すれ違うおれ/わたしたち(5)
ピリピリした雰囲気の中、わたしたちは串カツ屋を出た。
といってもピリピリしているのは五十嵐くんだけだ。安藤くんと九重くんは冷ややかだし、高岡くんは「足が鳴るぜ」とか言ってなぜか上機嫌だし、小野くんは心底どうでもよさそうだし、わたしも正直どうでもいい。雰囲気がピリピリしているのは一人がピリピリしていると集団がピリピリするというだけの話で、事態そのものは五十嵐くんの一人相撲でしかない。かわいそうに。
「三浦」
みんなで駅に向かって歩いている途中、高岡くんが話しかけてきた。わたしが振り向くと、顔を近づけてきて声をひそめる。
「純くんの彼氏の話なんだけど」
「うん」
「あいつ、オレと純くんが付き合ってたって勘違いしてない?」
言葉を失う。失ったことで逆に、言いたかった言葉が届く。高岡くんが「やっぱり」と得意げに頷いた。
「だと思ったわ。ただの幼馴染にあんな喧嘩の売り方しないよな」
「分かってて乗っかったんだ」
「うん」
「なんで?」
「そっちの方が面白いかなと思って」
――かわいそうに。わたしは前を行く五十嵐くんの背中に、同情に満ちた視線を送った。
「それにあいつだって、きちんとやりあってすっきりした方がいいだろ」
「そうかなあ」
「だって誤解が解けたって、オレと純くんがベタベタするのは変わらないわけじゃん。嫉妬も許されなくなったら逆にストレス溜まるんじゃね」
「ベタベタしない選択肢はないの?」
「それはオレのストレスが溜まるから無理」
高岡くんが首を横に振った。五十嵐くんを気づかう意思はあるけれど、譲れないものは譲れないらしい。
「三浦だって、あいつが勘違いしてるの知ってるのに黙ってただろ」
「わたしはちゃんと気づいてから安藤くんと九重くんに相談したもん。そうしたらその二人に黙ってようって提案されたから、横から口出すのもアレだなと思って黙ってるだけで」
「純くんが?」
「五十嵐くんが自分を信じて嫉妬を抑えるかどうか、試してみたいんだって」
「じゃあ、今のところ0点じゃん」
「……まあね」
九重くんと話している安藤くんに視線を移す。今、安藤くんの中で五十嵐くんの評価はどうなっているのだろう。順当に考えれば地の底まで落ちているはずだ。そもそもそうでなければ、試してみたいなんて言い出さない。
安藤くんの言うことも分からないわけではない。浮気をしたことを怒るならともかく、そうなる前からあれこれ交友関係に口を出してくる恋人、少なくともわたしはあまり欲しくない。鬱陶しいと思う気持ち自体は理解できる。
だけど――
「やべえな。それじゃあ、なんとか点数上げてやらねえと」
高岡くんが強い意気込みを見せた。意外な反応に、わたしは少し驚く。
「五十嵐くんのこと、真面目に応援してるんだ」
「だってあいつ、純くんのこと、ちゃんと好きだから」
ちゃんと好き。かつてわたしが、わたしたちが悩みぬいた感情を口にしながら、高岡くんがふっと遠い目を見せた。
「オレさ、純くんの転校、ぶっちゃけ不安だったんだよね。付き合う側が深読みしてやらないと、純くんの良さって分からないだろ」
確かに、それはそうかもしれない。わたしもかなり深読みした。考えていることを言わないから、何を考えているか考えてあげる必要がある。
「実はけっこー自己中だし」
「分かる。しかも無自覚なんだよね」
「頼めばだいたい付き合ってくれるけど、自主的に何かしてくれるってことはあんまないしな」
話が盛り上がる。声の大きさが気になり、わたしはちらりと安藤くんを確認した。聞こえているかどうかはともかく、少なくともこっちを見てはいない。
「ま、そういうわけで、大丈夫かなーって思ってたの。でも蓋開けたら友達どころか彼氏まで作って、しかもその彼氏はあんな感じだろ。どっちが純くんに相応しいか白黒つけるとか言い出してさ。なんか――」
手を頭の後ろに回し、薄い青色の空を見上げながら、高岡くんが口元を綻ばせた。
「見る目あるじゃんって思った」
嬉しそうな表情。その顔のまま親指を立て、前方の五十嵐くんを示す。
「そーいうわけで、応援してやりたいのよ。決闘も上手いこと、河原で殴り合った後に友情が芽生えるみたいな感じに持っていくつもり。まあ、あいつ次第だけど」
高岡くんが照れくさそうに頭を掻いた。わたしは安藤くんと五十嵐くんを交互に見やる。そして合流した直後の小野くんの言葉を思い出し、考え込む。
――安藤って、ああいう感じのやつじゃなかったじゃん。
見る目がある。それはそうだ。だけどたぶん、それだけではない。安藤くんも変わろうとしている。高い壁を築いて、その中に閉じこもることで外の世界を守ろうとしていた、過去の自分と決別しようとしている。その原因がわたしや高岡くんや小野くんで、その結果が五十嵐くんや九重くん。
失わせたくない。
「――あのさ」
わたしは喉を絞り、真剣な声色を作った。
「頼みたいことがあるんだけど」
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