最強のおれ/わたしたち(4)

 観覧車を下りた後は、お土産を買うために駅の近くを回った。

 名前で呼び合うわたしと亮平に最初に反応したのは、小野くんだった。「お前らそうなったの?」と驚く小野くんの肩に、九重くんが腕を回して「俺らもこうなったやん、雄介」とからかう。すぐに小野くんは「なってねえよ!」と九重くんを振り払い、九重くんは愉快そうに笑った。いきなり仲良くなっている。観覧車で何があったのだろう。色々な意味で気になる。

 もう一組、安藤くんと五十嵐くんについては、あまり変わったところはないように見えた。これはこれで気になる。二人で観覧車に乗ることに同意したぐらいなのだから、わたしが安藤くんに言ったことが全く効いていないわけではないだろう。観覧車でも何か動きがあったかもしれない。それが進展ならいいけれど、もし後退だったら、わたしははっきり言って戦犯である。つらい。

 やがて、わたしたちの帰りのバスの時間と、安藤くんたちの終電の時間が近づいてきた。先にバスが来るので停留場に向かう。歩いているうちに亮平と小野くん、五十嵐くんと九重くんのペアができ、安藤くんが孤立する流れが生まれた。チャンスだ。

「安藤くん」

 近寄って、声をかける。安藤くんが振り向き、「なに?」と言葉を返した。

「今日、ありがとう。すごく楽しかった」

「気にしないでいいよ。案内したのはほとんど直哉だし」

 コートの襟に首を埋め、安藤くんが小さく笑った。

「それに僕の方こそ、会いに来てくれて嬉しかった。ありがとう」

 ――本当、逃がした魚にはあっさりと餌をやる。いや、もうそれはいい。重要なのはそれ以上の餌を、釣った魚にやっているかどうかだ。

「安藤くん、観覧車で五十嵐くんとどんな感じだったの?」

 時間もないし、ストレートに尋ねる。安藤くんの目が大きく泳いだ。

「観覧車にスピーカーあったでしょ。あれにプレイヤー繋げて、音楽聴いてた」

「もしかして、クイーン?」

「うん。『ウィー・アー・ザ・チャンピオンズ』が流れて、なんでこの曲『アイ・アム・ア・チャンピオン』じゃないんだろうねとか話してた。ほら、チャンピオンって普通は一人だから」

 海外ロックバンドの曲をBGMにして雑談。なんて色気のない話だ。もちろんクイーンの曲にバラードがあるのは知っているし、前に一番好きだと言って聞かせてくれた曲なんてムードを作るのにピッタリだった。だけど話しぶりからして、安藤くんがそういう意図でやったとも思えない。

 これは進展も後退もなかったと考えるべきだろう。変に気を回しすぎたかもしれない。まあ、最悪の事態にはなっていなくて良かった。

「せっかくなんだから、もっと恋人らしい話すればいいのに」

「恋人らしい話ってなに」

「わたしたちがやった、これからは名前で呼ぼうねーみたいな話とか」

「もう名前呼びだし」

「例えでしょ。あとは、ほら、キスしちゃうとか」

 分かりやすく、安藤くんが黙った。

 首が針金で固定されてしまったように、不自然にわたしに顔を向けたまま安藤くんが歩く。その姿を見て、わたしはパントマイムの演者をイメージした。明らかにぎこちない、言葉よりも雄弁な動き。

「……まあ、いいじゃん。なんだって」

 安藤くんがぷいと前を向いた。よく見ると、耳がほんのりと赤い。そしてわたしとも同じシチュエーションで同じことをしたくせに、罪悪感とか、後ろ髪を引かれるとか、そういうのはまるでなさそうだ。五十嵐くんとの思い出ですっかり頭がいっぱいになっている。

 ――良かった。

 今度は、本当に好きなんだ。

「安藤くんって、『上書きして保存』タイプだよね」

 これみよがしに、盛大なため息をつく。安藤くんが再びわたしの方を向いた。わたしは勝ち誇ったように笑いながら、一言、言ってやる。

「お幸せに」

 歩調を早める。早足になって、安藤くんから離れる。前を歩いている亮平がタイミングよく振り返り、わたしを見て朗らかな笑みを浮かべた。

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