出会うおれ/わたしたち(5)
お初天神。正式名称、露天神社は繁華街の中にあった。
浄瑠璃『曽根崎心中』が題材にした事件の現場で、そこから『曽根崎心中』のヒロインであるお初の名前を取ってお初天神と呼ばれている、恋愛のパワースポットとして有名な神社らしい。悲恋で終わった心中の現場が恋愛のパワースポットなのはおかしい気もするけれど、現実としてそうなっているのだからしょうがない。少なくとも神社側はおみくじを結ぶ場所までハート型にして、「ここは恋人の聖地ですが何か?」と設定を変える気はなさそうだった。
参拝をして、境内を歩く。繁華街の中だけあってスペースは狭いのに、その狭いスペースの至るところに恋愛モチーフのアイテムが転がっているから、なんだか妙にいかがわしいところに来たような気分になる。着物の男女が描かれた顔出しパネルを指さし、高岡くんがわたしに話しかけてきた。
「なあ。あれ撮ろうぜ」
「えー?」
態度で乗り気でないことを示す。正直、かなり恥ずかしい。だけど高岡くんは引き下がらずに食い下がった。
「いいじゃん。記念だしさ」
「うーん……ああいうの好きなの?」
「好きっつーか、せっかく来たんだし、恋人っぽいことしたいなと思って」
「恋人っぽいことねえ」
「だってオレら、まだそういうの全くないじゃん。不安なんだよ」
不安。らしくない言葉を吐き、高岡くんが周囲を見渡した。そして誰もいないことを確認してから、声を小さくして語る。
「さっき、純くんに付き合ってる宣言しただろ。あれだって不安の裏返しなんだぜ。気づいてたかどうか知らないけど」
アピールなのは気づいていた。もっと気になることがあって、そっちに気をとられていた。後ろめたさから、わたしは顔出しパネルにちらりと目をやる。
――仕方ないか。
「分かった。撮ろ」
「よっしゃ! おーい、小野っちー」
高岡くんが少し離れた場所にいる小野くんを呼んだ。そしてやってきた小野くんに自分のスマホを渡し、撮影を始める。結局、撮っているうちに安藤くんたちも寄ってきて、全員に見られながら撮影になった。予想通りに恥ずかしい。
「ほい。撮ったぞ」
「あんがと。三浦にも送るな」
高岡くんが小野くんに渡されたスマホを弄る。やがてわたしのスマホにいかにもカップルな写真が届き、わたしは照れに口元を歪める。その様子を見ていた五十嵐くんが、安藤くんに声をかけた。
「なあ、おれらもあれやろうや」
「バカ?」
五十嵐くんが露骨にしょげ返る。――いや、断るにしてももうちょっと言い方あるでしょ。これだからあの男は。
「いいんじゃない? 安藤くんたちだってカップルなんだし」
助け舟を出す。安藤くんが困ったように眉尻を下げ、わたしを見やった。
「そう言われても……だいたい、どっちが女側やるの。僕はイヤだよ」
「それは五十嵐くんが引き受けてくれるんじゃないの?」
「え? おれもイヤやぞ」
「……お前なあ」
九重くんが呆れたように口を挟んだ。気持ちは分かる。わたしもちょっと味方して損したと思った。
「自分のやりたくないこと、他人にやらせようとしないで欲しいよね」
淡々とそう言い放ち、安藤くんが場を離れた。九重くんも肩を竦めて安藤くんについていく。残されたのは東京組と、安藤くんからの好感度がさらに下がった五十嵐くん。フォローを入れようとしたのに逆効果になってしまった。気まずい。
小野くんが、こっちはめんどくさそうだとばかりに安藤くんたちの方に向かった。それに高岡くんが続き、もう全員で行こうとわたしも動く。だけどその前に五十嵐くんが、わたしに声をかけてきた。
「なあ」
わたしは足を止めた。高岡くんたちが遠くなり、逆に五十嵐くんが近づいてくる。
「ちょっと聞きたいことあるんやけど、ええか?」
「いいけど……なに?」
「おれと付き合う前の純のことを知りたいんや。色々あったんやろ?」
脳裏に、安藤くんと過ごした数ヶ月の出来事がフラッシュバックした。
「……まあね」
「どの辺まで知っとるんや?」
「どの辺っていうか、全部知ってるよ」
「そうなん? あの小野くんっちゅうのも?」
「まあわたしよりは知ってること少ないけど……知らないことはない」
「なんや、そんなら隠れとらんやん」
隠れる。文脈の分からない言葉に眉をひそめるわたしをよそに、五十嵐くんが一人納得したように頷く。
「あー、でもそっか。だからか」
「何が?」
「せやから、さっきフォロー入れてくれたんやろ。おれと純を仲ようさせようとして」
「え?」
「まあ、不安になんのは分かるわ。お互い頑張っていこうや」
五十嵐くんがわたしに向かってグッと親指を立てた。何か慰められているみたいだけど、何で慰められているのか全く分からない。困惑するわたしの耳に、九重くんの声が届いた。
「明良ー、はよ来いやー」
「おー。分かったー」
五十嵐くんが駆け出した。――よく分からないけれど、色々と不思議な人だ。わたしは考えるのを止めてそう結論付け、どこか腑に落ちない想いを抱えながら、みんなのところに向かった。
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