すれ違うおれ/わたしたち(3)
どうなっているかは分かる。
五十嵐くんが安藤くんと高岡くんが付き合っていたと勘違いしている。そして安藤くんとベタベタする高岡くんに敵意を向けている。出会ってすぐ高岡くんにガンをつけていたのはそういう理由で、神社でわたしにエールを送ったのはわたしも高岡くんを安藤くんに取られかねない被害者だから。そこまでは簡単だ。
だけど、どうしてそういうことになったのかが分からない。カフェの話から安藤くんがわたしのこと、というか転校前のことを五十嵐くんたちにほとんど話していないのは間違いない。だから五十嵐くんが勝手に妄想した可能性が高いけれど、わたしのように距離感の近い男二人を見ると脳内で勝手にくっつけてしまう癖でもない限り、妄想にだってそれが生まれる下地があるはずだ。その事情が分かるまで、迂闊なことは言えない。
「純くんの家はどの辺?」
「あっちの方」
「どれ?」
「さすがに見えないって」
通天閣の展望台で景色を眺めながら、安藤くんと高岡くんが仲睦ましげな様子を見せつける。そして五十嵐くんがそれを少し離れたところからめっちゃ睨んでいる。たぶん、今日一日ずっとこうだったのだろう。一歩引いたところから見たらこんなことになっていたとは。
「小野っち、景色見ないの?」
「……俺の勝手だろ」
「せっかく来たんだから見ようぜ。ほら」
「バカ! 止めろ! 押すな!」
引っ込んでいた小野くんを高岡くんがガラスに押し付ける。フリーになった安藤くんが少し二人から距離を取る。チャンスだ。わたしは安藤くんに歩み寄り、声を潜めて話しかけた。
「安藤くん、ちょっと話したいことあるんだけど、いい?」
「何?」
「えっと……まず二人きりになりたいから場所変えたいんだけど」
じゃれあっている高岡くんと小野くんを見やる。安藤くんが頭の後ろに手をやり、困ったように口を開いた。
「いいけど、さくっと終わる?」
「どうして?」
「明良が、僕と三浦さんが付き合ってたことを知っててさ、仲良くしてると嫉妬するって言われたんだよね。だからさっきからなるべく、三浦さんじゃなくて亮平とかと絡むようにしてるんだけど……」
――すごい。何がどうしてそうなったのか分からないけれど、配慮が見事に空ぶっている。
「たぶんそれ、違うと思う……」
「どういうこと?」
「その辺の話をしたいの。ちょっと来て」
わたしは安藤くんを誘い、高岡くんたちから離れた。そのまま展望台を半周して逆サイドに到達。この辺でいいだろうと、話を切り出す。
「あのね、落ち着いて聞いて欲しんだけど」
「うん」
「五十嵐くんが、安藤くんと高岡くんが昔付き合ってたって勘違いしてる」
安藤くんが眉間に思いっきり皺を寄せた。そんな「なに言ってんの?」みたいな顔しないで欲しい。わたしが勘違いしてるわけじゃないんだから。
「実は――」
わたしが見聞きした出来事を話す。話を聞き終えた安藤くんは額に手をやり、軽くため息を吐いた。
「なんでそうなるの?」
「知らない。逆に安藤くんは何か知らないの?」
「明良は直哉から、今日、僕の元恋人が来るって聞いたらしいけど……」
安藤くんが展望台をぐるりと見渡した。そして少し離れた場所で、一人景色を眺めている九重くんの上で視線を止める。
「聞きに行こう」
「うん」
二人で九重くんのところに向かう。九重くんが近寄ってくるわたしたちに気付いた。情報収集をして謎を解くアドベンチャーゲームみたいだ。そしてだんだんと、真相に迫っている感じがする。
「直哉、聞きたいことがあるんだけど」
「どした?」
「今日、僕が東京で付き合ってた相手が来るって明良に言った?」
「ん? ああ、そういや言ったな。忘れとった」
「それ、どういう風に言ったの?」
「純から今日の話が出た時、俺は『あっちで付き合ってたやつとか来んの?』って聞いたやろ。そん時の反応がおかしかったから、来るんちゃうかって煽っただけや」
「……なるほど」
安藤くんが小さく頷いた。九重くんが不思議そうに尋ねる。
「どした? 何かあったん?」
「いや、直哉の勘は正解でさ、実際に来てるんだよね」
「マジか。じゃあ、あの高岡っちゅうやつやろ」
「違う。この子」
安藤くんがわたしの肩に手を置いた。ちょっとドキッとする。九重くんが「は?」と驚きの声を上げた。
「女やん」
「だから、そういう人間のフリしてたんだよ」
「でも彼氏おったんやろ。自己紹介でそう言ってたって聞いたぞ」
「……まあ、裏ではね」
「はー、大人しそうな顔してやることしっかりやっとんのな。見直したわ」
そこは見損なうべきではないだろうか。現実のゲイはBLと違って倫理観がぶっとんでいると言った五十嵐くんの言葉を思い出す。まあ、五十嵐くんが知らないだけで、BLもたいがいぶっとんでるんだけど。
「なんとなく読めてきたわ。あのアホ、高岡っちゅうのと付き合ってたと勘違いしとるやろ。ずっとそんな態度やからな」
「そうみたい。それで一人で暴走してるんだよね、あのアホ」
「あのアホ、そういうとこあんのよ。思い込んだら一直線っちゅうか」
もはや名前すら呼ばれない。かわいそうに。でも、これで誤解は解けるし、五十嵐くんもやきもきしないで良くなる――
「んで、どうすんや」
「放っといていいんじゃない?」
――え?
待って。それはさすがに扱いが雑すぎる。釣った魚に餌をやらないまではまだしも、毒やる必要はないでしょ。
「わたしは教えてあげた方がいいと思うけど」
「でもそうしたら、嫉妬のターゲットが三浦さんに移るかもよ」
予想外の反論。固まるわたしに、安藤くんが語り続ける。
「付き合ってた相手を勘違いしてるとか、実はどうでもいいんだよね。だって僕がもし本当に亮平と付き合っていたとしても、別れた後の付き合い方まであれこれ言われる筋合いはないでしょ。僕としてはむしろ放っておいて、明良が僕をどこまで信じられるか試してみたい」
「せなや。全部あのアホがアホなんが悪い。放っとこうや。そっちのがおもろいし」
九重くんがうんうんと頷いた。どうしよう。わけのわからない話がわけのわからない方向でまとまりつつある。
「何の話しとるんや?」
アホ。
――じゃなくて、五十嵐くん。噂をすればなんとやらだ。動揺するわたしをよそに、九重くんがいけしゃあしゃあと答える。
「そろそろ昼やし、なに食おっかって」
「新世界来とるんやし、串カツでええんちゃう? ご当地感あるやろ」
「そやな。純と三浦サンもそれでええか?」
「僕はいいよ」
「……わたしも大丈夫」
「オッケー。高岡クンらにも聞いてみようや」
九重くんの先導で歩き出す。歩きながら五十嵐くんを観察し、高岡くんが視界に入った瞬間に顔をしかめていることに気付く。「僕をどこまで信じられるか試してみたい」。安藤くんの言葉を思い出し、わたしは今すぐ、五十嵐くんに全てをぶちまけてしまいたい衝動に駆られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます