最強のおれ/わたしたち(5)
わたしたちが到着した時、バス停には既に長めの列が出来上がっていた。
最後尾につく。すぐに東京行きのバスがやってきて、大きめの荷物を持っている人たちがトランクルームの傍に集まる。日帰り弾丸ツアーのわたしたちは特に預ける荷物もないので、列の流れに合わせて進んだ。
やがて、わたしたちがバスに乗る順番が回ってきた。まずは小野くんが「じゃーな」と言って、続けて亮平が「またな!」と手を振ってバスに入る。そして最後に、わたし。
「それじゃ、またね」
安藤くんの目を見て告げる。安藤くんもわたしの目を見て、言葉を返した。
「うん、また」
バスに入る。スマホで電子チケットを提示して奥に進み、亮平が座っている二人席へ。お土産とコートを天井付近の収納スペースにしまい、窓際の席に座った途端、亮平がふわあと大きな口を開けてあくびをした。
「眠いの?」
「めっちゃ眠い。オレ、マラソンしてるし。み……紗枝は眠くないの?」
「眠い。やっぱ0泊3日は無理あるね。次はホテルに泊まろう」
「同感。温泉があるといいよなー。今度、純くんに聞こ」
「地元の人は地元に泊まらないから、そういうのはあまり知らないと思うけど」
だらだらと会話を交わす。そのうちにバスが発進して、窓から見える景色が動き出した。窓に顔を寄せ、少し前、観覧車から見下ろしていた街を内側から眺める。
「なんか、あっという間だったね」
「そーだなー……」
声に覇気がない。まもなく亮平が座席に深く腰かけ、手をお腹の前で組んで目をつむる。わたしはスマホにイヤホンをつけて動画サイトを開き、検索バーに文字を打ち込み出した。途中まで打ち込んだところで入力したい言葉がサジェストされたので、それを選んで検索をかける。
『ウィー・アー・ザ・チャンピオン』
オフィシャルのミュージックビデオを再生する。サビが頭にあって力強い骨太の曲というイメージだったので、静かな立ち上がりに驚いた。確か、安藤くんに近づこうとしていた頃に聞いたけれど、Aメロは覚えていなかった。これなら恋人二人の観覧車でかかってもそこまで違和感はないかもしれない。すぐにサビだろうけど。
「何聴いてんの?」
曲の向こうから、亮平が声をかけてきた。わたしはこっちの方が早いとイヤホンの片方を亮平に渡す。ちょうど曲がサビに入り、イヤホンをつけた亮平は「あー」と頷いて、自分が理解したことをわたしに示した。
「クイーン聴くんだ。純くんの影響?」
「普段は聴かないよ。さっき、安藤くんと話してた時に話題に上がって、何となく聴きたくなっただけ」
「なんでそんな話になったの?」
「観覧車にスピーカーあったでしょ。あれ使って流したんだって」
「ふーん」
亮平がわたしに身体を寄せた。肩が触れる。半分に分け合ったイヤホンを通じて、科学では証明できない、不可思議な熱が伝わってくる。
「この曲、なんでWeなのかな」
さっき安藤くんが語っていた言葉を、今度はわたしが口にする。亮平が眼球だけでわたしの方を見やった。イヤホンを分け合っているから、顔をあまり動かせない。
「どゆこと?」
「だって、チャンピオンは普通一人でしょ」
「そう? スポーツとかチームで王者じゃん。この曲だって作ってるのバンドだし」
「じゃあスポーツとかバンドの曲ってこと?」
「んー、そういうわけじゃねえけど……」
亮平の眼球がまた動いた。通路を挟んだ先で寝ている小野くんを見やり、それから視線を上げる。
「『オレ』じゃなくて『オレたち』で語りたい時って、あると思うよ。オレたちすげー、オレたち最強、オレたち無敵、みたいな。そういう曲なんじゃないかな」
眩しいものを見るみたいに、亮平の目が穏やかに細められた。
「今ちょうど、そんな気分だし」
曲が終わった。亮平がイヤホンを外し、腕を組んで目を閉じる。歌声が地鳴りとなって世界を揺らすみたいに、バスの揺れが、シートを通して身体に伝わる。
わたしは、言った
「そうだね」
窓の外を見やる。パラパラ漫画のように目まぐるしく景色が変わる。最強のわたしたちはこれから、何を見て、何を感じ、どこにたどり着くのだろう。行き先の決まっているバスの中で、わたしはふと、そんなことを考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます