確証はないがゼロを今の状態にしたのがあのスカルフェイスであると感じ取っていた。

スカルフェイスはすぐに車のルーフから飛び降りると車の後部座席に乗り込んだ、

車には何人かすでに乗っているようだ。

スカルフェイスが乗り込むと同時くらいのタイミングで車はすぐに走り出した。

猛スピードで走り出した車を大和は必死に追いかけたが追いつくことは出来なかった。

車のナンバーにはガムテープのようなものが貼られていた。

ナンバーは確認することはできなかった。

大和は途中で追うのを諦め、それより先にと急いでコルロコの待つバーへ戻り

コルロコにゼロが襲われたと伝え、すぐさま救急車を呼ぶように言った。

コルロコは状況がすぐには把握できないでいたが、大和と一緒にその現場に急いで向かった。

向かっている最中にコルロコは動揺した様子で自分のスマホを取り出し救急車呼んだ。

真っ暗な夜の街を甲高く響くサイレンの音が響き渡り、

不安と緊張がこの静かなトゥールの街をかき乱していくかのようであった。

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戦国の時 旅立 0-1 @syomei

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