Track3:We Are The Champions
出会うおれ/わたしたち(1)
ついに来た。
長かった。いや、ぶっちゃけ言うほど長くないけど、おれにとっては長かった。なんせ恋人同士になってから今まで、この安藤純という男はおれに対し、本当に、全く、一欠片も、恋人らしい態度を取ってこなかったのだ。会話も接触もデートの約束も何もかも全ておれから。その男が、ついに動いた。
休みの日の予定を、おれに尋ねて来たのだ。
「その日はヒマやな。ちゅうか休み全部ヒマ。やることなさすぎて死にそう」
「いや、それは勉強した方がいいと思うけど……」
冷静なツッコミが入った。浮かれているおれは気にしない。向かい合う純の机の上に肘を乗せ、わざと声量を上げて、放課後の教室に自分の言葉を響かせる。
「んで、何がしたいんや?」
教室の数人がちらりとこちらを向いた。おれたちは世にも珍しい全校生徒公認の同性カップル。そんな二人が冬休みの予定を話していれば、その中身が気になるのも仕方ない。もっと注目しろや。ラブラブカッポーやぞ。羨ましいやろ。
「何がしたいっていうか、出かけたいんだよね」
「どこに」
「それはこれから決める」
「なんやそれ」
「東京の友達がこっちに遊びに来たいんだって。それで大阪を案内したいんだよね。僕はまだ案内出来るほど慣れてないからさ。一緒にどうかなと思って」
なんや。デートかと思って浮かれて損した。いや、待てよ。東京からダチが来ておれを連れて行くっちゅういうことは、つまり――
「それは、おれのことをあっちのダチに紹介したいっちゅうことか?」
「別に紹介したいってわけじゃないけど……まあ、紹介することにはなるだろうね」
やっぱり、浮かれて良かった。おれはニヤつきながら「そっかー」と呟く。純が怪訝そうにおれを見やり、確認の言葉を口にした。
「じゃあ、明良は来るってことでいいね?」
「おう、ええで」
「良かった。じゃあ細かいことは僕が向こうと連絡取って決めるよ。どこに行くかはその後に話し合おう。直哉も行くから三人で」
直哉も行く。
眉をひそめるおれを、純がきょとんとした顔で見返す。いや、なんで「僕なんか変なこと言っちゃいました?」みたいな顔しとんねん。おかしいやろ。
「なんで直哉も行くんや」
「誘ってOK貰ったからだけど」
「……他にはおらんやろうな」
「いない。秀則と史人にも声はかけたけど、二人とも空いてなかったんだよね。安く浮かすために深夜バスで来て深夜バスで帰る弾丸ツアーにするらしいから、日程はピンポイントだしさ。一週間単位でズラす手もあるとは思ったんだけど、その次の週は向こうが無理で、それ以上ズラすと期末試験が無視出来ないし、そうなるともう来年まで……」
「待て」
直哉は行く。秀則と史人に声はかけた。つまり――
「他に誘おうと思っとるやつは?」
「いないけど」
「ちゅうことは、最後に声かけたんがおれか?」
「うん」
「なんでや! おかしいやろ!」
おれは声を荒げた。再び、教室の注目がおれたちの元に集まる。
「なんでおれがラストや! 恋人やぞ! 分かっとるんか!」
「なんでって……今日、明良が遅刻して来たからだけど」
「んでもそこは待つやろ! 薄情もんが! お前はいつもいつも――」
はあ。
巨大なため息が、おれの言葉を途切れさせた。放ったのはもちろんおれの恋人、安藤純。純が眼球だけを動かしておれを見やり、億劫そうに呟く。
「めんどくさ」
ストレートな物言いが、胸に鋭く刺さった。学生鞄を担いで立ち上がった純が冷ややかにおれを見下ろす。
「じゃあさっきの、予定しといて。無理になったら連絡よろしく。それじゃ」
立ち去る純を、おれは慌てて追いかけた。真っ直ぐ前を見て廊下を早歩きで進む純に、同じスピードで横並びに歩きながら話しかける。
「なあ」
「なに」
「一緒に帰らんの?」
「どうして?」
「どうしてって、いつも帰ってたやん」
「そうだっけ?」
「いや、昨日も帰ったやろ。学校の近くに旨いラーメン屋の出来たらしいから行こうって言うたやん。行こうや」
「ごめん。お腹壊した。それじゃあ」
純がさらに歩くスピードを上げた。ほとんど走るような速さで廊下を曲がり、階段を下りて行く。見事に置いて行かれたおれは呆然と立ちすくみ、一人むなしくツッコミの言葉を口にした。
「……腹壊してる速さやないやろ」
不意に、左肩を誰かに叩かれた。
振り返る。そこにはさっき話題になったばかりの三人目――純視点だと二人目なのだが――こと、九重直哉がいた。直哉が目を丸くして、不思議そうにおれに尋ねる。
「どした? なにぼーっとしとん」
「直哉」
思考より早く、言葉が飛び出した。おれは親指を立て、校舎の外をクイと示しながら告げる。
「付き合え」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます