真っ黒リトルバニー
氷菜乃
prologue:出逢いと日常
「ねえ」
学校の帰りに突然、そう声を掛けられた。
声に聞き覚えがある。
止まった互いの足。
「貴方、宿命って信じる?」
「生憎だが、お前のようなコスプレ女との繋がりなんかねえよ」
彼女の頭には黒い兎の耳、腰まである銀髪が風に靡く。
低い背丈に反してほどよく筋肉がついたグラマラスな体に纏うヘソ出しミニスカ。
何より異様さを醸し出すのは脚のホルスターに掛かる2丁拳銃だ。
「……そうそう、心当たりが一人だけいたな。悪い」
ファンタジー世界から抜け出してきたような、眼前のヘンテコ兎少女は────
俺の妹、白月梨瑠(しらづき りる)に、何処かよく似ていた。
「──っ」
目が、覚めた。
どうやら夢を見ていたらしい。嫌な汗でじっとり濡れている。
アラームが鳴って、それを止めて起き上がる。
いつもと変わらない朝だ。
制服に着替え、簡単な朝食の後、家を出る。
生徒会長の妹は仕事だということで、先に学校にいるはずだ。
変な夢のことは忘れて、俺も学校に向かおう。
学校に着き、俺は一目散に梨瑠の所に向かう。
奥まった位置にある特別棟。
自動ドアをくぐり、エントランスにあるエレベーターの操作盤の指紋認証を解除。
乗り込んで目指すは最上階だ。
それにしても……昨日の夢に出てきた少女。
誰なんだろうか。妹と雰囲気は似ていたが……銃なんて持ってるはずもない。謎だ。 少女の正体に考えを巡らせるうち、最上階に到着。
カードキーをかざして重厚な扉を開ける。
「兄さん……手伝いに来てくれたんだね。ありがとう」
「ああ」
部屋に入ると、奥の席に我が妹──梨瑠が座っている。
聖ヴェロニカ学園高等部生徒会──正式名称はシュッツアー──会長。
それが彼女の肩書きだ。
副会長の俺は、彼女の補佐として、書類整理なんかの細々とした仕事をしている。
「今朝はこれ、整理しといて」
どん、と置かれた束はざっと数百枚はあろう。
「へいへい」
一五分くらい書類と格闘しているとチャイムが鳴った。
「後は一人で大丈夫だから。先に教室戻ってて」
「おう。じゃあまた」
「んー」
鞄をひっ掴んで教室に戻る。エレベーターに乗って地上階に着くなり外へと飛び出した。
──教室棟の、二年の特進クラス。俺の教室だ。
ガラリと引き戸を開けて、後ろから2番目窓側、というラノベ主人公の典型のような自席に着く。
だが、ラノベと1つ違うのは、後ろの席にいる奴がヒロインどころかそもそも女子ですらない、という点だろう。
「おっ、厦弥琉(かみる)じゃん。おーっす」
「……おはよう」
声を掛けてきた後ろの奴は、端島 璃空(はしま りく)。
日独ハーフで、叔母が経営するこの学園にはコネで入ったと周りから誤解される俺ら兄妹。
そんな俺たちに、学校で唯一気さくに──時に若干ウザく感じることもあるけど──接してくれる稀有な男だ。最もコイツ自身、日本育ちのフィンランド人だから親近感みたいな情があるのやも知れないが。
「この時間ってことは、お前またリルちゃん手伝って来たのか」
授業の準備をしながら話す。一時間目はコミ英か。
「褒めてんなら良いが茶化すんなら殴る、あと馴れ馴れしい呼び方は本人から許可が取れない限りすんな」
「うーわシスコンかよ、過保護だなー」
反射的に拳が飛んだ。
「いっつぅ!?」
「悪いつい無意識で」
「嘘つけよこの野郎──あーあー悪かった、前言撤回するから取り敢えずその手を降ろしてくれ……!」
「次言ったら脛全力で蹴るから」
「わかったもう言わない」
そうこうしていると一時間目の開始を告げる鐘。
「気をつけ、礼」
「それじゃあ授業始めます。今日はテキスト三十二ページから──」
小テストが早く終わってしまったので正直暇だ。
ふと校庭を見下ろすと、一年の女子が体育の授業を受けているのが見える。
その中に梨瑠の姿があった。
どうやら五〇メートル走をやっていたらしく、リルは皆に囲まれて一緒に話をしている。
相変わらず無愛想というか表情がわかりづらい奴だが、女子連中となんとか上手くやれているようだ。
「はい時間でーす、後ろから集めてー」
璃空から受け取った解答を前に回しながら、俺はやっぱり昨夜の少女がどうも気にかかった。
昼休み。
みんな机を寄せあって団欒に興じているが、梨瑠から某メッセージアプリで呼び出しがかかった。
『手伝って欲しいことがあるから、お昼一緒に食べよう 特別棟で待ってる』
「呼び出しかかったから行ってくるわ」
「いってらー」
梨瑠には『わかった』と送って教室を飛び出した。
「梨瑠」
「早いね兄さん、そんなに急がなくてもよかったのに。急ぎの用件なんて言ってないよ」
「それでもお姫サマが呼ぶならどこだって駆けつけるから」
「『お姫サマ』? 某ゾンビゲーのやりすぎでしょ」
と苦笑気味に言いながらも頬を少し染める。
俺と同じハーフだが血が濃いのか俺より彫りが深くて、妹じゃなければ目を奪われていただろう。美少女は得だよなあ。
「んで、手伝って欲しいってのは?」
「これなんだけど」
台車にファイルと書類の段ボールを積んで、ガラガラと隣の準備室から引いてきた。
「ご飯食べてから一緒に整理しよう」
「……おう」
随分多いな。
「叔母さんがガンガン仕事寄越すから忙しくって」
原因はババアか。
「じゃっ、ご飯にしよ♪」
書類の整理が粗方終わった頃には夕方になっていた。
うちでは生徒会役員は「仕事を理由とするやむを得ない事由」によって届け出をすれば、授業が免除されるという特権がある。
つまり俺たちは届け出をした上でぶっ続けでファイリングをこなしていた訳だが……
「兄さん、そろそろ帰ろっか」
「だな」
と、腰を上げようとしたその時。
地を震わすような轟音が、俺たちに響きわたった。
真っ黒リトルバニー 氷菜乃 @hinano1011
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