出会うおれ/わたしたち(2)
「……はー」
おれは深いため息を吐き、割り箸を黄金色の魚介スープに沈めた。たっぷりと汁の絡んだ太麺をつまみ上げ、口の中に送る。美味い。ムカつく。せめて不味ければ、連れて来なくて良かったと思えたのに。
「純、おれのこと嫌いなんかなー……」
思わせぶりに呟き、ちらりと向かいの直哉を見やる。返事はずずずと麺をすする音だけ。ガン無視だ。おれと目を合わせることすらしない。
「でもフラれとらんし、嫌いってことはないと思うんやけどなー……」
リトライ。結果、変わらず。しびれを切らし、黙々とラーメンを食べる直哉に話しかける。
「なあ、どう思う?」
「うっさい」
見事に、一蹴された。直哉が箸でおれを指し、うんざりした表情で口を開く。
「なんぼ同じこと聞いてくんねん。壊れたペッパーくんかお前は」
「言うほど聞いとらんやろ」
「聞いとるわ! 何かあるたびに毎度毎度……マジでええ加減にせえよ!」
ガチ切れされてしまった。おれはむすっと口を尖らせる。
「んなこと言われても、男同士の恋愛なんて他に相談できるやつおらんし」
「相談なんか一度も受けたことないわ。全部愚痴や。あと質問」
「質問は相談やろ」
「自分で考える気のないもんは相談とは言わん。答え聞いとるだけや」
直哉がまた麺をすすった。そしてふうと息を吐き、じっとりおれを見やる。
「ちゅうか、何度も言っとるやろ。そうやって無理やり『恋人』やろうとするのがあかんねん。学習しろやアホボケカス」
アホかボケかカスか一つでええやろ。そんな返しが思い浮かんだけれど、確実に怒られるので黙る。しかし他の上手い返しも出てこない。なぜなら直哉の言っていることは、圧倒的に正しいからだ。
どこで間違えたかと問われたら、初手から間違えた。付き合い出して三日目、一緒に勉強をしようと家に誘って部屋に入った瞬間に襲ったら、全力で拒否された上でメタクソに怒られた。ガチで勉強する気だったのに騙されたと感じたらしい。いつか直哉に「ゲイなんて初対面即ヤリが基本やろ」と言われたのを相手を選ばず実践し、見事に失敗してしまった。
そしてそこから、純が明らかによそよそしくなった。というか、警戒されるようになった。恋人を警戒というのもおかしな話な気がするが、されているものはされているのだからしょうがない。セックスやキスどころか手を繋ぐことすらロクに許されない。恋人という言葉の定義を考え直したくなる扱いだ。
そうなるとおれは当然、イライラする。ついでにムラムラもする。そんなこんなでフラストレーションが溜まり、溜まったフラストレーションが原因で衝突してさらにフラストレーションが溜まり、それを直哉にぶつけて解消する。その繰り返しでここまで来た。直哉が言うには「別れていないのが奇跡」だそうだ。正直、おれも少しそう思う。
「ちゅうか好きとか嫌いとか、お前ちょっと勘違いしとるんやないか?」
「どういうこっちゃ」
「純は別に、お前のことを好きで付き合うことにしたわけやないやろ。歩いてたら足にきったない雑巾みたいな犬がすがりついてきて、可哀想やし拾っとくかみたいなもんで」
「誰が雑巾や!」
「お前や。とにかくそういうわけやから、あんま調子こかん方がええと思うぞ。お試し期間中に返品くらわんだけ御の字やろ。――そや」
直哉が唇の端を吊り上げ、謎めいた笑みを浮かべた。ロクでもない話を始める時の顔。
「お前、純のダチ、どんなんが来るか聞いとるか?」
「聞いとらん。聞いても意味ないやろ。東京のダチなんて誰も知らんし」
「そうか? 一人、名前もどんなやつかも知らんけど、気になるやつがおるやろ」
「……分からん」
「純は東京におった時、彼氏持ちやったんやろ?」
はっと息を呑む。そういえば転校してきてすぐの自己紹介で、確かにそんなことを言っていた。
「純にダチの話された時、俺はカマかけたんや。『あっちで付き合ってたやつとか来んの?』って。そしたら純のやつ、むっちゃ動揺しとったわ」
「……マジで?」
「マジで。それ以上は突っ込んどらんけどな。でもあれは絶対に来るわ」
「……来るならおれは呼ばんやろ」
「だから本当はお前を紹介して、振り切ったアピールしたかったんやろ。でも肝心のお前がそれじゃなあ。やけぼっくいに火がつくんは間違いない――」
ドンッ!
おれは両手でテーブルを叩いた。無意識にそうしていた。直哉を真っ直ぐに見据え、強く言い放つ。
「おれは、絶対に渡さんぞ」
直哉がぽかんとおれを見る。そしてラーメンを食い、水を飲み、一息ついてから呆れたように呟いた。
「知らんがな」
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