すれ違うおれ/わたしたち(4)
高岡くんと小野くんの同意を得て、わたしたちは通天閣を下りた後、新世界の串カツ屋に向かった。
店は九重くんが直感で選んだ。「ええとこ案内したい気持ちはあるんやけど数が多すぎて決めきれん」らしい。わたしもネットで調べたら「おすすめ厳選20選」みたいな記事が出てきて即調査をあきらめた。100を20に絞ったとかそういう話なのだろうけれど、わたしにとっては何も厳選できていない。
串カツ屋の六人席には、大阪組と東京組に分かれて座った。大阪組は奥から安藤くん、五十嵐くん、九重くんで、東京組は奥から高岡くん、わたし、小野くん。五十嵐くんとしては、高岡くんが自分の前に来るのと安藤くんの前に行くのはどちらが良かったのだろう。分からない。確かなのは、串カツを食べながら安藤くんと話す高岡くんに、五十嵐くんがわたしの前からこまめに敵意を飛ばしまくっているということだけだ。
「亮平、すごい食べるね」
「だってうまいから。大阪いいとこだな。ちょくちょく来たいわ。純くんもいるし」
串カツを食べながら喋る高岡くんを、五十嵐くんがじろりと睨んだ。「来るな」というメッセージがわたしにビシビシと伝わる。しかし肝心の高岡くんには全く伝わらない。
「ところで次どこ行くの? 道頓堀とか?」
「さあ……直哉、どうするつもり?」
「大阪城でええかなと思っとるんやけど、どうや? 道頓堀のが近いんやけど、城は夕方すぎると入れんからな。行くなら今のうちやろ」
「いいじゃん。行きたい」
「僕もいいと思う。色々考えてくれてありがとう、直哉」
安藤くんが九重くんに頭を下げた。自分越しに届けられた感謝を前に、五十嵐くんの不快指数が分かりやすく上がる。九重くんにはああいう態度を取れるのに、なぜ五十嵐くんへの態度はあんなにも雑なのか。もはやどっちが恋人なのか分からない。
――なんだかなあ。
わたしはアスパラの串カツにソースをつけ、口へと運んだ。安藤くんがぎんなんの串カツを手に取る。次はあれ頼もうかな。そんなことを考えているわたしの隣から、高岡くんが安藤くんに声をかけた。
「純くん、それなに?」
「ぎんなん」
「うまい?」
「僕は好きな味」
「一口ちょーだい」
高岡くんが、安藤くんに向かって口を開けた。
いわゆる「あーん」の態勢に入り、わたしは固まった。高岡くんは誰にでもこういうことをする。小野くんとも普通にお弁当あーんをやっているし、安藤くんと付き合う前のわたしはそれを見てよくBL星に瞬間移動していた。だからわたしはこれが単なる日常風景で、とるに足らない出来事だということを知っている。
わたしは。
「はい」
安藤くんが串カツの先を高岡くんの口に入れた。高岡くんが口でぎんなんを一つ串から抜き取り、美味しそうにもぐもぐと噛みしめる。五十嵐くんは――
――うわあ。
ヤバい。もうガンをつけているという表現すら生温い。なんというか、目からビームを発射して高岡くんを焼き殺そうとしている。目線で喧嘩しようぜと訴えるのではなく、目線を用いた喧嘩が既に始まっている感じだ。だけど高岡くんは開戦にまるで気づかず、マイペースに串カツを頬張る。
「うまーい」
五十嵐くんが、テーブルに手をついて立ち上がった。
テーブルが揺れ、ソースが少しこぼれる。その場の全員が五十嵐くんに注目する中、五十嵐くんは高岡くんに焦点を合わせていた。そして伸ばしたひとさし指を高岡くんの額につきつけ、大声で叫ぶ。
「決闘や!!!」
他人事なのに、頭を抱えてうずくまりたい衝動に駆られた。高岡くんが呆けた顔で、放たれた言葉を確かめるように五十嵐くんの発言を繰り返す。
「決闘?」
「そうや! あてつけもええ加減にせえよ! ちんこ揉むわ、後ろから抱き着くわ、食いもんあーんするわ……こっちも我慢の限界やぞ!」
改めて列挙されると、あてつけと思われても仕方ないぐらいのことをしている。わたしは誤解を解こうと五十嵐くんに話しかけた。
「あのね、いが……」
「そのあてつけ、受けたるわ! おれと勝負せえ! そんで負けたら純と距離取れや! どっちが純に相応しいか、白黒はっきりつけたる!」
聞いちゃいない。まあ、でも、放っておけば高岡くんが誤解を解いてくれるだろう。余計なことをしないで、流れに任せれば――
「いいぜ」
――はい?
「それでお前の気が済むなら勝負してやる。代わりにおれが勝ったら、おれと純くんがどんだけイチャついても文句つけんなよ。伊達に十二年も相方やってたわけじゃねえってところ、見せてやる」
高岡くんが腕を組み、ふんぞり返る。ああ、そうか。「勝負」とか「決闘」とか好きなんだな、高岡くん。子どもっぽい嗜好と異常なノリの良さのせいで、話が止まるべきところで止まらなかった。
わたしはちらりと安藤くんと九重くんを見やった。二人とも我関せずといった様子で黙々と串カツを食べている。いや、食べてる場合じゃないでしょ。特に安藤くん。試験官モードなのかもしれないけれど、さすがに気にしてあげて。
「で、何で勝負するよ。串カツ大食いか? ゲーセンのゲームか? それとも通天閣登る前にやった射的でもやるか?」
「これから大阪城行くんやろ。そこに大阪城公園っちゅうでっかい公園があっから、そこでマラソンとかどうや」
「いいんじゃねえの。受けて立つぜ」
――もう、いいや。
一人で気を揉んでいることが馬鹿らしくなって、わたしも考えるのを止める。深刻なツッコミ不足の中、蚊帳の外に置かれている小野くんがうずらの卵の串カツを食べながら、わたしの心情を代弁する一言をボソリと呟いた。
「なにやってんだこいつら」
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