争うおれ/わたしたち(1)

 足の速さには、自信がある。

 運動会の徒競走レベルなら一番以外に取ったことはない。リレーの選手にも選ばれていたし、中高のマラソン大会も常にトップランカー。高一の頃はクラスメイトの陸上部のやつから「うちでも上を狙える」とスカウトを受けていた。おかげで「足が速ければ人気者」とカーストがシンプルだった小学校低学年の頃は、男女問わずにやたらとモテた。なお学年が上がり、頭の良さが重視されるようになってきて、露骨に失墜した。

 だからマラソン勝負を高岡が受けた時、おれは心の中で拳を高らかと掲げた。提案をあっさりと受ける辺り、高岡も走れる方ではあるのだろう。ただ、おれのように陸上部からスカウトが来るレベルだとは思えない。ならば、勝てる。

 純はおれの嫉妬を快く思っていないようだけれども、もうそんなことを気にしている場合ではない。彼氏だと名乗った俺の前であの激しすぎるスキンシップ。高岡は間違いなくわざとやっている。ならば懲らしめる必要がある。意図的にやっているならば、はっきりと潰さなくてはならないのだ。

 どこか呑気な様子の高岡に敵意を飛ばしているうちに、大阪城公園についた。公園に二つある噴水のうち、南側の噴水に着いたところでおれたちは足を止める。大阪城公園の公式ジョギングコースは四つあり、その全てがこの噴水を起点かつ終点としているからだ。まあ、一周すれば同じなのでスタート地点に拘ることはないけれど、わざわざ他のところから出る必要もない。

「高岡クンはどのコースがええ?」

「うーん、別にどれでもいいけど、分かりやすいのがいいな。迷ったら困るし」

「じゃ、このDコースやな。いっちゃん短いし、シンプルやろ」

 自分のスマホでコースを見せながら、直哉が高岡と話をつける。すっかり運営気取りだ。おれは高岡と話したくないから、助かると言えば助かるけれど、面白がられている感は否めない。

「コース分かった?」

「あの道から出て、道なりに走って、突き当たったら左だろ?」

「そやな」

「じゃ、始めっか。その前に――」

 高岡が周囲を見渡した。そして噴水の縁に座っている純を見つけ、声をかける。

「純くんは、三浦とどっか別のところで待っててくれる?」

 唐突な提案。純が目を丸くして高岡に問い返した。

「どうして?」

「勝った方が迎えに行く、みたいな演出が欲しいなと思って。ほら、この場合、純くんがピーチ姫で、オレと五十嵐がマリオとルイージみたいなもんだし」

「ピーチ姫ってマリオとルイージで取り合いするものじゃなくない?」

 純がツッコミを入れた。おれとしてはナチュラルにおれがルイージなところにツッコミを入れたい。

「とにかく、ここにいたら決着と同時に結果が分かっちゃうだろ。ここに戻ってくるんだから。それは面白くないじゃん」

「言いたいことは分からなくもないけど……なんで三浦さんも?」

「三浦も行くっていうか、逆に、小野っちと九重に残ってもらいたいんだよね。オレたちのセコンドとして」

 名前を出された小野が自分を指さし、不満そうに声を上げた。

「俺、セコンドやんの?」

「だって審判は絶対に要るし、どうせならそれぞれについてた方がいいだろ」

「そやな。俺はええで。明良のセコンドするわ」

「サンキュー。小野っちもいいだろ。別に走るわけじゃないからさ」

「……まあ、別にいいけど」

 話が勝手に仕切られていく。何かの策だろうか。純を切り離し、セコンドを用意することによって、高岡に生まれるメリット。――見当がつかない。

「でもどっか別のところって言われても、どこ行けばいいのか……」

「この『太陽の広場』ってところでいいんじゃないかな。いいから、行こ」

 三浦が自分のスマホを見ながら、純を先導するように歩き出した。動き出したら仕方ないとばかりに、純も三浦についていく。その背中を見つめながら、スニーカーの爪先で地面を叩き気合を入れるおれに、小野が声をかけてきた。

「なあ。お前、マジでマラソン勝負するの?」

 おれはむっと眉をひそめた。するに決まっとるやろ。いきなりなんや。

「なんか不満か?」

「不満っつーか……止めた方がいいんじゃねえかなと思って」

「どういうこっちゃ」

「見りゃ分かるよ。おーい、りょーへー」

 離れた場所でストレッチをしている高岡に、小野が声をかけた。高岡が「なーにー」と返事をしながら、こっちに歩み寄ってくる。

「お前、ちょっとあの辺からその辺まで、全速力で走ってみ」

「なんで?」

「いいから」

「分かった。じゃあ、これ持ってて」

 高岡が上着を脱ぎ、小野に手渡した。ニットのセーターにデニムという軽装になった高岡が、小野に指定された「あの辺」まで歩く。

「小野っちー、この辺でいいー?」

「いーぞー。じゃあ、俺の合図でスタートな。よーい……ドン!」

 チョロQ。

 手のひらサイズの自動車のタイヤを地面につけ、手で抑えながら後ろに引いてぜんまいを巻き、抑えている手を離すとぜんまいが戻って加速する玩具の走りが、おれの見ている高岡の姿に重なった。。文字通りのロケットスタートだ。

 人が走るスピードはストライドとピッチの掛け算で決まり、どちらを重視するかでストライド走法とピッチ走法に分かれる。高岡の場合は――分からない。ストライドは長いし、ピッチも早いからだ。ガチで陸上をやっている人間が見れば判別できるのだろうけれど、少なくともおれの目には、両方のいいとこ取りをした完璧な足さばきに見える。

 高岡が「その辺」に着いた。チョロQと違って最後まで減速せず、むしろさらに加速していた。ポカンと呆ける俺の耳に、小野の呟きが届く。

「あいつ、足クソはええんだよ。バカだから」

「バカならうちの明良も負けてへんで。なあ?」

 直哉がおれの肩にポンと手を乗せた。おれは無言でこくりと頷く。確かに、色々と、バカだったかもしれない。素直にそう思った。

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