すれ違うおれ/わたしたち(2)
あべのハルカスと通天閣のどちらに登るか。論争の末に勝ったのは、通天閣だった。
決め手になったのは高岡の「高さだけならスカイツリーが一番だぞ」という発言。冷静に考えるとどうしてそれが決め手になるのか謎だけど、そこはもう流れとしか言いようがない。とにかくその場はそれで話がまとまった。世の中そんなものだ。
方針が決まり、おれたちはあべのハルカスを離れた。そして通天閣のふもとに広がる商店街、新世界へと向かう。昭和の匂いを色濃く残した、地元民のおれでさえコテコテすぎて若干引く街並みが特徴の商店街。観光需要に応えた意図的なコテコテ感の演出もあり、歩いているといきなり射的場が現れたりする、カオスな風景が出来上がっている。
そしてどうもそういうのが、あいつのツボらしい。
「すげー! こんなことに射的場かよ!」
進む先に見えた射的場を指さし、高岡が歓喜の声を上げた。新世界に入ってから高岡のテンションがやたら高い。観光に来ているのだから喜んでいるのは地元民として歓迎すべきなのだろうけど、面白いものを見つけるとすぐ「純くん、あれ!」といった風に純に話しかけるのでおれはとても気に喰わない。彼女の方にいけや、ハゲ。ハゲとらんけど。
「純くん、射的やろうぜ」
「僕も?」
「いいじゃん。よくやってただろ」
「小学生の頃の話でしょ」
「だからあの頃を思い出そうってこと。スペシャルサンダーショット撃とうぜ」
「それは撃たない」
仲良さげに話しながら、純と高岡が射的場に向かう。なんやねん、スペシャルサンダーショットって。よう分からん大昔の話を引っ張ってきて、当てつけか。腹立つ。
高岡の彼女の三浦は、射的場でわいわいやっている純と高岡をどこか呆れたように眺めていた。余裕ぶってる場合ちゃうやろ。歩み寄り、高岡たちを指さしながら声をかける。
「あれ、止めんでええの?」
「あれ?」
「彼女なんやろ。ハブにされとんの、おかしいやろ」
「そう言われても……射的あんまり興味ないから」
「射的だけやなくて、さっきからずっとやん」
「でも、ここ、仲の良い友達同士でワイワイ楽しむ雰囲気だし」
「せやから、その友達がいつ恋人に変わるか分からんっちゅう話をしとるんやろ」
三浦の返事が、ぷつりと途切れた。
何を言われているのか分からないという風に、三浦が呆然とおれを見やる。今さら事の重大さに気づいたようだ。女子だし、そういうのには敏感な方だと思っていたけれど、なかなか鈍いやつなのかもしれない。
「あんな、よう知らんやろうけど、ゲイ界隈って倫理観がぶっとんでるとこあんのよ。浮気とかセフレとか何でもありあり。BLとはちゃうんや」
「……それは一応、知ってるけど」
「なら、分かるやろ。危機感覚えようや。おれの彼氏とお前さんの彼氏で、いつ元鞘に戻るか分かったもんやないで」
「……元鞘?」
「いや、おれは純を信じとるぞ。信じとるけどな、お前さんの彼氏の高岡っちゅうんは悪いけどまだ信用できん。せやから、ここはお互いに協力して――」
射的場の方を見やり、おれは言葉を切った。的に向かってライフル銃を構える純を、後ろから抱く高岡の姿が目に入ったから。格好だけ見たら完全にヤってる。「これ入ってるよね?」というやつだ。
「何しとんねん!」
叫びながら射的場に歩み寄る。純と高岡が合体したまま――してないけど――おれの方を向いた。高岡に抱き着かれた純が、おれの質問に答える。
「何って、射的だけど」
「そうやなくて、その体勢!」
「えっと……亮平、恥ずかしいから代わりに説明して」
「スペシャルサンダーショット。オレらがガキの時に縁日の射的で開発した、二人分のパワーを銃弾に乗せて放つ必殺技だ」
「乗るか! ちゅうか、なんでサンダーやねん!」
「なんでだっけ。純くん、覚えてる?」
「技名は亮平がいきなり言い出して、最初からサンダーだったよ」
「オレ的にイケてるワードだったんだろうなー。なんか分かんないけど、これやるとやたら上手くいったんだよな。それで定番化して」
「僕はいつも嫌がったけどね」
「でもいつもやってくれただろ。今みたいに」
純と高岡が懐かしそうに笑う。だから、おれの分からん思い出を語って、おれの入り込めん空気を作るな。幼馴染だからって調子乗りおって。
――そうや。
「んじゃ、今日はおれが純とスペシャルサンダーショットやるわ」
高岡が「え?」と間抜けな声を上げた。おれは胸を張ってふんぞり返る。
「おれは純のカレシやからな。こういうんはおれの役目やろ。ラブラブパワー、がっつり乗せたる」
「はあ……まあ、やりたいならいいけど……」
パンッ!
甲高い炸裂音が、おれたちの会話と商店街の雑音を切り裂いた。面食らって黙るおれと向き合い、ライフル銃を抱えた純が涼しげに言い放つ。
「外した」
純がライフル銃を射的場の台に置いた。そして「行こ」と高岡に声をかけ、二人で立ち去る。外したというか、明らかに当てる気がなかった。終わらせるための一発。そんなにおれとスペシャルサンダーショットしたくないんか。へこむ。
おれはとぼとぼと射的場を離れた。そしてじっとこちらを観察していた三浦に声を潜めて話しかける。
「分かったやろ。油断しとる場合やないで」
三浦が俯き、顎に手を当てて考え込み出した。やがておもむろに顔を上げ、おれに向かってはっきりと告げる。
「ごめん。状況整理したいから、もう少し情報集めさせて」
先に進む純たちを追うように、三浦が駆け出した。今さら情報収集やっとる場合やないやろ。やっぱり、おれがどうにかせなあかん。おれは拳を固く握りしめ、決意を新たに強く足を踏み出した。
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