タピオカミルクティーを買いに行き

キム

タピオカミルクティーを買いに行き

「ねえ、らのちゃん。タピオカミルクティーって知ってる?」


 大学での講義を受け終えて、敷地内にあるカフェで友達とのんびり過ごしていると、ふとそんなことを聞かれました。

 タピオカミルクティー。

 知ってる。あれだ。確かタピオカがミルクのティーに入ってる飲み物だ。いや、食べ物だったかな。女子高生がよく飲むやつ。私は女子大生JDですが。あと「#タピオカチャレンジ」なんてタグを付けて、タピオカミルクティーを胸の上に乗せて飲む写真なんかもTwitterなんかでよく見るから知ってる。私の自慢の胸なら余裕でできると思う。できなくても神通力で浮かせて飲むから問題ありません。写真を撮ってつぶやいたらバズって百万RTぐらいいっちゃうかもしれませんね。


「もちろん知ってますよ」


 そんな、ネットだけの知識で「知っている」と答えた私に、友人は質問を重ねてきました。


「へー、そうなんだ! ねえ、あれってどんな味するの?」

「あっ、知っているだけで、私飲んだことは――」

「なんかすっごい話題になってるからさー、興味あるんだよねえ。ねっ、どんな味? やっぱりただのミルクティーって感じ?」


 うっ、なんだか飲んだことがないと言い辛くなってきました……。

 私はタピオカミルクティーのことはネット知識で知っているけど、飲んだことはありません。ミルクティーだから普通のミルクティーの味だと思うんだけど……ひょっとしたら想像しているようなものではないのかもしれない。

 タピオカの原料であるキャッサバがミルクティーの中に溶け出して未知の味になっているのかも……むむ、これは知ったかぶって下手なことは言えませんね。

 仕方ありません。ここはちょっと心苦しいですが、逃げの一手を投じましょう。


「あーっと、ごめんなさい! そういえば今日、ラノベの新作の発売日だということをすっかり忘れてましたー! うっからのですね、えへへっ! ごめんなさいタピオカミルクティーの話はまだ今度しましょう! 本山、これにて失礼しますっ! ではでは、さよならの~」

「えっ、あ、そうなんだ。うん、じゃあまた今度話そうね。さよならの~」


 私は早口で捲し立てると、友人に別れを告げて大学を後にしました。


 * * *


 時刻は午後六時。

 タピオカミルクティーについてのお話を先延ばしにした私は、都内某所にある有名なタピオカミルクティー屋さんに一人で来ました。

 今からタピオカミルクティーを飲んで明日会ったときに飲んだ食べた感想を言えばいい。あわよくばタピオカチャレンジもやってみる。そう思ってやって来たのですが……。


「二時間待ちって……なんのアトラクションですか、これ」


 お店の前に来た私は、その行列と待ち時間の長さに愕然としてしまいました。せっかくだから美味しいと噂のお店を選んでみましたが、流石はタピオカミルクティー屋さん、予想以上です……!

 別の場所だと四時間も五時間も並んだりするらしいですから、ここはまだ良心的な方かもしれませんね。

 とりあえず形成された列が伸びている裏路地に入り、最後尾に並んで二時間を待つことにしました。途中、並んでいる人を見てると女子小学生からOLさんまでいました。やはり女性が多いようです。


「さてさて、取り出したるは本日発売のライトノベル……!」


 列の最後尾に着いた私は、バッグからライトノベルを取り出します。ただ二時間をひたすら待つのは忍びないので、この時間を利用してライトノベルを読むことにしました。

 実は今日がライトノベルの発売日であることは忘れてなどいなくて、大学に行く前にちゃんと買ってあったのです。

 ぺりぺりぺり、とシュリンクラップを剥がし、いざ読書! 

 こうしてカバーなどをせずに表紙が見えるようにして読むことで、周りへの布教活動にもなる。まさに一石二鳥な読書スタイルです! もちろん、帰ったら透明なカバーをかけます。


「……」


「……」


「……」


 ふう、とても面白い話でした。ついつい読みふけってしまいました。

 私が本をパタンと閉じて腕時計をちらりと見ると、今が午後八時過ぎであることを示していました。

 ……あれ? 二時間ぐらい経ったけどまだ買えてない。というか、全然移動してないんだけど。列が動いてない……?

 私は顔を上げて前を見ると、列に並んだときに目の前にいた人が居なくなっていました。というか、誰もいませんでした。後ろを見ると、そこにも誰もいませんでした。

 私は誰もいない裏路地で、一人ライトノベルを持って立ち呆けていました。


「……どういうこと? はっ、ひょっとして本を読んでる間に異世界へと転移してしまったとか……!」


 私がその場で俯いてあれこれ考えていると、知らない人から声を掛けられました。


「あれ、姉ちゃんまだいたのか。うちはもう閉店だよ」


 顔を上げて声の方を見ると、私が並んでいたタピオカミルクティー屋さんのエプロンを身に着けた金髪のお兄さんが立っていました。


「あ、れ? ここって異世界じゃないんですか?」

「え、なんの話?」

「ああいえ、何でもないです。というか閉店って……タピオカミルクティーは? 私、ここに並んでたんですけど……」

「並んでたって言ったって、姉ちゃんずっと突っ立ってたじゃないか。後ろのお客さんが話しけても全然前に進もうとしなかったらしいし、俺も列の伸びを見にきた時に前に進んでくださいって言ったけど、今イイトコなので放っておいてください〜って言われちゃったから、皆姉ちゃんを抜かして買っていったよ」

「…………」

「まあ良かったらまた今度買いに来てよ」


 なんということでしょう。ライトノベルを読むのに夢中になるあまり、列が進んでいることには気づかず、話しかけられても無意識に本を読み続けるという選択をしていたみたいです。魂がタピオカミルクティーよりもライトノベルを求めてしまいました。

 でもこれは致し方のないことです。もしもこれでライトノベルを読むことよりもタピオカミルクティーを買うことを優先してたら、明日からラノベ好きVtuberの名を捨ててタピオカミルクティー好きVtuberを名乗るところでした。どこに需要があるんだろう。

 でも……うう。くやしい。飲んでみたかったなあ。


「はあ、帰ったら読みましたツイートして寝よう」


 飲めなかったタピオカミルクティーの感想は……明日素直に謝って、友達と一緒に飲みに来るとしますか。

 私はライトノベルをバッグへとしまい、お兄さんに軽くお礼を言って、帰るために駅へと向かおうとします。

 しかし、私が読んでいた作品に興味を示したのか、お兄さんはこんなことを尋ねてきました。


「あ、ねえ。そんなに夢中になるくらい面白い本って、なんてやつなの? なんか表紙にアニメっぽい可愛い女の子が映ってたけど」


 おっとこんなところに布教対象が一人。

 私はぎゅるんと勢いよく振り返ります。お兄さんの目に映る私はきっと、獲物を見つけた野生動物の如くギラリと目が光っていることでしょう。


「ひっ! ね、姉ちゃん……なんかさっきまでと雰囲気が違っ」


 フキョウカツドウ、カイシデス……ッ!

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