すれ違うおれ/わたしたち(1)

 お初天神を出たおれたちは、梅田を軽く回った後、谷町線で天王寺駅に向かった。

 駅のすぐ傍にある日本一高いビル「あべのハルカス」に入る。目的地はもちろん展望台――ではなく、十七階のカフェだ。モーニングに行こうという話になり、何にせよ通天閣や新世界に行くためにこっちの方面に来る予定があったので、どうせならということでここのカフェが選ばれた。

 おれと直哉、純と三浦、高岡と小野の組み合わせで窓際の二人席を三つ確保。出来ればおれと純が向かい合って座りたかったが、まあ高岡のやつと引き離せただけ上出来だろう。テーブル同士が隣接していてほぼ六人席だから拘るようなことでもないけれど、おれの隣にいる純のさらに隣が、高岡ではなく小野なのはデカい。

「やだー、かわいいー」

 三浦があべのハルカスのマスコットキャラ「アベノベア」柄のパンケーキをスマホで撮影する。空をイメージした、雲の模様が描かれた青い熊のキャラクター。ぶっちゃけおれはあまりかわいいとは思わないのだけれど、パンケーキの柄になって写真撮影されるぐらいなのだから、見るやつが見ればかわいいのだろう。確か姉ちゃんも好きだった気がする。

「三浦さん、そういうの興味あるの?」

 純が驚いたように声を上げた。三浦がむっと顔をしかめる。

「安藤くん、前から思ってたけど、わたしのことBL以外には全く興味のない女だって誤解してない?」

「……してるかも」

「あのねえ」

「なんや。自分、腐女子やったんか」

 直哉が口を挟んだ。三浦がぱちくりと目を瞬かせ、純を見やる。

「言ってないの?」

「言ってない。言っといた方が良かった?」

「別にいいけど……じゃあ転校前のことはほとんど何も言ってないんだ」

「うん」

「ふうん」

 意味深なやりとりが交わされる。そう言えば以前、純に昔のことを聞いてはぐらかされたことがあった。文化祭のステージで告白されるよりすごいことがあったとか。あの時は無理に聞かないでおこうと思ったけれど、こうなると気になって仕方がない。せめて高岡が関わっているかどうかぐらいは知りたい。

「純」

 横から口を挟む。

「転校前のことって、あれか? おれに文化祭で告られたよりすごいことされたことがあるっちゅうの」

 おれの問いかけを受け、純が困ったように目尻を下げた。

「うん、まあ、それ」

 言いにくそうに言葉を濁す純を見ながら、おれは横目で対角線上に座る高岡を観察する。反応なし。知ってるのか知らないのか、いまいち分からない。

 ならば。

「悪い。知らんやつもおるのに、ここで聞くことや無かったな」

 謝りながら、おれはさっきより露骨に高岡を見やった。お前が「知らんやつ」やぞと伝わるように。その意図は狙い通りに成功し、モーニングセットのオレンジジュースを飲み、高岡が口を開いた。

「オレならガッツリ当事者だから、全然オッケーだぞ」

 ガッツリ当事者。

 ――なんや。いったい何をしたんや、こいつ。おれのあれよりすごいことなんてもう、公開セックスぐらいしか思い浮かばんぞ。分からん。

「小野っちもゴリゴリに関わってるしな」

「ゴリゴリってほどでもねえだろ」

「いや、ゴリゴリだって。小野っちが最後決めたようなもんじゃん」

 さらに当事者が増えた。もういい。聞いてしまえ。おれは純の恋人だ。過去が気になるのは何もおかしなことじゃない。

「なあ――」

「まあ、その話はええやろ。それより、この後どうするか決めようや」

 おれの言葉を遮り、直哉が前に出た。いや、よくないわ。勝手に仕切んな。

「まずはここの展望台に行くか行かないか決めたいんやけど、どうや?」

「いくらぐらいかかるんだ?」

「1500円」

「1500かー、悩ましいな」

 悩む高岡に、直哉がさらに言葉を足した。

「値段もやけど、これから俺ら通天閣行く予定やろ。そんで通天閣はすぐそこやからこっちもあっちも登ると、高いとこ二回登って似たような景色見るっちゅうマヌケなことになんのよ。ここの展望台から通天閣は見下ろせるしな」

「つーことは、高いのはこっち?」

「せやな」

「んじゃ、こっち登った方がいいのかな」

「でも通天閣登らないと、オオサカ・ディビジョンに来た感じしないよね」

 高岡の隣で三浦も首を捻った。直哉が一人黙っている小野に声をかける。

「小野クンはどうや。どっちがええ?」

「……俺は、別にどっちでも」

「あー、小野っちに聞いてもダメ。高所恐怖症だから。今だって景色見てないだろ」

「そうなん? 口数少ないなとは思っとったけど」

「高所恐怖症ってほどでもねえよ」

「嘘こけ。この席がもうちょっと窓に寄ってたら怖くて泣いてただろ。ここ登るにしても通天閣登るにしても、こいつは下に置いて行った方がいいぜ」

「泣くか! どっちでも登るっつーの!」

 小野が声を荒げた。直哉が、高岡が、三浦が、そして純が楽しそうに笑う。おれは面白くないから笑わない。冗談がどうこうではなく、純が高岡の冗談で笑っていること自体が面白くない。おれの前ではそんな笑い方しないくせに。

「ちょっとトイレ行ってくる」

 純が立ち上がり、席を離れた。チャンスだ。おれもしばらく待ってから、同じようにトイレに行くと言い残して席を離れる。早足で店を出てフロアを歩くと、狙い通り、トイレから出て来る純と上手いタイミングで鉢合わせた。

 純がおれをスルーして、カフェに戻ろうとする。おれはその肩を掴み、純の歩みを止めた。

「待てや」

 純が振り返った。あからさまにうんざりした表情で言葉を返す。

「なに?」

「さっきの、転校前にされたすごいことっちゅうの、教えてくれ」

「なんで」

「なんでって……おれはお前の」

「カレシやぞ?」

 イントネーションの違う方言で、純がおれの台詞を先読み再生した。そしてわざとらしく、おおげさにため息をつく。

「秘密って言ったんだから、こっちが言いたくなるまで待ってよ」

「おれもそう思っとったわ。でも今は事情がちゃう」

「事情ってなに」

「せやから……前に付きおうてたやつと目の前でベタベタされたら、おれだって不安になるやろ」

 純の眉が小さく動いた。警戒。声も少し硬くなる。

「それ、誰から聞いた?」

「聞いたっちゅうか、直哉がお前の反応とか見て、そうやないかって」

「……鋭いからなあ、直哉」

 純が困ったようにカフェの方を見やった。それからおれに向き直り、口を開く。

「そういうことなら、はっきり言うよ。明良が心配するようなことは絶対にない。っていうか、もうこっちもあっちも新カップル成立してるんだから、今さら元鞘に戻るわけないでしょ」

「でも前に付きおうてたのと今付きあっとんのは、なんちゅうか、お付き合いの意味が全然ちゃうやん」

「……そこまで分かってて、何でヨリ戻すかもって思うの?」

「甘いもんは別腹みたいなんがあるかな、と」

「あるわけないだろ」

 乱雑な言葉遣いが出た。苛立ちがかなりのところまで来ている証拠。

「とにかく僕の『カレシ』なんでしょ。だったら僕のことを信用してよ」

「分かった。でも、一つだけええか?」

「なに」

「ヨリは戻さんでも、どうしても嫉妬はするやろ。その辺おれのためにちょっと意識して貰うっちゅうわけには……」

 純の目が鋭く細められた。あ、ヤバい。思わず身を引くおれに、純の冷たい声がぶつけられる。

「『カレシ』、止めるよ?」

 おれは、黙った。純が踵を返し、一刻も早くおれから離れたいと言った風にかなりの早足でカフェへと向かう。おれは大きく肩を落とし、純と入れ替わるようにフロアのトイレに足を踏み入れた。

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