最強のおれ/わたしたち(1)

 大阪城を見て回った後、おれたちは道頓堀に向かった。

 道頓堀に着いた頃には、既に日は落ちかけていた。グリコやらカニ道楽やら食いだおれ太郎やら、一通り観て回る頃にはすっかり夜だ。協議の結果、夕食はお好み焼きに決定。店に入り、串カツ屋の時と同じように六人がけのテーブルに着く。

「いや、亮平。それ絶対まだ早いって」

「そうか? いけんだろ。――おわっ!」

 高岡が小野の忠告を無視して半ナマの生地をひっくり返し、まとまっていた生地がバラバラに別れた。おれは「いらちやなあ」と呟き、高岡がそれを拾う。

「いらちってなに?」

「あわてもんとか、せっかちとか、そういう意味や。ピッタリやろ」

「へー。でもそれ、お前のがあってない?」

「高岡クン、正解。こいつ『いらがし』って呼ばれとったこともあるからな」

「呼んだのお前やろが!」

 おれが声を荒げると、高岡と直哉が愉快そうに笑った。その高岡の前に、隣から三浦がすっとごはんの入った茶碗を差し出す。

「ごめん、高岡くん……これ食べて」

「いいけど、そんなキツい?」

「うん……炭水化物の暴力がすごい……異文化コミュニケーションだと思ってチャレンジしたけど失敗だった……」

「関東にはお好み焼きを定食にする文化ねえからなあ」

「だからキツイと思うよって言ったのに」

 定食を回避した純が、出来上がっているお好み焼きを食べながら口を挟んだ。自分だって最初に食った時は「初めて大阪無理って思った……」とか言っとったくせに。カッコつけめ。

「明良」

 隣から、直哉が声をかけてきた。

「この後どうするか何も考えとらんのやけど、アイディアあるか?」

「アイディア?」 

 難しい。何せ、もう夜だ。レジャー施設に出向くには遅すぎる。かと言ってただの買い物では観光に来た感じがないし、何より時間が余る。やることがあるとしたら夜景を見るぐらいだけど、また梅田スカイビルに行って高いところに登るだけというのも芸がない。

 ――ならば。

「ヘップファイブの観覧車とかどうや。梅田から帰るんやし、ちょうどええやろ」

「そやな。明良にしてはええとこつくわ」

 直哉が頷いた。きょとんとしている東京組から、代表して高岡が声を上げる。

「なにそのヒップなんちゃらって」

「ヘップファイブ。梅田にあるショッピングビルのこと。そこの屋上に赤い観覧車があんのよ。梅田歩いとる時に見んかったか?」

「あー、見たかも。いいじゃん。それ行こうぜ」

「待て」

 小野が割り込み、話を制した。高岡が小野の方を向く。

「どしたの? また高いとこ怖くてブルってる?」

「そっか。小野クンは高所恐怖症やったな」

「いや、それはいいけど……そうじゃなくて」

 持っていた箸を皿の上に置き、小野がテーブルに軽く身を乗り出した。

「ゴンドラ、どうやって別れるつもりだ? たぶん六人は乗れねえだろ」

 空白が生まれた。

 鉄板から生地の焼ける音がじゅうじゅうと響く中、その場全員が配車について考えたのが分かった。これは間違いなく、先行有利だ。おれは真っ先に意見を口にする。

「おれは純と乗りたい」

 小野の表情が歪んだ。すまんな。お前がこれを避けたかったのは分かったんやけど、見過ごせんわ。

「わたしも高岡くんとがいいかな」

「じゃあオレも三浦とー」

 三浦と高岡からアシストが入った。直哉と小野は煮え切らない顔。当たり前だ。恋人でも何でもない、今日会ったばかりの男二人で観覧車は微妙すぎる。それでもおれは、純と乗りたい。

「無理にペアにしなくても、東京組と大阪組でいいんじゃねえの」

「俺もそっちがええなあ」

 予想通りの提案が来た。五人の視線が意見を表明していない最後の一人、純に集まる。とはいえ純のことだから、間違いなくおれとペアで乗りたいとは言わないだろう。それでも三対三。こっちの意見の方が攻めているから議論では厳しくても、じゃんけん辺りに持ち込めば――

「僕は、明良と乗りたいかな」

 ――なんやと。

 どうした。悪いもんでも食ったか。いや、食っとるもん同じやし、そもそも恋人なんやから一緒に観覧車乗りたいのはむしろ自然なんやけど、でもやっぱりおかしいものはおかしい。七割ぐらいは嬉しいけど、三割ぐらいは怖いぞ。まさか別れ話しようとか思っとるんちゃうやろな、おい。

「しゃーないな。小野クン、観覧車デートしようや」

「……バカップルどもめ」

 小野が悪態をついた。おれは無視して純の様子を観察する。純はおれも小野もまるで気にすることなく、涼しい顔でお好み焼きを箸で口に運んでいた。

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